終章

ハーディナル王国へ

 辺境伯領を出発してから2時間ほど馬車で揺られている。昨晩は晩餐会が遅くまで続いていたのでみんな寝不足なのかも知れない。マリーナも小さな窓から外を眺め、まるで呆けているみたいだ。


「姫様、そろそろ休憩に致しますのでご用意を。」ロイドが騎乗のまま近づき外を眺めていたマリーナに囁いた。


 街道の脇に広場があるのでそこで休憩となるみたいだ。街道沿いには、所々に広場ができている。場所によっては川が流れ水などを確保できる場所もある程だ。ただ、その様な場所は旅する商人などが休息する事も多くなり、それを目当てに盗賊が周辺に隠れ家を作って隠れている事が多いらしい。便利そうな場所での休息は命に関わる危険な場合もある。


 リングル精鋭騎士団の団長ルヴィックが挨拶に来た。相変わらず真紅の甲冑が似合う。「マリーナ王女様、英雄であられる黎明のジュン様、我々はここでリングル城へ引き返します。この先は盗賊団も多いと聞きます。また、最近では魔獣なども姿を確認されている様です。十分お気をつけて御移動なされますように。王城までの御武運をお祈りしております。」爽やかな笑顔で述べた。


「ありがとうございます。真紅の騎士隊の皆様と御一緒でき、とても良い思い出となりました。戻られましたらブラウエル辺境伯様に御礼をお伝えいただければ嬉しく思います。」マリーナは微笑みと共に伝えた。


「はい、承りました。必ずやブラウエル様にお伝え致しましょう。」


「ルヴィック殿、またお会いできる日を楽しみにしています。」私はルヴィック殿に右手を差し出し握手をした。

「英雄様、近い内に必ず。」跪き私の右手の甲に優しくキスをした。オイオイ、二人目だよと心の中で絶叫していた。頬が赤らむ。




 真紅の騎士隊がリングル城へ向かうのを見送り、私たちは遅めの朝食とした。王都へ戻る目的は、旅を共にしている近衛騎士団にとっても嬉しいようだ。何となく華やいだ感じだ。


 マリーナと馬車で二人になったので、騎士に跪かれて右手の甲にキスされる意味を聞いた。するとマリーナは頬を染めながら、「おじさまのは忠誠からの御武運をという意味だと思うけど。ジュンは可愛い乙女なんだよ。気をつけないと。」ふふっと微笑んで馬車の外に行ってしまう。


「えっ。どういう意味なの。それって。えっ。」マリーナはそれ以降教えてくれなかった。少し意地悪なのかも知れないと思ったけど、まっいいか。


 侍女達が王族用馬車の前にテーブルと椅子を広げ遅い朝食の準備をしていた。


「王女様、ジュン様、こちらへどうぞ。今、お飲み物をお持ちしますね。」ミシェルが微笑みながら伝えてきた。私とマリーナ姫が座ると皆も来てワイワイとテーブルを囲んでの賑やかな朝食となった。私はみんなの妹みたいになってる。隙あらば私の髪をといてくれる。嫌いじゃ無いんだけど。いや、嬉しいんだよね。



 近衛騎士団長ロイドが来て、ここから1日の所に王城から近衛騎士団の補充部隊と城外守備を専門に行っている第三騎士団が王城までの警護として来ているとの事だった。どうやらその二つは野営地を分けているらしい。


「補充部隊の隊員は全て知っている者なので安心なのですが、第三騎士団には十分お気をつけくださる様にお願い致します。」


「ええ、ありがとうロイド。第三騎士団は第四王子と宰相に近いから、今回の件が片付くまでは十分注意いたしましょう。」マリーナが答えた。


「第一騎士団は賢王派だと聞いていたけど、警護だと第一の方が・・・。」

「ジュン様、城外守護は変更できないのです。それに、第一を城外に出兵させると賢王様が心配ですので。」マリーナがそっと囁いた。

「そうなんですね。スッキリしました。」マリーナを見つめて笑う。




 補充部隊と合流し現存隊員との混合編成が整えられた。第三騎士団は王女様へ短い挨拶のみ行い我々本体からは少し離れた場所から警護するらしい。


 現在の場所から王都まではおよそ10日から12日の距離、広大な穀倉地帯の所々に丘陵や丘、岩山などが点在しその間を縫うように街道が通っていて、主要な場所には村があるそうだ。私達一行は資材調達のために少し大きめの二箇所の砦村に寄りながら旅をするらしい。すでに王都から予定の砦村には手配が済んでいるとの事だ。


 道中、近衛騎士団は連携を補完するため訓練を行いながら進んでいる。第三騎士団は遠目に見ながら相変わらず交わろうとはしない。


 1回目の資材調達の寄り道では、街道と砦村への分岐近くの広場で本体は休憩し、調達班が1時間程度で戻ってきた。


 辺境伯の領地を出て5日目の午前中の事だ。第三騎士団が王都からの指示で近隣の村に急行する事になったと伝えて来た。伝令が来た時には第三騎士団の本体の姿はすでに消えていた。


「警護を任命された第三騎士団が、どの様な事情があれ戦列から離れるのは不穏な兆候ではないかと。ここから先は先行防御陣形により先行部隊と本体円形陣形にて慎重に進んでゆきます。不測の事態に対応できるよう姫様の馬車周辺には古参部隊による周辺警護を密にしますのでご安心ください。」ロイドが小休憩の時に伝えに来た。


 マリーナ姫は少し不安な顔をしたが、私を見て頷くと笑顔に戻った。


『RIRI、ファーストを先行部隊上空に索敵態勢で、セカンドをマリーナを中心に防御体制で展開』心の中でRIRIとコンタクトを取る。

  〈ファーストドローンを先行部隊上空索敵に特化、セカンドドローンをマリーナ中心に防御特化で展開〉


 私の視野左下にファーストによる上空からのカラー映像が届いた。生物や動くものにポイントマークが付され距離がカウント表示される。右下の窓はセカンドからの白黒映像でマリーナを中心軸にして距離毎の同心円が表示されている。進行方向の先行部隊上空の映像とリンクしている。


 ロイドから、本日より休憩時間を戦時体制にするためランダムとなる事を伝えに来た。第三騎士団と動いていた時の決められた時間での動きを、完全に違う動きにして動向を探ると言う事だ。一行は街道の横にズレて止め、いつもの昼休憩にはふた時も早いが昼休憩を行う事になった。




 夕刻に近くなり、雄大な穀倉地帯がオレンジ色に染まってゆく様は幻想的であった。優しく流れゆく風も爽やかな香りを運んでいた。


  〈ファースト索敵限界距離に多数の異質を確認。街道の両側10m付近〉


「ロイド殿を。」マリーナに囁く。

「ロイドっ。」馬車の小窓を開け呼びかけると騎乗のままロイドが寄せてくる。


「お待たせしました。何か御用ですか。」ロイドが大きめの声で。

「この先5キロに不穏な動きが。普通では無い様なので注意を。」早口で伝えた。

「はっ。畏まりました。」ロイドはすぐに馬車を離れ騎士団に指示を与える。


「ジュン、問題なの。」マリーナ姫が心配顔だ。

「この先に潜んでるのが居るみたいなの。一応ロイドに注意してもらった方が良いかと思って。マリーナは心配しないで。」私はニッコリと笑顔を向けた。


「ジュンが戦うのね。怪我しないでね。」マリーナは私の掌を両手で包んだ

「大丈夫。」

「マリーナ、私が出た後、みんなに盾の法術をお願いして。」

「はい、ジュン。」


  〈グリー族残党と仮認証。多数のグリー族を確認4キロ先街道両側〉

『周囲の状況確認。特に第三騎士団が近づいたら警報最大』

  〈周囲3キロ以内に異常確認できず。第三騎士団を敵と仮認識完了〉


「それとマリーナ。私が出てからは補充された隊士には警戒して。特に第三騎士団

 ね、彼らは今いないけど。」

「はい、十分気をつけるわ。」


『馬車からでたらステルスモード、フルアーマー、シールド二重』

『中規模戦闘モード』

  〈ステルス、フル、シールド二重了解。中規模戦闘モードでの重火器類は弾頭数に制限があります。〉

『キャノン20発装填。ハンドビームの状況は』

  〈装填完了。ハンドビームライフルは最大連続10発、クールダウン五分〉


「マリーナ、ではちょっと行ってくるね。」

「お気をつけて。」


 私は馬車から飛び降りて疾走した。後ろではマリーナが侍女達に盾の法術発動を命じている声が聞こえた。




『RIRI、ハンドビームの試射を行う』

  〈右手首を構えると、手首の動きに合わせ視野にクロスゲージが表示されます。発動可能事はレッドクロスゲージです。超圧縮空気の密度はこの世界では未経験となります〉


 私は疾走しながら右手首の裏を小さな岩に向け視野内のクロスゲージに合わせ試射した。クロスゲージの標準と弾着が合うように、その都度計算され結果が補正値となり射撃タイミングが自動調整される。


  〈ハンドビームライフル、ビーム補正完了、この世界での超圧縮空気密度によるビームへの影響は最小値となります〉


 視野内ファーストドローンからの映像には、腰布の剣士と杖を持ち魔獣の皮を着た法術者と弓を持った者、図体のデカイ太い棍棒を持った者が乱れて数えきれない程密集していた。街道左の離れた所に5人ほどの黒いローブを纏った者たちが見える。奴らは魔獣族には見えない。ハーディナル王国領地のこんな奥深い場所にどうやって気がつかれずに入ったんだろう。



『セカンドの防御形態をアップ、自立防衛承認。防御対象マリーナ』

  〈承認確認。セカンドを自立機関として承認。活動を活性化します〉

『HVLS、ハイバイブレーション60の100』

  〈バイブレーション動作、通常60%、打撃時最大100%〉


 私は疾走し街道右側の群れに突っ込んだ。今使える重火器類は資源を消費する為、できるだけHVLSを主として戦うつもりだ。先頭からバターを切る程度の反発力で薙ぎ払ってゆく。奴らは何が起こっているか分からない様だ、わめき散らしている。


『黒ローブをポイントアップ』


 視野内の左下に黒ローブを中心に赤い二重丸が五つ表示された。これで奴らを逃す事は無い。街道右側の群れ半分を抵抗なく5分ほどで片付け街道左の黒ローブへ向けて群れを薙ぎ払いながら疾走。


  〈空間波を検知。軌道修正を〉


 私は疾走しながら直線的に向かっていた黒ローブまでの経路をランダムに変更した。サイドステップで飛んだ跡地に轟音が走り光が空から降って来ていた。あれは稲妻か。ランダム疾走に変更したステルスモードの私に当てる事などできない。


 私に近い場所に居た黒ローブを逆袈裟斬りで切り上げ、その反動でジャンプし二人目の黒ローブの後ろから横一文字に胴体を二つに切り裂いた。一拍遅れてジャッとバイブレーションの刃と肉体が戦う音が一瞬聞こえる、ほとんど二つが同時だ。


 目を見開く3人目は私がいると思える場所に稲妻を打ち込んでいた。


 情報を取るために生かしておこうと考えていたがコイツらはヤバイだろう。コイツらの数が減るほど魔獣達の統率が崩れてゆく事から魔獣を使役しているのは明白だし威力の高い法術も使っている。ま、なんとかなるかっと言う結果を出し殲滅する事にした。


 二人が逃走をし始めた。3人目を高く飛び越え後方に逃げようとしている二人の首を連続で薙ぎ払った。ブシュッシュッと音がして首が飛ぶ。振り抜いた力を利用して回転し残る一人の黒ローブへ向かい飛び蹴りを背中に入れる。バキッと音を立てすっ転んだ先にジャンプし上から頭を貫く。ビクッと振動が一瞬手首に伝わって悶絶した。


 街道を振り返ると近衛騎士団の先行部隊が魔獣の群れに突っ込む所だった。法術隊が弓兵などに法術による打撃を与えている様だ。




 魔獣族の待ち伏せは殲滅させた。こちらの被害は擦りむいて打撲を打った数名のみだった。侍女達に綺麗にしてもらった後、周辺の戦闘痕跡を消すのに小一時間かかった。それほど大きな戦闘であった。


  〈第三騎士団が来ます〉


「ロイド殿、第三騎士団が来る様です。警戒した方が良いでしょう。」

「ええ、その通りですね。厳に警戒を全員に伝えます。」


 警戒待機させていたファースドローンからの映像を見ていると、笑顔絶やさずに騎乗して走っている先頭の顔が、こちらに気付いたのか笑顔が消えて後方に指示を出していた。第三騎士団から三頭が向かってくる。ロイドに伝えた。


「戦いがありましたか。」騎乗したまま質問してくる。


「ああ。戦いがあったと思ってるなら何故全軍でこちらに来ない。お前達は警護の任に着いてるんだよな。」ロイドが腹の底から唸るように威圧最大で怒鳴った。


 騎乗したままの3人はロイドの威圧のこもった怒鳴り声に馬から転げ落ち震えている。王国騎士団の中でも近衛騎士団団長ロイドは別格である。どの騎士団にもロイドに敵うものはいなかった。


 転げて震えている一人を足で押さえつけ「お前は第三騎士団の団長だったか、今すぐ裁いて全員殲滅しても良いんだぞ。俺たちに敵うと思ってるのか。あ、そうか。お前達じゃ叶わないから魔獣族に待ち伏せさせたんだな。」ロイドの顔が歪んでいる。


  〈岩陰から法術による波動を検知、ロイドに向けてます〉

『クロスゲージでロック』


 私は振り向き視野内に表示されているクロスゲージ周囲の矢印が真ん中に表示される様に右手を調整して一致した瞬間にハンドビームライフルを放った。


 シュッッバンと鋭い音がして着弾した法術士の上体が消滅した。


 ロイドが驚いてその光景を見た後、私を見て微笑みながら頷いた。




 ここに来ている第三騎士団は補充を受けた近衛騎士団の半分にも満たない。


 ロイドはマリーナ守護の為の人員を除いた近衛騎士団の全員で第三騎士団の元にゆき武装解除した。彼らの編成に法術士は5名居たので法術封印の装具を装着させ無効化させた。


 賢王様の元に緊急伝石で直接王女様から連絡を入れていただいた。その後すぐに王都は厳戒態勢に入った。


「貴様らよく聞け。お前達はマリーナ王女様殺害容疑で武装解除された。甲冑、武器類は没収しこの場で破壊する。これから全員捕縛と隷属の法術が課せられる。王城から第二騎士団と第一騎士団の混成部隊が向かっている。合流するまでの間、貴様らは王都へ向けて昼夜関係なく歩く事になる。その間の生死は問わん。王都に辿り着いた者には再審議に応じる道だけは残しておいてやる。」ロイドは悪鬼の如くの顔で怒鳴った。


 近衛師団法術隊の複数の法術士により大規模な捕縛と隷属の法術を複雑に重ね掛けした。この重ね掛け法術の解除は同じ法術士と賢王直属の法術士の合同解除法術が必要になる。

 落馬して震えている3人は悪行の中心として深層隷属の法術を課せられた。これは直後から記憶が封印され自我を失う。然る場所に着いた後、厳しい尋問がこの3人には行われるだろう。敵の黒幕がこの尋問にかけられる前に殺害するか奪還するかの行動を起こす可能性もある。しかしそれも宰相が拘束されれば大丈夫だろう。



 マリーナ姫の転生する前の記憶が大いに役立った。


 ロイドからの報告の伝石で、王女様一行が王都に戻る前に残留組の近衛騎士団の全てで宰相を取り押さえ隷属装具を装着させた後、更迭。それと同時に賢王様の周囲を厳戒態勢下に置き近衛騎士団にて警護。第一騎士団で王城入口を閉鎖。王妃様と幼い第二、第三王女様を確保し賢王様の奥の間で警護。第二騎士団の王妃様寄りの部隊を城下町に投下し民の安全を確保。


 賢王様は勅令を発布し各砦の厳戒態勢発令と辺境伯の軍隊を南砦へ派遣し第四王子の捕縛を命じた。捕縛後は王城へ向かうよう指示を出された。

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