賢王ルミナス

 昨晩、王都のハーディナル城下町に到着した。


 先触れを早馬で出していたので城下町入口の大きな城門前には城下町守護の第二騎士団が両側に隊列を整え王女様の帰城を今や遅しと待っていた。


 到着と同時に王城への伝令が走り、城下町の入口城門の上からファンファーレと共に聖なる歌が流れた。厳かで心を落ち着かせる音色は素晴らしいものだ。


 近衛騎士団団長を先頭に胸を張り気高く四列に並んだ騎乗騎士が進み、王族用馬車、馬車周囲に古参の護衛騎馬隊、近衛法術士隊、荷馬車、近衛騎士団の半数が続いた。


 マリーナ姫の王族用馬車が、整列している隊列の真ん中付近に差し掛かると、大きな音と振動が響いた。隊列が一糸乱れず右足を打ち鳴らし抜剣し天に掲げ斜め上でピタリと止めたのだ。騎士の最高礼が一行へと捧げられた。ここに並ぶ騎士だけではなく賢王に忠誠を尽くすハーディナル王国の全ての騎士が最高礼を捧げていたのだ。


 王国の危機を救ったマリーナ姫と英雄ジュンが凱旋したこの日の事は後に伝説となり語り継がれてゆく事になる。


 城下町の全ての民が、先触れにより英雄誕生を知らされていた。一行が城下町を通り抜けて王城の主ゲートを潜り終わるまでにとてつもない時間がかかったのは言うまでも無い。花吹雪が舞い、各地の居酒屋での酒が無償提供され、中央広場では踊り子達が朝まで踊り明かす事になる。



 遅くに王城に到着すると、賢王自らマリーナ姫をお迎えにお姿を現せられた。


 私は跪き挨拶を行った。


「お父さま、こちらがお伝えしていたジュン様でいらっしゃいます。」


「おお、ジュンよ立つが良い。うむ、素晴らしい瞳をしておる。其方の事は姫より聞いておる。何度も姫の命を救ってくれた事に心から礼を言おう。」賢王は頭を下げられた。


「今は、遅い。今宵はゆっくりと休むが良い。明日、受勲式前に非公式で会いたい。迎えを送るのでよろしく頼む。」


「はい、畏まりました。」


 賢王とマリーナが去ると、横の扉が開き召使達が私を誘導して湯浴み場所へ連れられていった。そこで来ているものを脱ぐのを手伝いお身体を洗うと言うので、丁寧にお断りしてコンバットスーツを中で洗ってからゆったりと湯に浸かった。


 かなり長時間だったと思うけど、外に出ると召使が待機していて食堂へと連れられてゆき、軽食と出された物はとても豪華で、軽く食べてお腹いっぱとアピールしたら寝所へ連れられていった。


 湯に浸かったせいなのか、それとも気苦労なのか、とても疲れた。ふかふかなベッドに飛び込んだ所で意識が飛んでいた。




 ドアの音で目が覚めた。半覚醒状態は珍しい。半身を起こしてベッドに座っていると召使が入って来て謁見前の湯浴みに引き立てられた。


 ここでも丁寧にお断りして、一人で入浴する。なんでも隅々まで丹念に洗って下さいとの事だ。どこまでだと心の中で突っ込んだ。ま、取り合えず隅々まで洗って湯に浸かる。なんだか訓練生一年目を思い出す。行軍訓練で二週間ぶりに戻った寮。お風呂までたどり着くことが出来ず廊下で遭難していた。結局風呂に浸かれたのは二、三日後だったわね。


 召使様がお呼びになってるので湯から上がった。


 正装との事だったが、自分の正装はこのコンバットスーツだけだとお断りした。マリーナ姫の様なドレスは着れん。マジ勘弁な感じだった。マリーナが居るから大丈夫だろうと・・・思う事にした。


 荘厳な扉の前に案内された。召使がドアをノックする。


「入りなさい。」渋い声が聞こえてきた。


 召使がドアを開けると横にさがったので意を決して中に入る。


「ジュン、おはよう。」マリーナの清々しい声。

「おはようございます。」


「中に入り、そこに座りなさい。」賢王。


 賢王が指し示した長椅子に腰掛けると横にチョコンとマリーナが座って腕を組んで来た。お茶目に笑っている。親しみすぎじゃない・・・賢王様の前だし。と私の心は戸惑う。


「うむ、本当に仲が良いのだな。」

「はい、お父さま。」


「それでは、ジュンよ。一人の親として心よりの礼を述べさせてくれ。幾度も命を救って頂き感謝する。」賢王様は深く頭を下げた。


「・・・いいえ。頭をお上げください。」優しく伝える。


「其方の功績は類を見ぬほど大きな物である。其方に領地をと考えておるが如何かな。」

「お父さま、ジュンはハーディナル王国をよく知りませんわ。ですから領地をお聞きになるにしても困惑してしまいますもの。ねえ、ジュン。」


「領地などと身に余る物であると思いますが。」


「ではこれでどうだ、マリーナの屋敷の側に大きな屋敷を建ててジュンに与える。それは永続的な事よ。またジュンがこの土地に慣れたら領地の場所を決めて貰うと言うのはどうじゃ。マリーナよ。」


「キャァ、お父さま。大好き。ジュン、如何かしら。これでもわたくしは、貴方への報奨、地位、名誉に関しての第一代理人なのよ。」


「あはは、マリーナ様の良しなに。」ちょっと呆れて来た。


「なんで他人行儀なのかしら。お父さま、英雄ならば公の場でもわたくしの事を呼び捨てにして問題ありませんよね。」

「うむ、そうじゃな。英雄という立場は望めば全てが手に入れられると伝承にあるぞ。ジュンよどうじゃ、この国を治めてみるか。」


「はあ、申し訳ありません。この場で切り捨てられてもお断り致します。」


「ハッハッハッハ。良き良き。ワシもジュンが気に入ったわ。今後も我が娘共々、末長く良しなにな。」

「ありがたき幸せ。」


 非公式な謁見は終わった。終始マリーナが上機嫌だったのは良かったが、親と言うのはどのような立場でも同じなのかも知れないな。そう言えば、王妃がいらっしゃらなかったが、ちょっと気になるか。

 この後、受勲式とやらに参加するまでの時間、マリーナが会食するからって言ってたけど、一旦部屋に戻った方がいいのかな。


「ジュン様、こちらへどうぞ。」どこからか爽やかな召使が現れ案内についてゆく事に。しばらく迷路のような城内を歩き広間を抜けて両開きの扉が開かれるとマリーナと侍女達が手招きした。案内してくれた召使にお礼を述べる。


「さ、こちらにお座りください。」エリーが手を差し伸べ私の掌を包んで誘う。


「お疲れの様ですので。」と耳元で囁くと暖かな風が私の周りに注がれて来た。ああ、心地いい。疲れが癒やされてゆくのが分かる。


「ありがとう。エリー。」いいえ、いつでも仰ってください。


「ねえねえ皆んな。まだ秘密だけど、ジュンのお屋敷をわたくしの隣に建てようって計画があるの。」


「うわ。素敵ですね。わたし侍女に志願致します。」

「ルミネ、ずるいっ。ならわたしも志願。」

「あっ私も。」


「皆さん何おっしゃってるんですか。皆さんはマリーナ王女さまの侍女ではありませんか。」


 マリーナも含めてみんなで笑った。この掛け合い、雰囲気とても好きだ。今、一人じゃないって安心する。


「わたくしね、考えがあるの。ジュンのお屋敷とわたくしの所を見えない所で繋いでしまうのよ。だからいつでも行き来できるって素敵だと思わない。そうすれば、侍女もみんなの持ち回りって感じなのだけど。」


「本気ですか、マリーナ王女様。」

「本気よ。」


 みんなが歓声を上げる。いいんだろうか。楽しい会食も終わり一旦自室に戻り受勲式に備える。




 ここは受勲式に繋がる待機の間だ。待機するだけなのに豪華だ。色とりどりなお菓子が並んでいる。このお菓子はマリーナ姫からとの事だが、ここで食べれるのか。私は無理。飲み物類は侍女達からだ。これは美味しい。心が落ち着く。


 呼び出し係が来られて、間も無くなのでと伝えてくれた。


 緊張が張り詰めているのが分かる。あ、ドアの前に係の人が立って頷いた。


 決められた位置に立つ。「ジュン様、お越しでございます。」透き通る様な大きな声だ。重そうな扉がゆっくりと開いてゆく。うわ、ドアの向こうに人の海か。凄く広い場所だ。落ち着いた赤色の幅の広い絨毯が賢王様が座る手前まで続いている。その端1m程度の所で跪くのだ。間違えるなよ私。


『光学迷彩マントを穏やかな赤に』

  〈完了しました、歴史的な瞬間です。おめでとうございます〉

『ありがとうRIRI、この世界で初だね、これからもよろしく』


 私は絨毯の上を胸を張りゆっくりと進んでゆく。少し入った所で絨毯外側の両脇に正装した近衛騎士団が私の歩調に合わせ歩んで行く。騎士団の出現に城内が静まり返る。静けさの中、騎士団の甲冑独特な音だけが響いている。


 絨毯の1m手前で姿勢を正し跪く。


 ザンッと音と足元からの振動がした。両側の騎士団が内側に向き騎士の最高礼がなされた様だ。次に抜剣のシュルンっと言う音がしシュ、ザンと剣を斜め上方に突き上げ胸元から上に剣先を立て、直立させたまま柄先を腰まで下げ直立不動を取る。


 正に剣士が相手を心から認めた時にだけ行われる最高の礼が賢王の面前で行われた。あまりの出来事に誰一人言葉を発することも出来ない。


「見事である。騎士の諸君。最高の名誉を一人の少女に贈った諸君の真の忠誠をここに認める。ここに書面が届いておる。ハーディナル王国全ての騎士の総意として少女に騎士の名誉を贈ると。」

「ここにハーディナル王国賢王ルミナスの名に於いて公に認めるものとする。」騎士達が剣を胸に打ち鳴らす轟音が鳴り響いた。次の瞬間、ザンッと音がして騎士達が去ってゆく。


 騎士達が出て会場が静かになった。


「騎士の名誉を贈られたジュンよ、面を上げよ。」



 賢王は横に控えているマリーナ姫に頷く。


「ここにこの者が成した功績を述べん。


 一つ、魔獣族の待ち伏せからわたくしと侍女、騎士団の命を救う

 一つ、賊集団の待ち伏せからわたくしと侍女、騎士団の命を救う

 一つ、ブラウエル辺境伯領地に於いて敵の陰謀を防ぐ

 一つ、怪竜からわたくしと侍女、騎士団の命を救う

 一つ、怪竜の単独討伐を行う

 一つ、英霊の元に旅立ち、母なる聖母により復活を許された

 一つ、わたくしがさらわれし時、単独で乗り込み敵を殲滅し

   わたくしの命を救う

 一つ、我が国で成されようとしていた陰謀を未然に防ぎ

   王国も民も全ての命を救った


 これら多くの功績が一人の者により成された事を認める。」



「賢王ルミナスの名の下に、全ての功績を真なるものとし心より認めるものである。また、命を救われたマリーナ王女は、先に二つ名、黎明を与えている。この事実は王国として正式に承認された。」


「黎明のジュンよ、その場で立ち楽にしなさい。」

「其方に、賢王ルミナスから英雄の二つ名を送ろう。」


「本日より伯爵の永代的地位、領地、屋敷、全てに関わる一切の費用と主要な使用人、上限を年間合意性とした給金、その他必要な物資を英雄の名の栄誉により与えるものとする。」


「また公に告示する。貴族位は伯爵であるが、英雄は王に次ぐ地位であると心せよ。」


 賢王ルミナス様が案内役に頷く。「これより受勲式を執り行う。」綺麗な声が響き渡る。賢王が私の前まで降りて来た。マリーナが赤い台座を持ち賢王の横に。


「我が王国の最高位勲章であるハーディナルの瞳を与える。」賢王ルミナス様がマリーナの持つ赤い台座から勲章を持ち上げ私の首から下げた。虹色に輝く美しい宝石が輝いていた。


 私は跪き、賢王ルミナスの右手を優しく包み手の甲にキスをした。



「最後に、英雄である黎明のジュンが単独討伐した怪竜はブラウエル辺境伯の元で解体され洗浄された。近く王国に奉納される事になっておる。王国の宝物として登録されるであろう。」

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