第4話化け物との対峙

「ユウヤ、そういえば貴方あの力はどうしたのよ?」


 時計塔へと向かう道中、アプロがユウヤに問いかけた。さも当然かのように投げかけてきた質問の意図がユウヤには分からなかった。

 なんのことだか分からないユウヤは首を傾げる。


「あの力?」


「あれよ。あの切り裂くやつ。私との時もやってたじゃない」


 手をしゅっと振りながらアプロはユウヤに問いかける。そうされてもなおユウヤは分からなかった。彼女は説明が得意ではないらしい。


「…先程少し取り戻したとはいえ、大部分の記憶を失っているのだ。忘れてしまってるのだろう」


 二人の様子を見かねたアテナがそう語った。アテナの言葉を聞いたアプロは少し眉を下げた。


「そう…残念。少しは戦力になると思ったのだけれど」


 二人の会話がなんのことだかさっぱりなユウヤはただ疑問符を浮かべるばかりだった。

 そんな中でも必死に理解しようとして導いた疑問をユウヤは二機に問いかける。


「あのさ、二人は俺のこと知ってるみたいだけど…俺ってもしかして前もここにいたの?」


 その質問を聞いたアプロはまたかと言った表情だった。返答が無くともその表情だけで質問の答えは出ていた。

 ユウヤの問いかけにアテナは変わらずの表情で答える。


「…あぁ。お前は以前、この空間にいた。そして、私のパートナーだったのだ」


 その言葉にユウヤは驚く。自分が以前もここにいたということは以前にデスゲームに参加していたことになる。彼女の言葉は存在していない空白の記憶は血濡れたものであることを証明していた。


「俺が…?」


「お前と私は以前このゲームを勝ち抜いた。しかし、外に出られたのはお前だけだった…」


 ユウヤは再び首をかしげた。自分の知っている話とアテナの語った話に相違点があったからだ。


「…え?でも、勝ち抜いたペアには賞金と外に出られる権利が与えられるんじゃ…」


「邪魔されたのよ。あのクソ野郎に」


 そう言ったアプロの表情は苦いものだった。彼女の怒りの矛先が向いた存在をユウヤは知っている。


「主催が?」


「あぁ。あいつはどうにも私達機械人形を外に出したくないようでな。お前と外の世界に行くはずだったんだが、見事に妨害されてしまってな」


「なんで妨害なんか…」


「きっと、それ相応の理由があるのよ。出したくないなりのね」


 そう吐き捨てたアプロは見るからに不機嫌だ。対してアテナは無表情を貫いている。閉じ込められたのはアテナの方だと言うのに、彼女の表情は憎悪さえも感じさせなかった。


「…ていうか、ここってなんなの?どこかの施設?」


「それが私達にも分からないのよね…ここに来る以前の記録はあるのだけれど、なぜここに来たのか、どうやって来たのかは私達の記録にも存在していないの。だからここは私達機械人形にとっても、貴方達人間にとっても未知の世界。…だから外から帰ってきた貴方の記憶を頼りにしようと思ってたのだけれど、肝心の貴方が記憶喪失とはね…」


「…なんかすいません」


「二人共、構えろ」


 冷酷さを感じさせるアテナの声が二人を静止させた。アプロは背負っていた槍を手に取り、アテナは黄金の剣を構える。ユウヤはアプロに催促されて数歩後ろへと下がった。

 目の前の霧の中から化け物が十数匹現れる。先程の個体とは違って群れで活動しているようだ。血走った眼光がユウヤ達に向けられる。


「…もう少し思い出に浸っていたかったのだけれど、許してくれないみたいね」


「相手のほうが数が多い。仲間を呼ばれる危険もある。気を付けろアプロ」


「言われるまでもないわ。私がどれだけこいつらと戦ってると思ってるのよ」


 アテナが呼びかけた時にはアプロは既に槍を構えていた。ユウヤは被害

が及ばぬように建物の影へと駆け込む。

 アテナとアプロはアイコンタクトを交わすと、互いに頷いた。


「…そうだな。行くぞ!」


「えぇ!」


 アテナとアプロは化け物に向かって駆け出す。彼女らの人並み外れた脚力は地面をえぐり取りながら推進力を生み出した。


 懐に潜り込んだアテナは横から振りかざされる爪を黄金の剣で弾く。すぐさま空いた脇腹に剣の柄で一撃を叩き込んだ。

 突き飛ばされた化け物は口から液体を撒き散らしながら煉瓦壁へと衝突した。


 その後隙を狙うようにもう一匹がアテナに飛びかかる。


「グアアアアアアアアアアア!!!」

 

 アテナはわずかに反応が遅れたかのように思えた。

 だが、それは彼女が”必要がない”と判断したからだ。


「はぁッ!」


 振りかざされた爪は華麗な槍捌きによって切り刻まれ、その体はアプロの刺突によって貫かれる。


 アテナに飛びかかる化け物はアプロが。アプロに爪を振りかざす化け物はアテナが処理していく。互いに互いを守る戦い方だ。二人が一匹を処理するのにそう時間はかからない。


「ちょろいわね…!」


「はァッ!!!」


 視認できないスピードで剣技を繰り出すアテナは次々に化け物を切り倒していく。

 化け物も負けじと飛びかかってくるが、アテナの剣捌きを前に次々と切り捨てられていく。

 

 しかし、化け物も負けじと数を束ねて襲いかかってくる。アプロが少し離れた隙をついて化け物達はアテナを取り囲んだ。彼らに集団意識があるのかは定かではないが、戦闘の中で学習することができるらしい。

 アテナを取り囲んだ化け物達は一斉に飛びかかった。


「甘いな」


 事が済むのは一瞬だった。

 黄金の剣は化け物達の体を滑り、その内臓と血液を撒き散らしながら黄金の尾を引いて残していく。アテナを取り囲んでいた化け物達はあっという間に切り刻まれてしまった。

 力なく転がった死体をアテナは蹴り上げた。そして化け物の群れに見せびらかすように蹴飛ばす。

 後続の数体は切り刻まれた同族を見て警戒している様子だった。


「ウ”ウ”ワゥゥゥゥゥゥゥ」


 群れの中の一匹が空に向かって吠える。不気味な響きを帯びていたその鳴き声は街中に響き渡る。

 化け物の吠える姿を見てユウヤの脳裏に一つの可能性がよぎる。化け物はおそらく犬を模したもの。犬の先祖に当たる狼は鳴き声によって仲間に位置を知らせる事ができるという話はユウヤの脳内に残っていた。


 一帯に響き渡ったその声は付近の化け物達を呼び寄せた。


「仲間呼びとは、随分と面倒なことをしてくれるじゃない…!」


「私達で制圧することには変わらない。いくぞ」


 先程よりもアテナ達はペースを上げる。建物を足場に飛びまわり、空を駆けながら化け物を処理していく。彼女達の体には化け物の返り血すらつかない。


 二人の戦いを前にユウヤは立ち尽くした。人間離れした二人の戦闘は文明に生きた人間が見れば神の戯れだと勘違いしてもおかしくないだろう。

 圧倒的なまでの機械人形の力はあまりにも衝撃的で、それと同時にこれと戦わなくてはならない自分の運命を恨んだ。


「ウ”ウ”ウ”ウ”ウ”…」


「…な!?」


 背筋が凍るほどの殺気に振り返ると、そこには傷口が開いた手負いの化け物がユウヤを捉えんと呻き声を上げていた。

 脚部を負傷しているその化け物は足を引きずりながらもユウヤとの距離を詰めてくる。ユウヤも距離を取ろうとするが、恐怖で足がうまく動かない。


(動け動け動け動け動け俺の足…!)


 恐怖で動きにくくなった足を必死に動かそうとするだが、彼の足にまとわりついた恐怖は簡単には離れてはくれない。人の感情の中で重要であり一番ネックになる感情。それが恐怖だ。

 ユウヤは必死に力を込めてなんとか足を動かすが、その足取りはおぼつかない。ふらふらとした足取りで建物への避難を試みるが、付近の瓦礫に躓いてつんのめるように体勢を崩してしまった。


(いって…やばいッ!?)


「ウガアアアアアアアア!!!!」

 

 両手をついてしまったユウヤの背後に化け物が迫る。その瞳は既に彼を獲物として捉えていた。

 化け物は傷口から血しぶきを上げ、ここぞとばかりに飛びかかってくる。恐怖に支配され、身動きの取れないユウヤは目をギュッと瞑った。


「ユウヤ!」


「間に合えっ…!」


 空を斬るような音と共に強い風圧がユウヤを襲う。

 ぐしゃり、と嫌な音がユウヤの鼓膜を刺激した。落とした瞼をゆっくりと開く。体に生暖かい感覚はない。どうやら自分の身体がやられた音ではなかったらしい。

 ユウヤは目の前の光景に戦慄した。

 

 ユウヤに振り下ろされたはずの双爪はアプロの羽によって受け止められていた。


「この…ッ…!」


 アプロは羽を翻して化け物を弾き飛ばす。投擲した槍は再び飛び上がろうとした化け物を仕留めた。


「っ…やらかしたわね…」


「アプロ…羽が…」


 化け物の双爪を受け止めたアプロの片翼は歪な形に曲がり、所々回路を露出させていた。先端部に至っては軽く破損してしまっている。


「いいのよ。どのみち長くないんだから。…それより、まだあいつらが残ってるわ」


 アプロの目線の先には一人で戦うアテナの姿があった。残った数体の化け物の相手を一機でしている。

 アプロは再び槍を握るが、まだ外傷が響いているようで動きがぎこちない。


「ゥ゙アアアア!!!」


「躾のなってない犬ね…!」


 アテナの取りこぼした一匹がユウヤとアプロに向かって飛びかかってくる。アプロが前に出て槍で応戦するが、先程とは違って押され気味だ。攻撃を捌ききれていない。

 先程までの中距離での戦闘から至近距離での戦闘に移り変わったこの状況でアプロの槍の機動力は化け物の繰り出す攻撃に追いついていなかった。


「くっ、しつこいのよこのクソ犬…!」


 応戦するアプロを前にユウヤは何をすることもできなく立ち尽くす。自分のせいでアプロが苦戦しているというのに、自分にはなにもできないのか。自分の無力さに拳を握りしめる。

 

(クソ…俺のせいで手こずってるのに、俺は何もできないのか…?)


 その瞬間、ユウヤの脳裏に過ったのはアプロの言葉だった。以前のユウヤが使っていたと言っていた力。今は何も覚えていないが、記憶は無くとも体が覚えているはず。

 ユウヤは握りしめた拳を見つめる。


(記憶は無くても、せめてこの一瞬だけでも…!)


「ユウヤ!お前の武器は剣だ!お前の心が剣なのだ!」


 化け物の相手をし得ているアテナがユウヤに叫ぶ。その瞬間、ユウヤの脳内に再び記憶が溢れ出す。それはアテナとの記憶。彼女の窮地を救ったのはユウヤが握っていた剣だった。


 『アプロを助けたい』。その感情がユウヤの心を満たした時、心に暖かなものが宿った。

 腕に熱が充溢する感覚。その熱は次第に手へと流れ、光となって顕現する。右手から溢れ出す光は剣となってユウヤの手に収まった。


「…思い出したか!」


 剣を手にしたユウヤは瞬時にアプロの元へと駆け出す。アプロに飛びかかる化け物にユウヤは剣を振り下ろした。

 化け物の牙がユウヤの剣と交錯するその刹那、アテナは気づく。化け物は既に斬られていることに。

 剣は化け物の体を切り裂き、一刀両断した。肉塊となった化け物はべシャリと不快な音を立てて地面に伏す。既にそれは生き物では無くなっていた。


 続けて襲いかかってきた化け物をユウヤは薙ぎ払う。切り裂かれた死体は煙を上げて血の焼ける嫌な匂いを放っていた。


 最後の一匹が殺られたのを見届けると、ユウヤの手に握られていた剣は光となって空気中に霧散し、虚空へと消えた。


 直後、ユウヤはその場に膝をつく。息切が激しいユウヤにアプロとアテナはすぐさま駆け寄った。


「ユウヤ、貴方今のは…」


「はぁ、はぁ、はぁ…なんだ、今の…」


 ユウヤは脈拍が激しくなった胸を押さえた。慣れない戦闘を行ったことへの弊害か、はたまた以前の自分が病を患っていたのかは分からないが、彼の体は一気に疲弊していた。

 ユウヤは自らの右手を見つめる。先程まで確かに握っていた剣は既にユウヤの手からは消えている。残っていたのはじんわりと滲むような熱だけだった。

 化け物達を片付け終えたアテナが駆け寄ってくる。


「…少し思い出したようだな。今のはお前の能力、『なんでも切り裂く力』だ」


「…」


「…なにそのダサい名前」


「以前のユウヤはそう言っていた。私に言われても困る」


 二機と一人の間になんとも言えない空気が流れる。どうやら以前のユウヤにはネーミングセンスがなかったようだ。

 アテナは察したのか、咳払いをするとアプロの折れた片翼を点検し始めた。


「アプロ、羽は動かせるか?」


「…ダメね。完全にイカれてるわ」


「むぅ、そうか…今は修理リペアパーツも無い。悪いがこのまま向かうほかなさそうだな」


「ごめん、アプロ…」


「いいのよ。貴方の記憶の片鱗と引き換えってことで」


 アプロはそう微笑んだ。人間と勘違いしてもおかしくないその頼もしい表情にユウヤは安心感を覚えた。


「さ、行きましょう。またいつ化け物が襲ってきてもおかしくないわ」


「あぁ、急ごう。出口はすぐそこだ」


 今は故障を嘆いている暇はない。遠吠えに反応していない化け物が襲いかかってくる可能性だってある。

 ユウヤ達は再び時計塔へと足を進めた。

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