ドール・フラージル・バトル

餅餠

第一層:眠る街コープス

第1話目覚め

『アテナ!俺はっ、俺は___』


『必ず君を助けに帰ってくる!』


 少年は手を伸ばす。その手が届くことは無いが、誓いは彼女の胸に届く。



 光に吸い込まれた少年は、外へと放たれた。






 深く沈んだ意識の中。呼びかけてくる声に少年の意識は揺らぐ。


『…ヤ…ユウヤ…』


「…ん…」


 見惚れるような美しい満月の元、その少年は目を覚ました。

 見上げた空は闇に染まっており、煌々と輝く月以外は何も見えない。しばらく空を見つめていた少年は次第に意識を取り戻す。

 自分は何者だったか。何をしていたか。好きな食べ物は何だったか。そんな他愛もないことをポンポンと頭に浮かべていく。


 ふと少年の目線が空から目の前の闇に落ちる。少年は見覚えのない地に立っていることに気がつく。

 辺りを見回すと永遠と広がる海が見えた。どこまでも続いており、先は見えない。その暗闇を見つめていると吸い込まれるような感覚に襲われた。

 そして、少年の目線は足元へと落ちる。


「…うわっ!?」


 そこには”何もなかった”。ただ自分の足が空中に浮いている。その光景に少年は思わず腰を抜かした。

 情けなく転んだ少年の体は”浮いていた”。ついた手は虚空を掴んでいる。近年のマジックショーでも見ないトリックだ。


「おやおや、お目覚めになりましたか。ユウヤ様」


 予想外の声に少年は肩を跳ねさせる。振り向くと、そこには黒いスーツを着たなにかがいた。

 形は人のそれを保っているものの、目や鼻など本来人にあるはずのものがない。そこにはただ虚空が広がっているだけだった。詳しくは思い出せないが、きっと幽霊かなんかの類なのだろうと少年は結論付けた。

 不気味な存在を前に少年は後退りをする。それを見て呼応するように謎の存在は距離を詰めてきた。


「う〜んその反応、いつ見ても良いものですねぇ?」


 そのスーツを着たなにかは目を見開く少年にぐいっと顔を寄せる。表情は読み取れなくともその言葉から彼が愉悦感を得ていることは明白だった。

 なにか重みのある言葉でもあれは少しは格好がつくのだが、目覚めたばかりの少年の脳はうまく回ってくれなかった。


「え、えと…誰?」


「ふふっ…私は…『主催』とでも名乗っておきましょうか。お久しぶりですユウヤ様。そして、おかえりなさい」


 少年は目の前で丁寧にお辞儀をする謎の存在に思わず身を固まらせてしまう。その振る舞いはさながら執事といったところだろう。

 浮遊している足元。謎の存在。まるで自分を知っているかのような発言。あまりの情報量に追いついていない脳が再び回り始めるまではそうかからなかった。


「えと…ユウヤ様っていうのは…俺?」


「えぇもちろんですとも。…もしやお忘れで?」


「…うん」


「おやおや…これは重症ですねぇ。…貴方の名はモガミユウヤ。素敵な名前でしょう?」


「モガミ…ユウヤ…」


 モガミユウヤ。それが少年の名前だった。主催の言葉により、少年もそれを思い出す。


(そうだ…俺の名前はたしかモガミユウヤ…でも、それ以外が全く思い出せない…)


 ユウヤは名前をきっかけに思い出そうとする。自分がここに来た経緯。今まで何をしていたのか。自分はどこから来たのか。

 しかし、そうすればするほどに記憶はあやふやになっていく。モヤが掛かったようなずっしりとした重みの頭からはユウヤの期待している結果は出なさそうだ。


(なんだろう、このモヤモヤした感覚…思い出せそうで…思い出せない)


 煮えきらない感覚にユウヤは悶える。かろうじて思い出せたことは自分が学生だったことだけだ。着ている制服がそれを裏付けている。


「それでは改めまして…ようこそドール・ゲームへ!」


「…ドール…ゲーム?」


 声高らかにそう宣言した主催を前にユウヤは首をかしげた。聞覚えのないワードはユウヤの記憶に存在していない。そもそも存在していないのか、単にユウヤが忘れているだけなのかは今はどちらとも言えない。

 なんにせよ、謎のゲームの知識など今のユウヤは持ち合わせていない。黙って話を聞くしかなかった。

 謎の空気が数秒流れた後に、主催はユウヤが自分を変な目で見ていることに気がつく。


「…おや?もしやもしやドール・ゲームのこともお忘れで?」


「えと、はい」


「むぅ…そうですか。それでは、説明から参りましょうか」


 主催は咳払いをすると、おもむろに手を空中にかざす。かざした手からは大型のスクリーンが浮かんだ。

 浮かんだスクリーンをユウヤにみせつけるようにして主催は語りだした。


「ドール・ゲーム。生身の人間と高性能人工知能『機械人形』が二人一組となって戦う私考案のです」


「…は!?」


 開口一番飛び出たそのワードにユウヤは驚愕した。記憶はなくとも、多少の知識は残っている。その言葉の意味をユウヤは知らないわけではなかった。


 デスゲーム。集められた人間が命を奪い合ったり、あるいは協力して脱出したり、この世の生態系に存在していない生物達と戦ったり、その体と生命を賭けた遊び。その多くはいつも架空のものだったのだが、まさか実在していたとは知らず、ユウヤは動揺を隠せない。

 そしてなによりそれに自分が参加しているという事実が理解し難いものだった。


「デスゲーム!?俺が!?」


「…ユウヤ殿。説明は最後まで聞くものですよ?」


 主催は取り乱すユウヤにまるで刃物を突き立てるように顔を近づける。近くで見れば見るほどに不気味に感じるその存在はユウヤの背筋を凍らせた。

 口を閉ざしたユウヤを見て、主催は再び話し始める。


「このゲームに参加する人間はそれぞれ機械人形と契約し、他の参加者を下していかなくてはなりません。交戦したペアはお互いの撃破を目指して戦ってもらいます。勝ち残ったペアは上の階層に上がれる権利が与えられます。簡単に言えば、相手を殺したらオッケーです」


「相手を…殺す…」


 人間を殺す。それは法で戒めた禁じられた行為。現代の世界において、その行為はどこであろうと罰せられるもの。そうでなくとも普通に生きていれば人を殺すなどという考えには陥らない。

 人間など、胸部や首部を掻っ切ったりすれば簡単に死ぬ。だが、それができないのはその人間が本能のどこかで人を殺す事を否定しているからだ。

 簡単なようで難しいその行為にユウヤは思わず息を呑んだ。

 スクリーンに映し出されたロボットと人間が悲鳴を上げながら飛沫を上げて倒れていく。ロボットが悲鳴など上げるはずもないのに。


「どちらか片方が倒されたらその時点でアウトです。なので、一人と一機で同じ敵を狙うもよし、一人と一機で庇い合うもよしです。そこはパートナーと要相談ですね。勝ち上がり、頂上まで登ったペアには賞金100億円とこの空間を出る権利が与えられます」


「…100億!?」


 100億。想像もできないほどのその巨額はユウヤに衝撃を与えた。

 命をかける対価は100億、ということなのだろう。高いと見るか、安いを見るかは当人の狂い具合で決まるだろう。ユウヤの場合はなんとも言えなかった。


「えぇ、100億です。しかし、ドールは人類最高傑作と言われた人工知能。ちょっとやそっとのことでは壊れません。しっかりと彼女らの”コア”を狙わなくては意味がないのです」


 またもや出てきた聞覚えのないワードにユウヤは首をかしげる。彼が質問するよりも先に主催は続けた。


「彼女らの体には中枢機関である核が埋め込まれています。人間で言う、脳と心臓が合体したようなものです。そこを破壊しない限り、彼女らは止まりません。腕やら足やらを破壊したところで彼女らが止まることはありません。彼女らにとってはかすり傷なのです。これを知らなかったら生身の人間が勝つなんてことはないでしょうね」


 機械人形には核という弱点があるらしい。まず機械人形そのものの概念をうまく飲み込めていないユウヤにとっては蛇足にしか聞こえなかったわけだが。


「階層は全部で10層まであります。上を目指して頑張りましょう。…簡単な説明としましてはこんなところでしょうか」


 主催からの説明が終わったときには既にユウヤの表情は凍っていた。小刻みに震えている脚が彼の心情を表している。

 現実味のない話だとは分かっている。だが、主催の説明はユウヤにとってどれも嘘とは思えない物だった。

 

「…夢…とか?」


「いいえ。夢ではありませんよ。現実です。…元はと言えば貴方がここに来たんですよ?」


 ユウヤの希望を即打ち切るように主催の言葉が響く。

 夢の幻想が生んだただの言葉だ、と頬をつねってみても目が覚めることはない。ユウヤはただ目の前の状況に絶望するしかなかった。


「貴方が望んでこうなったんです。覚えていらっしゃらないのですか?」


 ユウヤの思考は再び止まった。主催が言うには、ここに今自分がいるのは自分がそう望んだからなのだという。

 どうにも信じ難い話だった。自分が自らデスゲームに身を投じるなど。自殺も良いところだろう。自殺願望があったにしろ他に手があるだろう。ユウヤは以前の自分を怒鳴りつけてやりたい気分だった。


「…その様子だと、覚えていない様子ですね。これでは彼女もがっかりでしょう」


「…彼女?」

 

 主催には顔がなかったのだが、表情が無くとも『それもか』とでも言いたげな感情は態度に出ていた。


「いえ、こちらの話です。それでは、早速始めるとしましょうか」


「え?」


 主催が指をパチン、と鳴らす。すると、周りの海はたちまち闇へと帰し、月さえも闇が飲み込んだ。

 暗闇となった空間でユウヤは一人取り残される。困惑した次の瞬間、ユウヤの体をとてつもない浮遊感が襲った。


「なにこれ!?…俺、落ちてる!?」

 

 本能的にそう察知したユウヤは身動きを取ろうと手足をバタつかせるが、うまくバランスが取れない。どこにも手足がぶつからないことから察するに落ちている、ということで間違いはないらしい。


「あぁ、あともう一つ忘れていました。貴方は今大会に招集された”エクストラプレイヤー”です。他の参加者を蹴散らしてくれることを期待していますよ」


「ちょ、ちょっと!これどうなってるの!?」


 ユウヤは情けなく呼びかけるが、返答はない。

 目の前の闇はユウヤの意識さえも包みこんだ。

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