第四章 もう一人の声なき慟哭4
「どうなってるんだよっ、なんだよ、ドア開けって!」
がんがんがんっと体当たりしながら車のドアを開こうとする。しかし、ドアの縁が揺らぐぐらいしか振動しない。
そうしている内に、生臭い液体がくるぶしをゆるゆると包み込んだ。
(そうだ、窓から逃げられるっ)
水の中に落ちた時用に、助手席のグローブボックスにハンマーを入れている。それで窓を割れば外に出られるはずだ。
焦りながらグローブボックスを開き、中に手を入れると何かがぬるりと触れた。
手を引っこ抜いて、
すると、そこには白くてほそっこい赤ん坊らしき手足がぎっちりと
「ひぃっ」
そのキチキチに詰まった手足の隙間を縫うようにして、赤い線虫のような物が
見開いた目玉で見ると、その線虫のような物は動く毛細血管だった。
手足が毛細血管で包まれているのだ。
「そんなはずはない、そんなはずがない」
園田は運転席に腕を戻して、もう一度ドアを開けようとする。
すると、リアシートの方でバシャンバシャンと液体の中で跳ねる音がした。
「知りたがりのおじちゃん。おじちゃんに私が見た世界を見せてあげるよ」
実来の頭が後部座席の足を降ろす場所に、浮いている。
その顔は、どこか
(逃げろ、逃げろ)
園田は赤子の手足が詰まっている中に腕を突っ込んだ。
ぬるぬるぬるぬると腕が赤子の中に入っていく。
生暖かい中、ぐちゃぐちゃに
「そうやられて、たくさん死んだの。一人二人、三人……私は四人目」
「なにがだよぉぉぉっ、ハンマー取らせろよぉっ」
「おじちゃんが突っ込んでるのは、私の兄姉の死体」
「!」
園田は、ざっと手を引こうとした。
すると赤子の手達がぐにゃぐにゃ動いて、園田をもやしのような指で掴もうとする。
「きもちわりぃ!」
「でも、大人はそうやってみんなを殺してきたの。手と足があったのに、ぐちゃぐちゃにしたんだよ」
「何の話だよっ」
「私の話だよ……聞きたかったんでしょ? 最初はね、病院の先生に殺されたの。中絶するって殺された。次は、畳の上に落ちたの。で、お母さんに殺された。最後は……」
ドン! ドンッ! ドンッッ!
いきなり何者かにぶつかられてタクシー全体が左右に揺れた。
園田は、目を大きく開いてその何かに助けを請おうした。
すると、運転手席の窓ガラスにバンッと靴底が当たるのが見えた。
(誰かが助けに来てくれた!)
「此処から出して、早くっ、早く!」
唾を飛ばしながらガラスに顔を付ける。
「助けてっ、助けて!」
自分のものではない叫び声が頭上からする。
「あんた、イヤよ。この子は死なせたくないのッ」
「お前、わざと妊娠しただろ! 前もその前も、ダメって言ってるのに身ごもりやがって!」
ダァンッ!
また窓ガラスに靴底が当たった。
その相手は此処を割る勢いで、強く蹴っているのだ。
「やめて……未子が死んじゃう。死んじゃうよぉっ!」
「うるせぇ、彩! 子が産まれたら、酒造が大変なことになるんだよ!」
「でも……お腹にいる子はあんたの子だよっ」
「どうだか。……お前、警官とも付き合ってただろ。何にも知らねぇと思ってたか……っ。こんな子、殺せ、死んじまえ!」
ダァンッ、ダァンッ!
声と振動が重なって、車の中が
そんな馬鹿なことあるはずがないが、どう考えても……今、園田は妊婦の腹の中にいた。
「ふふふ……あははは……」
妊婦らしき人物が笑い出すのが分かった。
腹を蹴られている状況だと思ったのに、どうして彼女は笑っているのだろう?
「これで、未子は確実に死ぬわ。くくくくっ」
「……なに笑ってる?」
「このお腹の子が死んだら、あんた殺人者で逮捕されるわよ。あんたが、私と浮気してるって思ってる警官に、あんたに子供が殺されるかもしれないって言ってあるの。それに毎日日記を付けて、あんたの悪行を書き記しているの。私が何度……子供を失ったかも書いて、警官に渡してるわ」
「ふざけた真似しやがってっ」
「あの警官、私の言いなりよ。ねぇ、どうする? このままパクられる? それとも……私と結婚する?」
「なに、言ってる。お前と結婚なんてできるはず……」
「出来るでしょ。あんた今フリーじゃない」
「……ダメだ。お前と結婚したら
「なんでよ、奥さんは……もう死んだでしょっ。う……はぁはぁ、はぁ、ふぅっ。腹が痛いったら……何度やっても流産は慣れないわね」
車体が揺れ、滲み出てきていた液体に赤い色が混ざり始める。
「未子、きっとこのまま死ぬわ。死んだら、すぐにあんたを逮捕させるわ」
「そしたら、俺がこのこと言ってやる。お前に
「無理よ。だって、あの警官、お金が死ぬほど好きだから。私が葉山家の女になれば、いくらでも金が手に入るんだもの。なんだってやるわよ。あんた、どうするの? 結婚する? 結婚しないなら――クッ、痛いっ、痛いっ」
がんっと頭が割れるような衝撃が走る。
それと同時に、車内の液体の水位が急速に上昇していった。
(
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