第2話廃墟と機械人形

「うっ…」


 ユウヤの体から浮遊感が消え、背中に衝撃が走ったのは数分後のことだった。

 落下していたのかは定かではないが、それに匹敵する衝撃にユウヤは背中をさすりながら起き上がる。

 地面を見るに、どうやら瓦礫の上に放り出されたらしい。背中の筋肉が熱を持って悲鳴を上げていた。


「いって…ってなんだここ…」


 見上げるとそこはレンガ造りの閑静な住宅地だった。有無を言わせない違和感と寂れた空気を漂わせるその景色はユウヤには目新しいものであった。

 僅かな記憶を辿って見るが、おそらくここはユウヤの記憶にはない場所だ。

 その中でも目に止まったのは大きな時計塔。ロンドンの彷彿とさせるその時計塔は住宅地の向こう側に位置している。ここからでは距離があるのか、かろうじて時計の部分が見える程度だった。


(街…なのか?それにしては随分と静かな場所だな。人がいるわけでもなさそうだし…)


 妙に霧がかった街をユウヤは進んでいく。

 先程の主催との会話は本当だったのか。自分は今どこにいるのか。なぜこんなゲームに参加させられているのか。分からない事だらけの脳内は考えれば考えるほどにどんどんこじれていく。

 本当は夢で頬をつねればベッドの上で目覚めるのではないか、と期待してユウヤは頬をつねってみる。結果はただ頬が痛くなっただけだった。


「お忘れしていましたユウヤ殿」


「うっわびっくりした…」


 街を進むユウヤの目の前に突然主催が現れる。ユウヤは肩を跳ねさせて主催を見た。相変わらずの何もない顔を見てユウヤは口を閉ざした。

 まるで無から生まれてきたかのように現れた主催にユウヤは驚く。まるで幽霊にでも出会でくわしたような表情だ。

 ユウヤの驚いた様子を見て、主催はわざとらしく手をすり合わせた。


「おぉ、これはこれは申し訳ありません。先程説明を一つ忘れておりまして…」


「な、何…?」


「ここはいわば始まりのフロア。この階層ではパートナーとなる機械人形を探してもらいます。ですので、この階層では殺し合いは発生しません。…もっともこの階層にはプレイヤーはおりませんが。ご安心して探索を進めてください」


 身振り手振りで説明してくる主催の話をユウヤはなんとか噛み砕いて理解しようとする。

 このゲームでは機械人形と呼ばれる人形のロボットと契約を結んで参加しているプレイヤー達と戦う、というルール。そしてこの階層では機械人形を探して契約を結ばなくてはいけない。

 分からねぇよという呟きは口に出さず飲み込んだ。


「…あ、あの」


 ユウヤは遠慮がちに主催に問いかけた。


「どうかされましたか?なにかご不明な点でも?」


「…リタイアとかできないの?」


 もしこのゲームをクリア以外で離脱する方法があるとすればそれはきっとリタイア。そう踏んだユウヤは主催に問いかける。


「その場合、死ぬことになりますが大丈夫でしょうか?」


「…やめときます」


 ユウヤの希望はあっさりと絶たれた。表情がないため後味もあっさりとしたものだった。


「そうですか。それではごゆっくり。…あぁ、あんまりゆっくりしていますと、”犬”が来ますのでご注意を。それでは」


 そう言い残して主催は霧の中へと消えていった。

 主催が言い残した意味深な言葉にユウヤは首をかしげるが、追いかけたところで主催の姿が現れることはなかった。


 不気味な余韻が尾を引いているユウヤはしばらく立ち尽くしていたが、覚悟を決め、再び歩き出す。

 何が起こっているのかは未だによくわからないが、自分が今いるのはデスゲームの中。とりあえずは言われた通りに動くほかあるまい。

 ユウヤは困惑しながらも足を動かし始めた。


 見慣れない景色に困惑するユウヤの視界に人影が移る。崩れかけた建物の前にうなだれているそれはどう見ても人の形をしている。背格好はユウヤよりも少し小さいくらい。こちらに気づいている様子はない。


 その人影に向かってユウヤは足を進めた。

 先程の説明が正しいのならば今は戦いは発生しないらしい。ならば話しかけに言っても問題はないだろう。ここの情報を提供してもらえるかもしれない。

 そんな淡い希望を抱いてユウヤは声を上げた。


「すいませーん…っ!?」


 ユウヤの瞳に映ったのは、人間ではなかった。

 ヒビの入った鎧を纏った謎の少女。見た感じではユウヤと同じぐらいの年齢だ。その瞳は生気を失っており、片方に至っては無い。

 抜け落ちたその瞳の奥には謎の線のようなものがびっしりと張り巡らされているのが見える。それが回路だと気づくまでにはそう時間はかからなかった。

 動く気配のないそれにユウヤは戦慄する。


「なん…だ…これ…?」


 ユウヤは恐る恐るその体に触れてみる。当然、動くことはない。

 熱を失った体をあれやこれやと動かしてみるが特に変わった様子はない。気になるとすれば、抜け落ちた目の部分だった。


 ユウヤは露出している回路に触れてみる。幸いにもいまだ電流が流れていて家電するなんてことはなかった。

 それは明らかに人間のものではなかった。記憶を失っているとはいえ、ユウヤもそのぐらいのことは覚えている。こういうものはパソコンとかスマートフォンとかの機械に張り巡らされているものだ。 

 そこでユウヤの脳内に一つのワードが浮かび上がる。先程の主催の説明にもあったその言葉_このゲームを複雑なものにしているその存在をユウヤは口にする。


「…これが機械人形?」


「…あら、久しぶりねチャンピオン」


 突如耳に響いた声にユウヤは振り返る。明らかに主催ではない。謎の声にユウヤは震えた。

 ユウヤの瞳は霧の中に謎の人影をとらえる。その人影は、手に長物を握っていた。

 棒にしろ槍にしろ、丸腰である今のユウヤが相手をするには厳しい。

 次第に近づいてくるその影にユウヤは身構えた。


「そんなに構えないで頂戴。感動の再会なんだから少しは驚いたらどうなの?」


 霧の中を切り裂いて、彼女は現れた。


 彼女を見たユウヤの感想は、『美しい』だった。


 白い雲をそのまま纏ったかのようなドレス。美しく伸びた黄金色の髪には薔薇が添えられている。

 光を帯びて輝きを放つ槍からは神々しさまで感じる。人間とは一線を画す、神を

思わせるその風貌にユウヤは思わずたじろぐ。

 一際存在感を放つ大きな羽を携えた彼女は人間ではなかった。


「久しぶりねユウヤ。まさか本当に戻ってくるとは、馬鹿もいたものね…」


 ユウヤに向けられた真紅の瞳は懐かしさと呆れが混同したような視線を放っていた。

 逃げようとして足に力を入れていたユウヤはその声につんのめって近くのレンガ壁に額をぶつけた。そして、殴打した部分を擦りながら彼女を見る。


「…えと、誰…?」


 シンプルな疑問だった。記憶がないのだから知り合いだとしても彼の記憶には存在していない。こんな知り合いを作っていたのだとしたら以前の自分に疑問を抱かざるを得なくなる。

 ユウヤの様子を見て、彼女はその瞳を困惑に染めた。


「…はぁ?私のこと覚えてないっていうの?命の恩人よ?私よ私!」


「ごめん…ほんとに覚えてないっていうか…」


 目の前の女は頬を少し膨らませて怒ったような仕草をして見せた。

 記憶を失ったユウヤには彼女との記憶は存在していない。そのことに彼女は呆れているようだった。

 記憶喪失なのだから仕方がないだろと言いたいところだったが、機嫌を損ねて首を跳ねられる可能性を考慮するとそれをする気にはならなかった。


「あの野郎の仕業ね…厄介なことになったわ。…まぁいいわ。私の名前はアプロ。そいつと一緒で機械人形よ」


 アプロ、と名乗る彼女はうなだれた少女と指さしてそう言った。人間離れしたその羽が彼女が機械人形ということを裏付けている。


「機械人形…」


 ユウヤはそう呟いて理解しようと脳を回転させる。

 ロボットと聞いていたが、彼女を見るにカタコトで喋るだとか腕からビームが出るとかそんな様子ではない。

 彼女はユウヤの思うロボットとはかけ離れていた。


「どこから話せばいいのかしら…とりあえず機械人形のことかしらね。…機械人形は人類最高傑作と言われる超高性能AI。感情プログラムを兼ね備えた私達は泣いたり怒ったりすることまでできるわ」


「は、はぁ…」


 ユウヤはアプロの口から飛び出てくる言葉が何一つ分からなかった。まるで異国の言語を聞いているような、ただ文字の羅列として脳に入って抜けていくような、そんな感覚だった。

 アプロとしては分かりやすく説明しているつもりだったが、何一つ伝わっていない。未知の単語を並べられてもできるのは分かったふうに頷くことぐらいだ。


「もとはといえば戦闘用ではなかったのだけれど…ここから話すと長くなるわね。あとはあいつから聞いて頂戴」


「…あいつ?」


 ユウヤは小首をかしげる。アプロはその様子を見て『あぁ』となにかを思い出したかのように呟いた。


「えぇ。…あ、記憶を失ってるんだったわね。面倒なのね記憶喪失って」


「すいません…」


 おそらくユウヤに罪はないのだろうが、とりあえず謝ってみることにした。それで命が助かるなら儲けものだ。


「…まぁいいわ。とりあえずついてきて。あいつのところに行くわよ」


「え、ちょ、ちょっと!?」


 話し終えたアプロはユウヤを尻目に先を歩いていく。ユウヤは彼女の後を追いかけた。

 

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