ジュンの秘密

 マリーナは賊に盗られた私物を机の上に見つける事ができた。その中にはペンダントが入っており開けると伝石が起動した。直ぐに対の伝石を持っている近衛騎士団長ロイドに繋がる。


 大きな伝石は一つ対多数を繋げる事ができるので、主に本部から隊員などの個々との連絡を取り合うために使われている。マリーナの持つ伝石は互いに小さな物で二つで一つの対を成すものである。また、王族に伝わる秘伝により造られた伝石には、主なる伝石から対なる伝石の方角を示す機能が付加されている。秘伝による伝石は使用者が法術により刻まれている。




「ロイド達が来るまで、まだ暫く時間かかりそうだから私の話しだよね。」

「はい。」マリーナが嬉しそうに返事する。


「マリーナは生まれ変わって過去に戻った。つまり転生したって事になるんだけど。私は、違う世界からこの世界に飛ばされて来たの。つまり転移って事になるわ。私の世界では召喚ってのもあったけどね。」


「わたくしが転生でジュンが転移。昔、召喚というのも聞いたことあるわ」

「え、この世界に召喚があるの。」


「もう凄く古い時代の話しだったと思うわ。・・・確か、ある国での伝承の中に、その国が存亡の危機に瀕した時に生娘の巫女に神託が降りて、力ある者を呼び寄せる為の召喚術が与えられるって言うお話しだったかしら。」


「ほう、私の世界でのお伽話にあったお話にそっくりだわ。力ある者・・・つまりは勇者ってことなのかしら。でも、召喚なんて言葉を聞くとワクワクしちゃうな。それだったら私は転移ではなくて召喚でこっちに来ちゃったっていうのがいいな。それならなんか面白そうなんだけど。ふふ。」


「でも、召喚術でジュンがこの世界に呼び出されたんだとしたら、術者の前に強制的に呼ばれるんだと思うのだけど。」

「そうゆうものなのね。私が目覚めたのは巨大な大木の下だったもの。」


「え、巨大な大木って、どんなのだったの。」マリーナの目が丸くなる。

「豪華な邸宅が入るくらいの大きさ・・・かな。」


「もしかしたら、原初の樹なのかも。」

「え、原初の樹って。」


「うん、この世界が形造られる以前から存在していて、全てを理解している樹って語られてるわ。目の届かない幹の上の方に、知識の泉が溢れてるって確か伝えられていたと思うけど。」


「そうなんだ。知識の泉って面白そうだわ。」


「魔の森の奥深くに存在していて、凶悪な魔獣が守護しているので何人なんびとも近寄る事も見る事もできないって伝えられていたわ。」




「さっきの続きだけど、大きな大木つまりマリーナのお話しだと原初の樹の懐で目覚めたって事になるのかな。最初は記憶が曖昧で、どうしたんだろうって事しか考えられなくって、とにかく生きなきゃって。身体もボロボロで動ける範囲で懸命に・・・。と言うより、生きる事しか考えられなかったんだろうなあ。」


「そして、少しずつ動ける様になって。生き延びる為の拠点を作って周囲を探索して、最初の拠点は目覚めた場所、少し後に高い所にあった窪みに。飲み水を探していて発見できたのが最初の拠点からかなり離れた所だったの。それで体力の限界もあるし、近くに見つけた小さな洞窟を二番目の拠点にしたのよ。」


「はあ、大変だったのね。まさに冒険って感じだわ。」


「そこから色々と周囲を探索していたら、マリーナ達が襲われている所に出くわしてしまったの。」


「初めて見つけた人達って感じで、最初はどっちを助けるべきなのかって少しだけ迷ったんだけど、腰布の方はちょっと受け入れられなかったから。」


「ジュンが向こうに味方しなくて良かった。」マリーナが笑った。

「この世界に来る前はどんな所にいたの。」


「前の世界では特殊な仕事。そうね、人々を助ける仕事をしていたの。だから多少は戦ったりする事が得意なのかなって思うわ。」


「えええ、ただ得意ってものでもないと思うんだけど。とっても強いもの。」

「ありがとう。」


「マリーナに使ったマイクロ修復ユニットって言う物もその世界の物なの。そのユニットを長持ちさせる薄くて丸いのとかクッキーみたいなのとか。私の世界でも、全てに行き渡る程は無いんだけどね。」


「そうなんだ。致命的な傷も治して元気にするんだもの。ジュンの世界では皆んな健康なんだと思った。」


「そうだと良いんだけどね。マリーナの世界でも陰謀とか戦争とかある様に私の世界も結構多いんだ。そういう事もあって、そんな雑事に対処するための人助け集団に属してるんだ。」



 私は、ハッキリとした内容を伝えようとはしなかった。自分の居た世界に帰れるかも分からない状態で向こうの知識を伝える事に躊躇いがあったからだ。


 自分のパーツの殆どが、この世界での人間とは違う物である事を痛感している。自分に何かあった時、体内のリアクターが暴走し最悪この世界を滅ぼしてしまうかも知れない。メンテナンスが出来ずに過ごす未来は、私にとって最悪のシナリオしか見えなかった。


 マリーナとの出会いは私の心に優しさと共に淋しさをも植え付けていた。まるで自分が唯の人であった時の様に。




  〈1キロ先に迫る集団あり〉

 視野の右下にあるセカンドドローンからの映像を確認すると懐かしいロイド達の旗が見えた。


「姫様聞こえますか。」ロイドからの伝石による通信が入った。

「はい、聞こえてます。」

「まもなくそちらへ参ります。」

「はい、待っております。」マリーナが私に微笑む。


「ジュン、また次の機会にお話ししてくださいね。」

「もちろん。」



 暫くすると蹄の音が響いて来た。

 大勢が一斉に馬から降りる音がした。いななきも聞こえてる。


「な、なんだ。全員抜剣。」驚いたロイドの声

 大勢がざわめきながら小屋の周囲に手分けして移動しているのが分かった。


 小屋の扉が開かれる。

「うわ。」入ってきた騎士が後ずさる。

「これは・・・。」


 小屋の周囲は、敵の骸で血の海だった。足を取られない様に奥へ進み状態を確認してゆく。騎士達の顔が青ざめている。


 小屋の中に入ったロイドと数人の騎士は唖然として固まっている。


「外はちょっとグロテスクな遺体が多いので、マリーナはここで待っててね。」

「はい。」


 私は部屋の扉を開けて素早く出た。


「ロイド殿、お久しぶりです。」

「・・・おお、ジュン様。お会いできて、こんなに嬉しい事はありません。」私の真っ赤に染まった姿にしばし言葉を失う。


「ところで、この惨状は。」


 私はゆっくり血を避けながら進み、倒れている血まみれの女の額から深くめり込んでいるダガーを足を掛けて引き抜いた。その姿を見ていた騎士の喉仏が上下に動いて呻いた。


「この女がマリーナを傷つけたんです。」私が骸を睨みながら呟いた。

「えっ。お怪我をされてたんですか。」


 後ろから口元を押さえながらマリーナの侍女達がやって来る。


「ジュン様、お怪我はありませんか。」

「王女様は、大丈夫ですか。」


「ええ、ご心配をおかけして申し訳ないです。姫様はそちらの部屋で休んでおられますので洗浄をお願いできれば。」

「はい。」四人でハモるとバタバタとマリーナが居る部屋に入ってゆく。


「団長、周囲の探索は終わりました。この部屋に倒れている者を含めて総勢18名です。一部損壊が激しいためだいたいの数になりますが、ほぼその人数だと。」青白い顔で近衛騎士団長ロイドに報告した。


「この数を、お一人で。全身血だらけですがお怪我はありませんか。」ロイドは心配して聞いてくる。その時、マリーナと侍女達が入っている部屋のドアが少し開いて、「ジュン様、此方に。」


「すみません。ロイド殿。ちょっと行ってきます。」

「お待ちしております。」


 部屋に入って行くと洗浄してもらったのかマリーナの全身から血糊が取れて綺麗になっていた。頬が少し赤い。


「ジュン様、此方に。では、綺麗にしますね。」


 いつもの様にキニュが水の法術で弾力ある水球を私の体にまとわせて全体を包み洗浄して行く。その後にミシェルが爽やかに神聖法術の浄化をしてくれた。血が乾いていたのもあり、いつもよりは時間がかかったが嫌な臭いも消え全身綺麗になった。


「ありがとう。とてもサッパリしたわ。皆んな感謝。」

「ジュン様もご無事で安心しました。」ミシェルが微笑んだ。


「ミシェル殿、よろしかったらお出でくださらんか。」ロイドがすまなそうに扉越しに声をかけて来た。

「ただいま参ります。」ミシェルが向かう。


「すまぬ、ミシェル殿。外がこの様な有様なので魔物が寄り付く前に浄化して貰えると助かる。」


「はい、少しお待ちください。キニュ、終わったら来てください。」扉に向けてキニュを呼んだ。

「お姉様、参りました。」キニュが側に来てペコンと頭を下げる。

「焚き火の跡が見えますか。」

「はい。」

「では、あの辺りに18名分の穴をお願いします。」ニコッと微笑む


 キニュはコクンと頷くと一歩前に出て手を翳した。すると見る間に四角く深い穴が開いて行く。部屋からルミネがやって来てミシェルに頷くと、意識を集中して念じた。すると周囲に散らばっている骸や残骸、血などが瞬間的にキニュの開けた穴に吸い込まれていった。


 それを見守っていたミシェルが手を翳し、周囲全体に神聖法術の広域浄化をかけて綺麗にした。あっという間に周囲の壮絶な戦いの後は痕跡残さず消された。


「ロイド殿、お待たせしました。」

「おお、綺麗さっぱりとされましたな。うん、此方の方が断然よろしい。」私を上から下まで見回し輝くような笑顔で言った。


 周囲の確認をして、ミシェルが王女様を迎えにいった。颯爽とそして元気に私の横にマリーナ姫がやって来られた。


「ああ、お姫様、どこも怪我をされてませぬか。」

「ありがとう。大丈夫、お城にいた頃より元気なのよ。」


「あの、刺されたとお聞きしましたが。」

「ジュンが治してくれたの。もう傷跡もないわ。」

「そうでしたか。それは安心ですな。」




「少し内密な話しもあるので人払いして話しませんか。」私はロイドに話した。マリーナは不安気な感じで頷く。


 ロイドが騎士達と侍女達に話し、暫くの間、此方の部屋で打ち合わせを行うと伝えた。すると侍女達が王女様とジュン様にお食事をお持ちしたいとの事だった。


 部屋の中で、浄化してもらったテーブルと椅子を並べ3人が向かい合って座った。暫くするとミシェルが王女様と私の二人分のサンドイッチを運んでくれたので、礼を述べてロイドを見ると、自分は大丈夫ですのでお召し上がりくださいとの事であった。


 打ち合わせの前にと、マリーナと二人で舌鼓を打ちながら美味しく頂いた。


「それでは、お待たせしました。ロイド殿。」ジュンはロイドに頷く。

「ゴホン。」ロイドは軽く咳払いする。


「お姫様がさらわれた事実に関してですが。辺境伯様の城内に間者がいると分かりました。」


「あ、その事でご報告が。」ロイドが述べる。


「騎士団が城から出ると賊に伝わると賊からの警告を受け、城内の人員を徹底的に洗いましたら、怪しい者を見つけました。一人の召使が一月程前に新たに入っており、それ以外は一年以上出入りした者は居ないという事が判明。そしてその召使の行動が怪しいと何人かの古株が申しておった所で本人を呼び調べた所、王女様の事件に関与したと認めました。」


「簡単に話したのですか、その召使は。」賊のやり口から簡単過ぎる気がしたのでジュンは敢えて聞いてみた。


「いやいや、此度の様な度し難い行いにはそれ相応のやり方で臨んでおります。」


「癒しの法術士を呼んで、指や手などを落としては治療するを繰り返して精神を壊すの。それが極悪人に対しての聴取の仕方。」そっとマリーナが私に囁く。

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