JKミハルの危機一髪~廃墟と気づかず、怪異アパートに入ってしまった~

黒味缶

JKミハルの危機一髪~廃墟と気づかず、怪異アパートに入ってしまった~

 私、大山ミハル!ちょっと霊感的な物がある女子高生!

 私が今いる場所は、廃墟のはずのアパート!!そして、私の目の前には――


「現実逃避は終わった?ミハルちゃん」

「もうちょっと逃避したかったけど強制終了しましたね」


 狐のような雰囲気の美人さんが、ちゃぶ台に肘をついてこちらを見ていた。




 事の始まりは数日前。バイト先に来たほんのちょっと異様な雰囲気だったお客さんに、ニコニコと愛想よく接客した。

 けど、それが気に入らなかったのか……あるいは気に入ったのか。その日以降、私はその人に付きまとわれるようになった。

 元々、バイトの帰りが夜になるからと兄に迎えを頼んでいた。それもあって、仕事中の私にしかちょっかいを駆けられないその客は、すぐに迷惑客として店長に出禁を言い渡された。それでも気づけば、あの客ですらなくなったストーカーは店の外からこちらをじっと見てきていた。


 そんな日が続いていたが、今日は兄が朝から高熱を出してしまった。

 不安だったけど、幸いなことに今日は窓の外に例のストーカーの姿を見ることはなかった。


「今日はあのひと来てないし、大丈夫ですよ」


 ……そんなことを言って、店長の「送ろうか?」という提案を断ったのを、私は盛大に後悔した。


 最寄り駅に向かう私のあとを、ずっと誰かがつけてくるのを感じ取った。

 思わず振り返って確認すると、電柱のかげに体を半分だけ隠したストーカーと目が合った。

 バレたと分かるや否や、のそりと動き始めた奴にビビった私は、何とか撒こうと焦って踏み入ったことのない小路へと逃げ込んでしまった。


 しばらく走っているうちに、立ち入り禁止の看板を越えた。その先にあったのが、取り壊し予定のままもう何年も放置されている廃アパートだった。

 それなのに、電気が付いているせいで私は廃アパートと気づかぬまま、明かりがついた一室のドアをたたいて助けを求めた。


 中に駆け込んで、息を整えて、そしてこの場所の名前を聞いて――霊感でいろいろ見えちゃいそうだから立ち寄るまい、と心に決めていた場所に迷い込んでしまった事に気づいた。




 電気がついているのに嫌に薄暗い、昭和の雰囲気を感じる一室。

 ここに匿ってもらってから気づいたが、ずっと霊的に嫌な雰囲気が漂っている。


「あなた、霊感それなりにあるのねえ。まあ、あるから迷いこんじゃったんでしょうけれど」


 くすくす、と、目の前の美人さんは楽しげに笑う。


「でも、ここは生きてる人が来る場所じゃないのよ?本当は死霊ホイホイみたいなものなんだから、ここ」

「で、でしょうね……けど、本当に仕方ない理由で駆け込んだんです……」

「らしいわねえ?大変ね。しつこい男に追われているだなんて……私もそんな理由でここにいるから、同情しちゃう」


 この人、人じゃないや。気配が人間じゃないし考えたことそのまま拾ってくるもん。


「助けたんだから、嫌わないでくれると嬉しいわ。自己紹介するわね、私は興津ネネよ。よろしくね、ミハルちゃん」

「おきつね、ねさん」

「うふふ セーフにしておいてあげるわね」

「ありがとうございます……それにしても、死霊ホイホイか。なんかそれ以外にも厄っぽい雰囲気沢山あるし怖いなぁ……あの、変質者やり過ごした後って私、きちんと帰れますかね?」

「細かいことを知る必要はないからざっくりした返事になるけど……普通の人なら、物質として存在する建物の方に行くのに、あなたは重なってる霊域に来ちゃってるのよ。表の世界に帰るには、それなりの手順があるわねぇ」


 おもわず天井を仰ぎ見てしまった。

 そもそも廃墟で良くないものに気づきそうだから、近隣のヤバげなスポットチェックして近寄らないようにしてたのに……本当、店長に送ってもらっておけばよかった。


「かわいそうにね。カバンの中からものすごく大量の神様の気配を感じるし……ケンカしないお守りをたくさん持つぐらい霊障関係には気を付けてたんでしょう?」

「事前に対策してないと、会ったらアウトみたいなヤバいのにも遭遇しちゃうから……幽霊とか妖怪ならお守りが効くのに」


 相性のいいお守りをカバンの内側にみっしり入れるようになってからは、害のある霊とは会わなくなった。

 あんまり害のない霊とは鉢合わせることあるけど、大抵「えっ?何そのお守りの量……引くわ~」みたいな顔でそっと避けられる。

 そういう風に厄が避けるのに慣れてたからこそ、神様の威光に気づかない生きた人間にめちゃくちゃ怖い思いさせられたわけだけど……あいつ、ひきかえしたかなぁ……そろそろ帰っちゃダメかな?


「ダメよ。……気づいてなさげだから、まずは注意だけするわね。あなた、もう声を出さないでいたほうがいいわ。この霊域を出るまでは、聞きたいことも愚痴も頭の中で考えるだけになさい」


 え?


「その調子……あなたがここに来る原因になった変質者、表の廃墟じゃなくてこっちに入ってきたわ」


 ねねさんはそういうや否や、私を部屋の隅に誘導する。玄関が私から死角になったと同時に、部屋のドアが叩かれた。

 背筋が冷える。ねねさんは唇に指をあてて「しーっ」と言った後、電気がついているにもかかわらず居留守を使いはじめた。


 居るのはわかっているんだぞ  返事をしろ  最初はあまり大きくないそうした声は、すぐに怒鳴るように大きくなっていく。

 ドアへの暴力がエスカレートするのにあわせて、奴は次第に私への欲望を叫びだした。懸念してなくはなかったけど、捕まったらそんなことされてたのか……気持ち悪くて吐きそう。


「いい調子ね」


 どこが?


「言ったじゃない、私も厄介な男に付きまとわれてこうなったって。そいつもここに住んでるの。ここには、私をここに閉じ込めた奴がいるのよ」


 ……そいつがねねさんのようにヤバい系の存在だとして、ねねさんの部屋の前で性犯罪を声高に叫ぶ変質者がどう見えるか。


「なんだ? ヒッ うわあああああ!!!」


 私の存在を感知していても、その上で許し難くて当然って事か。変質者の声が、何かに追いかけられてるかのように、遠ざかっていく。


「目論見通りね~。さ、とっととこんなとこから出ましょう?」


 出れるの?なんか手順とか要るんじゃ?


「ふふ、無事に出られたら教えてあげる♪ カバン、絶対離さないようにね?」


 ねねさんに手をひかれて、部屋を出る。

 おそらく命綱なのであろうカバンを抱きしめた私と、なぜか私にぴったりくっついたねねさんは、気配を殺しながら敷地の外へと向かう。

 アパートの上のほうから、不審者の汚い悲鳴とやけに大きな咀嚼音が私たちに降りかかるように響いてきて、思わず身を震わせた。


「大丈夫よ。この中では生来てる存在は死ねないから……さ、進みましょう」


 廃墟の敷地を出て、立ち入り禁止の看板を越えた。

 霊域とやらの中にいた時にずっと感じていた気配が、周囲から消えているのがわかる。


「うまくいったわね……よかったわねえ、ミハルちゃん。私たち、外に出れたわよ」

「あ、ありがとうございます……えっと……私、なぜ出れたんですか?」

「うふふ。教えてあげるって言ったものね。歩きながら話しましょうね」


 ねねさんと私は並んで歩く。先ほどまでのように、ピッタリとくっついてはいない。

 非現実の中に取り込まれたせいか、ずっと夢の中にいるかのようにふわふわした感覚が続いている。


「そもそもあそこは、迷った亡霊を集めて成仏するまで休ませてあげる場所だったの。大人気の休息所だったから、成仏する魂が出るまで他の亡霊が入れなかったのよ……その休憩所を、私のストーカーが作り変えちゃったの。"誰かが去るまで入れない"から反転して"誰かが来るまで出られない"という場所にね」

「なるほど……無理に作り替えられた場所だから嫌な気配もしてたのかな」

「ええ。成仏するための場所が、成仏したくてもできない場所になっちゃったのよ……そして、生きたものと亡霊が別カウントだから、生きてると死にたくても死ねなくなるのよ」


 有名な亡霊の、七人ミサキを連想した。

 一人殺して取り込めば、一人が成仏する。構成する人が変わっても数はそのまま。

 思わず、ねねさんの方を見た。本心が読めない笑顔のまま「言っていいのよ?」と言われる。


「……あの、ねねさん?少し、嫌な想像しちゃったんですけど……もしかして、最初は私を置いていくつもりでした?」

「ええ。最初はミハルちゃんをだまして自分だけ助かる気だったのよ……よかったわね、ミハルちゃん。すぐに生贄にしても心が痛まない奴が来てくれて。危機一髪だったわね」


 きれいなままの笑顔でなんてこと言うんだこいつ。


「私としても、あなたを騙すのは嫌だなとは思ってたのよ?結果的に助けたんだから、嫌わないでくれると嬉しいわ」


 会ってすぐの時も、似たようなことを彼女の口からきいた気がする。

 ……私は助かったし、二人とも、厄介なストーカーから逃げきれた。結果的に危機を抜け出せたんだから、まあ、いいか。


「許してくれてありがとうね。さて、そろそろお別れしましょうか」


 足を止める。

 何となくでねねさんに合わせて歩いてたから、駅とは違う方向に来てた。

 小さな神社の、鳥居の前。ここには覚えがある。カバンの中に詰めてるお守りの1つが、ここで貰ったものだったはず。

 境内の隅に小さくお稲荷様もあったことを、ふと思いだした。


「じゃあね、ミハルちゃん。次来るときは、私の所にも来てくれたらうれしいわ」


 笑顔で手を振って、ねねさんは鳥居をくぐる。

 彼女が霧のように姿をくらませるのを見送ると、ようやく私の意識が夢から現実に戻ったかのように鮮明になった。


「……私も、帰るか」


 なぜか見る気が起きなかったスマホを取り出し、時間を確認する。


 バイト先を出て二時間ほど経っている。

 色んな通知に紛れて、帰りが遅いことを心配する家族からの着信が数件たまっていた。

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