第3話巡り逢う運命

 アプロの後ろを追いかけるようにユウヤは歩みを進める。どこに向かっているのかは分からないが、彼女の歩みが止まることは無い。

 敵ではないため警戒はしていないが、信用できているかと言えばそうではない。デスゲームというただでさえ謎の多い環境に置かれたユウヤの心境は穏やかなものではなかった。


「あの…」


「何?」


「このドール・ゲーム?って機械人形と人間がペアで戦うんですよね?なら、その…」


 拙い敬語を紡ぎ合わせてユウヤは必死に交渉を図る。

 アプロはユウヤが言い切るよりも先に嫌そうな表情になった。


「…貴方まさか私と契約したいとか思ってないわよね?」


「えと…」


 アプロは分かりやすくため息をついた。


「…あのねぇ?貴方には契約すべき機械人形がいるでしょうが。あいつが聞いたらがっかりするでしょうね…今そこに向かってる途中なんだから離れないでついてきなさい」


 アプロに一蹴されたユウヤは口を閉ざして彼女の後を追う。どうやら目的地はユウヤが契約すべき機械人形の場所らしい。今はその言葉を信じるしかなかった。


 街を進んでいくと、いくつもの倒れ込んだ機械人形が目に入った。どれも動いている様子は無く、外傷が目立つものばかりだった。きっとここでもなんらかの戦いが合ったのだろう。ユウヤはそう悟る。


 よく見てみれば、アプロの背中にもいくつか外傷がついているのが分かった。なにに引っ掻かれたような三本の傷が並んでいる。


「その傷は…?」


「あぁ、背中のこれ?気にしなくていいわよ。時期に分かるから」


 アプロのセリフにユウヤは首をかしげた。だが、聞き返すようなことはしない。そうしたとしても、帰ってくることは無い気がしたからだ。


「機械人形って、なんで女の子ばかりなの?」


「さぁね。そこは私も知らないわ。強いて言うなら…制作者の趣味かしら」


「そんな理由で…」


「止まって」


 それまで止まることのなかったアプロの足が急に止まる。ユウヤを片腕で静止し、霧の中をじっと見つめた。

 なにかが来る。ユウヤは直感で理解した。咄嗟の構えでアプロの背後に陣取る。

 ユウヤの脳裏に先程の主催のセリフが過った。

 途端に空気が張り詰めていくのが肌で分かる。ユウヤは込み上げてくる不規則な感情に困惑していた。


「ア、アプロ…?」


「しっ、静かに…来るわよ」


「来るって、何が…」


 そうユウヤが言いかけた時だった。

 霧の中を切り裂いて黒い影が飛び出してくる。ユウヤ達に向かって飛びついてきたその影をアプロは槍を振りかざし、弾き返した。


「グア”アアアアアアアアアアアア」


「気やがったわね…このクソ犬…!」


 アプロに弾き返されたそれは地面に打ち付けられながらも四肢をがむしゃらに動かして体勢を立て直した。

 長く伸びた爪。ギロリと睨みつけてくるような目。黒い毛に入り混じって血管が浮かんでいるグロテスクな見た目。涎が滴るその口からは赤黒く染まった牙が垣間見えている。

 その犬のような生物はユウヤ達に向かって吠えてきた。

 犬、と言うにはいささかおどろおどろしすぎる見た目にユウヤは身をこわばらせる。


「は…な、なんだこいつ…」


 そんなありきたりな言葉しか出てこないぐらいにはユウヤは困惑していた。


「気をつけなさい。こいつはただの犬じゃないわよ。下がってなさい」


 ユウヤはアプロに言われた通りに数歩後ろに下がる。アプロは化け物を前に槍を構えた。


「来なさい。躾ってものを教えてあげるわよ」


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 アプロの誘いに応えるように化け物は飛びかかってきた。アプロは尻の方を持った右手で槍を突き出す。

 その刹那、化け物の爪と穂先が交錯する。鈍く擦れる音が響く。火花を散らしながらアプロは化け物を弾き返した。


「ア”アアアアアアア!!!」


 化け物は弾き返されながら器用に受け身を取ると、再びアプロに向かって跳躍した。

 一度弾き返されたことなどお構いなしにその化け物は再び爪をがむしゃらに振り下ろす。

 アプロに向かって振り下ろされたその爪は槍の柄によって受け止められた。


「はァッ!!!」


 アプロは槍を起用に持ち替えながら突きを繰り出す。その突きは化け物を後ろへと追いやる。

 目にも止まらぬ早さで繰り出される突きは化け物の体を何発か掠めた。

 掠めた際に抉れた血肉が地面に飛散する。追い詰められているのは明らかに化け物の方だ。

 

 化け物は跳躍してその連撃から逃れようと後ろ脚に力を込めた。アプロは読んでいたかのようにその隙を逃さず槍を投げつける。光を帯びて勢いを増したその槍は化け物の後ろ脚を貫いた。


「喰らえッ!」


「ギャフゥゥッ!?」


 中途半端な姿勢で後ろ脚を刺された化け物は悲鳴にも似た声をあげてその場に倒れ込む。

 隙を逃さずアプロら地面を蹴り出し、一気に距離を詰めてノーガードの横腹に蹴りを入れる。もろに蹴りを食らった化け物は付近の建物に打ち付けられた。


 崩れ落ちたレンガの下敷きにされた化け物は身動きが取れなくなり、もがいている。アプロはその隙を見逃さなかった。


「これで終わりよ…!私の愛を前にひれ伏しなさい!」


 アプロのかざした手に突き刺さった槍が戻ってくる。槍を手にしたアプロは背中の羽を目一杯に広げ、飛び上がった。


「はァァァァァァァァァァッ!!!!!」


「ギャアアアアアアアアアアア」


 化け物に向かって天空より振り下ろされたその一撃は化け物の心臓を貫いた。

 天高く血しぶきを上げながらぐったりと倒れた化け物からは既に生気は失われていた。

 動かなくなったのを確認したアプロは槍を引き抜く。

 槍についた赤黒い血液を振り払うようにして落とした。


 相対した時に明確に感じた痺れるような殺気。初めての感覚にユウヤは困惑した。

 立ち込める錆びついた匂い。既に生き物では無くなったその体から溢れていく赤黒い液体はじわじわとその場に広がっていく。ユウヤはその光景に喉の奥からこみ上げるなにかに口元を手で覆った。

 立ち尽くしたユウヤにアプロは話しかける。


「こいつはこのフロアにいる番犬。…あのクソ野郎が作った化け物よ。一体だけじゃなくて何十体といるから気は抜かないで」


 既に慣れているのか、アプロの説明は端的なもので終わった。

 未だに生きた心地のしないユウヤは何も言うことができなかった。恐怖の度合いが限界を通り越している。デスゲームに加えて得体の知れない化け物。既にキャパオーバー気味の脳が必死に理解しようとしているが、受け止めきれていないのが現実だ。


「さ、行きましょう。あともう少しよ」


「…うん」


 返事をしたのはいいものの、足がすくんでしまってうまく動かない。化け物のことを思うと今にも叫びたい気分だった。


「…辛いのは分かるけど、こっちも急がなくちゃいけないの。もう少し耐えて頂戴」


 アプロはユウヤの青白い顔色を覗いてそう言い残した。ユウヤはその言葉に少し驚く。

 アプロと話しているとまるで本物の人間と話しているような感覚に陥る。話し方。声の抑揚。変わる表情。やはり彼女はユウヤの記憶にあるロボットとは遠くかけ離れていた。


 再びアプロの後をついて歩いていく。先程の化け物に怯えながらも足は止めない。アプロがいる限りは安全だと信じて。

 アプロの足は一つの廃墟の前で止まった。


「ここよ。入りましょう」


 建付けの悪い扉を無理矢理開いてアプロは中へと入っていく。今にも崩れ落ちそうな建物にユウヤは入ることをためらうが、アプロの催促する声で覚悟を決めて足を踏み入れた。

 アプロとユウヤが向かった先は建物の地下室だった。埃っぽい空間にユウヤは袖で口元を覆う。

 原型を留めていない家具をどかしながらユウヤは進む。アプロは槍で雑に破壊しながら部屋ごと壊そうとしてるのではないかという勢いで進んでいく。

 建物の外見からは判断できないような入り組んだ地下室を進み、アプロの足はある一室で止まる。


「ついたわよ。ほら、言ってやりなさい」


 壁により掛かるようにして座っていた少女にユウヤは目を見開く。  

 輝きを放つ黄金の髪。黄金の装飾が目立つ輝かしい鎧。それらとは対称的な真っ白な肌。手前に突き刺さっている黄金の剣は妙に懐かしさを感じさせる。いかにもな黄金まみれの少女は力なく壁によりかかっていた。

 

「アテナ…?」


 その少女はユウヤの記憶の底にいた。


 記憶に無いはずの名前をユウヤは口にする。自分でもなぜその言葉が出てきたのかユウヤは理解できていなかった。


「貴方、アテナのこと覚えてるの…?」


「いや…分からない。けど、名前だけは覚えてる」


 目の前に座っている少女。おそらく機械人形の彼女は薄れかけたユウヤの記憶の中にも存在していた。

 名前だけの存在だったが、彼女という存在にユウヤは強く惹かれた。彼女が自分の大事ななにかを握っているような気がして。


「そう…まぁ、当然と言えば当然なのかもね。さ、起こしてやりなさい」


「起こす…?どうやって?」


 目の前のアテナは壁に寄りかかって座っているだけで動く気配は無い。機械人形である彼女を起こすなどどうすればいいのかユウヤには分からない。

 アプロはそうだったとでも言いたげなため息をついてユウヤの腕を握った。


「貴方の手でその剣を握って。そうすれば生体認証システムが動くから」


「生体認証システム…?」


「あーもう!いいから握りなさいよ!」


 アプロに背中を押され、ユウヤはつんのめりながらもアテナの前へと立つ。


(…よくわからないけど、握れば起きてくれるんだよな…?)


 ユウヤは意を決して黄金の剣に手を伸ばした。

 柄を握ると、刀身に光が筋となって走る。伸びた光の筋は目の前のアテナの体へと吸い込まれた。


『生体認証システム起動。マスター、モガミユウヤを確認。おかえりなさい』


「…ん…」


 謎の声が鳴り響いた後にアテナは目を覚ました。その青い瞳はユウヤを捉え、すっと立ち上がる。


「ユウヤ…戻ってきてくれたのか」


 感動の再会にしては、アテナの表情は淡白で、冷淡な物だった。

 アプロとは対称的に、彼女からは感情を感じられなかった。話し方。声の抑揚。表情。すべてがユウヤの記憶にあったロボットだった。

 明らかに人のものではない青い瞳を輝かせ、アテナはユウヤを視界に捉える。数秒見つめた後に彼女は口を開いた。


「お前が来るのを待ちわびていたぞ。外の様子はどうだった?この空間についてなにか分かったことは?一体どうやってここに戻ってきたんだ?」


「えっと…」


 肩を掴まれたユウヤは投げかけられる質問の数々に戸惑う。視線でアプロに助けを求めると、アプロはアテナに語りかけた。


「…アテナ、こいつ記憶が無いみたいなの」


「記憶が無い…?まさか、あいつの仕業か…?」


「十中八九そうでしょうね。どうやって戻ってきたのかは分からないけど、入って来る時になにかされたのよ」


「そうか…」


 アプロ達の言う”あいつ”とは主催のことだろう。目を覚ました時に真っ先に現れたのはあの謎の生命体だけなので間違いない。

 アテナはユウヤを見つめた。なにか話しかけるわけでもなく、ただ見つめるだけ。なんの感情も感じさせないその表情は少々の不気味さまで感じさせた。


「…えと、なに?」


「…私のことを覚えていないのか?」


「…うん」


「…そうか」


 アテナの表情は静かなものだった。アプロいわく、彼女はユウヤの契約すべき機械人形らしい。どういうわけだか分からないが、デスゲーム内に自分を知っている機械人形が二人もいることにユウヤは困惑していた。


「…アテナ、ちょっとそいつの手握ってみて」


「手?こうか?」


「…っ!?」


 アテナに手を握られた途端、ユウヤの頭の中でなにかが弾けた。シナプスがつながり、パチパチとしためまいがユウヤを襲う。それと同時にそれまで靄がかかっていた記憶の数々が溢れ出してきた。

 押し寄せる記憶の中でユウヤはアテナを見た。笑う彼女。戦う自分と彼女。涙を溢す彼女。どれも断片的な記憶だったが、ユウヤの中に存在していた確かなものだ。


 彼女と上に行かなくてはならない。ユウヤの心にはそれだけが強く残る。ここに来たのは初めてだと言うのに、ユウヤは強く使命感に駆られた。

 押し寄せてくる記憶の波にユウヤはふらついて体勢を崩す。倒れ込んだユウヤをアテナが受け止めた。


「はぁ、はぁ…なんだ今の…?」


「アテナに触れたことで少しだけ記憶が蘇ったみたいね。少しは思い出せたんじゃない?」


 ユウヤの中に残ったアテナが彼の記憶を呼び起こす。ひどく懐かしい感覚はユウヤに彼女の存在を思い出させた。


「…あぁ。ちょっとだけ、アテナのことを思い出せたかも…でも、なんで俺はここに…?」


「詳しいことは後で私から話す。…とりあえず上に向かうとしよう。話はそれからだ」


「そうね。…っ」


 不意にアプロが膝をつく。立て直したユウヤはアプロへと駆け寄った。


「アプロ!?」


「…っ、ごめんなさい。外傷が思いの外響いてるみたいでね。エネルギー供給が追いついてないみたい…」


 アプロの言動でユウヤはここに向かう最中に見た彼女の背中の傷を思い出す。化け物につけられたのであろう傷はアプロのエネルギーを蝕んでいるようだった。


「…あとどれぐらい動けそうだ?」


「ざっと3時間が限度ってところかしら。どこかで修復リペアができれば話は別だけれど…叶いそうに無いわね」


「…そうか。では早急に向かうとしよう」


 アテナは冷淡にそう言い残すと部屋を出た。続いてアプロもなんとか外へ向かおうと足を動かす。


「アプロ…無理はしないで」


「ふふ…貴方に気を使われるときが来るなんてね。大丈夫よ。多少の無理をしてでも私は貴方を上の階に送らないといけないの」


 その言葉の意味をユウヤは知っているはずだったのだろう。だが、今のユウヤには分からない。きっと彼女達の知っているユウヤなら分かるのだろう。

 アプロは立ち上がるとユウヤを置いて部屋を出ていく。ユウヤはその背中に続いた。




「…来たか」


 外に出ると、アテナが待っていた。その後ろにはぐったりと倒れ込んだ化け物。既に生き物ではなくなっている。


「復帰早々暴れてるわね。久しぶりの稼働だからどうかと思ってけど…無駄な心配だったみたいね」


「あぁ。感情機能エモーショナルファンクション以外は問題なさそうだ」


「…感情機能?」


「私達の感情を司る部分よ。機械人形は感情機能によって人間と同じく感情を感じることができるの。…アテナのは前の戦いで壊れちゃったみたい。だからあぁなのよ」


 アテナが冷淡な理由はそこにあったようだ。ユウヤからすれば今のアテナこそロボットなのだが、彼女らからしたら感情という大事な部分が欠けていることになる。薄れた記憶の中で笑っていた彼女はまだ感情機能が正常に稼働していた時の彼女だったようだ。


「前はよく笑う誠実な子だったのよ?覚えてないでしょうけど」


「そうだったんだ…」


「早急にあそこへ向かうとしよう。アプロの活動時間も限界に迫っている」


 アテナが指さしたのは大きな時計塔。いつの間にか近づいていたため、はじめ見たときよりも鮮明にその全貌を見ることができる。他の建物よりも一際大きなそれからは威圧感さえ感じられた。


「えぇ。…何事も無いと言いのだけれど」


「行くぞユウヤ。再び私とお前で上を目指すのだ」


「…うん」


 ユウヤ達は時計塔へと向かった。

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