第七章

マリーナの秘密

 どれだけ時間が経ったんだろう。

 頬に優しく触れる手の感触に我にかえった。


 私は戦いの後、マリーナの腕の傷に唇を密着させながら横の部屋に運んでいた。当初マリーナが入れられていた場所である。予想外に疲労感が現れていたので安全を第一に考えての事だった。セカンドドローンは低電圧モードで上空監視を続行させている。


  〈マリーナへのマイクロ修復ユニットの譲渡が予想以上の量になり、ジュンの活動に影響を及ぼす恐れがあった為、疲労警報を発令。数分後、周囲の不安要素が低くなり安全と判断し休息モードにて全身を休ませました〉


『ありがとう、RIRI。疲れが取れた様だわ。隣の部屋に移動して良かった』


「マリーナ、起きてたのね。」頬に添えられた手に触れ優しく声を掛ける。

「ずっとわたくしの傷口をお口で塞いでくれてたの。」

「ジュンのお顔がわたくしの血で真っ赤よ。」泣き腫らした目をしている怖かったんだろう。




「ああ、マリーナ良かった。随分回復したみたいね。この血はマリーナのだけでは無いんだけど。身体の調子はどう。」

「わたくしよりも、貴方が心配だわ。ゆすっても起きないんだもの。それに、不思議なのよ。死ぬと思ったのに・・・。今は調子がいいわ。身体がとても軽いの。」


「ごめんね、マリーナ。怒りが大きくなって注意が散漫になったの。マリーナを傷つけさせるなんて、本当にごめん。」

「何言ってるのよ。貴方は再びわたくしの命を助けてくださったのよ。まるで貴方はわたくしの守護天使みたい。それに傷口が塞がってるのよビックリだわ。」


 マリーナは私の瞳をジッと覗き込み、優しく抱き寄せてギュッとした。「貴方とまた会えて良かった。」


「マリーナ。話さなければならない事が。」

「わたくしも、貴方に聞いてもらいたいお話しがあるの。」


「先にわたくしの話しを聞いてくださらない。」


「体調はどうなの。」

「大丈夫よ。本当にお城に居た時よりも元気になった感じなのよ。」


 私は微笑み、頷いてマリーナの話しを促した。体内に入ったマイクロ修復ユニットがマリーナの身体に蓄積された毒を中和した効果が出ていた。




「・・・ある王国でのお話しなの。そこには3人の王女と弟が1人いたの。末の子が第四王子。幼い頃は皆んなとても仲良くて、領地の人たちからも仲良し兄弟って呼ばれてた位なのよ。お城の中もその国の人達も笑顔が絶えないとても居心地の良い所だったわ。」


「でも、いつの頃からか王様の具合が悪くなって、法術士や治癒師でも誰も治すことが出来なくて日々衰えていったの。」マリーナのがつらそうだ。


「王様が動けなくなった後に、継承権を持つ者達が若いからと言って宰相が王様の代わりに政を行う様になったの。そして暫くすると、いつからか財政が厳しいからと騎士団を半分の人数にしたり外敵から領地を守るための砦の修復も、敵は居ないからと言って行われ無くなったわ。」


「そして、ついに王様が召されたの。」

「その後を追う様に王妃様が召されたわ。」大粒の涙をこぼした。


「その翌日だったと思うけど、第四王子が宰相の庇護の下、王位に着いたわ。」

「王様や王妃様が召されたら、最低でもひと月は喪に付さなければならないのに。宰相は敬う態度も示さなかった。」


「およそ一月後だったと思う。他国が侵略して来たの。民達が殺され農地は焼かれ、女子供は陵辱され殺された。」涙が止めどなく流れ、嗚咽がもれる。


「そして王国は破滅したの。」


「残されたその国の血筋は皆殺しに。」

「わたくしが死ぬ間際、宰相は醜い顔で言ったわ。第四王子が宰相に唆されて王様にずっと長い間、毒を盛っていたって。そして王様亡き後、王妃様まで毒殺したって。」泣き崩れる。


 私は優しく抱き上げギュッと包んであげた。


「今の話しは、マリーナに起こった事なんだよね。」

「うっぐ、ヒックっ。信じられないでしょ。」

「側に居るから。もう、怖くないから。落ち着いて。」優しく宥める。


 マリーナはしばらくの間、嗚咽が止まらなかった。私の胸の中で泣き崩れ、背に回したマリーナの腕が力強く私を掴んで離さなかった。



「ハーディナル王国の初代王妃が、とても高位なデビルハンターだったの。魔獣を討伐する専門の戦士達の事をそう呼んでたんだけど。」泣き腫らした目で囁いた。


「初代王妃が全盛期の頃、ドラゴン討伐で死闘を繰り広げ長い戦いの末に討伐に成功したの。そのドラゴンは古代龍で死を目前にして王妃に何かを伝えようとしてた。それに気づいた王妃が優しく微笑み、剣を仕舞ったの。すると龍が光に包まれて、王妃の頭の中で龍が話し始めたの。」



「その時の龍言の一つ目が。」


「我が願いを聞け、強者よ。我は其方に龍だけが司る古代の法術を授けよう。その法術は其方の神聖なる血筋に隔世し現れるであろう。真実は現れた身体に刻まれ、死すれば一度のみ過去に戻され新たなる命を歩む事が許されよう。」



「古代龍の話しは代々王族だけに受け継がれて来たわ。賜った古代法術は、隔世して純粋な王族の血に受け継がれ、その者には身体の何処かに印が現れるの。」


「マリーナに現れたのね。」

「うん。それが次元って名の法術で、受け継いだ者は一度だけ死を免れて過去に戻されるのよ。龍言の通りだったわ。」



「転生・・・か。」



「わたくしは10歳の時に過去の全てを思い出したわ。」

「この世に生まれ変わったの。」


「思い出した時、悔しくて悔しくて暫くは眠れなかったのよ。」

「生まれ変わった国が過去に経験した所だなんて。」

「この国の未来に起こる・・・。自分の命があと何日って・・・。」

「誰も信じられなくて。いつもひとりぼっちだったの。」


「こんなわたくしを、嫌いにならないで。」

「なぜ、嫌いになるの。意味わからないんだけど。」


「えっ。だってこんな秘密。わたくし近い将来死ぬのよ。国も滅びるのよ。」


「生まれ変わった今がその世界だってわけでは無いでしょ。それに、もしかしたら2度目の挑戦ができるかもしれないなんて素敵じゃない。」


「2度目の挑戦。」


「そうだよ。一度滅びの道を歩んだんだから。回避できるようにして生きればいいよ。その為の龍の力だと思うから。」


「うん・・・ありがとう。気持ちが少し楽になった。」

「良かった。私は側に居るからね頼って良いから。」

「うん、とても心強い。」


「それからね。龍との約束なんだけど。続きがあるの。」

「うん。」



「龍言の二つ目が。」


「新たなる命を与えられた刻まれし者は、我が願いを叶えよ。知恵と力の源である宝玉を古なる祠の最奥から持ち帰るのだ。」



「わたくしは、古代龍の残した宝玉を探さなければならない。」


「龍の宝玉。」


「うん、古なる祠を探し出して、その最奥にある宝玉を手に入れると、古代龍からの真の贈り物である知恵と力が覚醒するって言う伝承なの。」


「一緒に探してくれる・・・。」

「もちろん、いいわ。一緒に探して手に入れましょう。でも、その前にハーディナル王国の将来にのし掛かっている不安を取り除かないと。マリーナが伸び伸び生活できる様に。」


「マリーナを攫った奴らは、隣国に売り渡すつもりだったみたい。前世と違いが出ているかも知れないけど貴族も絡んでいる様だし、最初はブラウエル辺境伯の所を綺麗にして。」


「ありがとう。とても嬉しい。」マリーナはジュンの胸で泣いた。




「マリーナ、お腹すかない。」

「・・・少し。」


 私は背後から飲料水携行パックを取り出しマリーナに渡した。


「・・・。これは何。」

「同じ様にして。」


 目の前でキャップ上部のwaterと書かれた部分を押すと周囲の大気から水分を集めて飲料可能とする特務エージェント用サバイバルキットの一つだ。


「キャ。膨らんだわ。何これお水なの。」

「飲めるわよ。それとこれ。」


 行動糧食のパックを二つ取り出し、その一つをマリーナに渡す。


「良い匂い。クッキーみたいなのが2本と丸くて薄いのが3枚入ってるわ。」

「それは、高カロリー食って言って今のような状態の時に食べる非常食なの。それから薄いものの効果は後で説明するから。取り敢えず食べよう。」


 私がキャップを開けて一度うがいをしてから美味しそうに飲んだらマリーナも同じように真似をして飲んだ。


「美味しいわ。このお水。」


 行動糧食からクッキーを取り出しゆっくりと味わう。マリーナも真似をしてゆっくりと食べ始めた。


「このクッキーも美味しいわ。でも、不思議な物を持ってるのね。」



「私の話しをする前に、マリーナの今の状況を説明しないとならないわ。」

「え、私の状況って。」キョトンとこちらを見てる。


「傷口に口をつけてたのには訳があったの。あ、食べながらで良いからリラックスして聞いて。」

「うん。」


「マリーナは命が消える寸前だったんだ。私はどうしてもマリーナに生きてて欲しかったから特別な処置をしたの。」


「生きてて欲しかったのね。嬉しいわ。・・・ジュンが死んだと思ったから、わたくし、ジュンの気持ちを確かめもせずに聖なる魂の絆を結んでしまったの。だから、わたくしの命はジュンのものなの。」潤んだ瞳で見つめるマリーナ。


「聖なる魂の絆の事は、ミシェルから聞いたわ。私で良かったのかなって考えたけど私はとても嬉しかった。今では心の中でマリーナを感じる事ができるし。」

「良かった。その事が気になってて。」


「うん。それでね。傷口からマリーナの血液にマイクロ修復ユニットって物を沢山送り込んだの。それは、傷や悪い所を治してくれる便利屋さん達なんだよ。」


「さっきの薄くて丸いのは、その便利屋さん達を助ける物なんだ。身体に馴染む間は食べた方がいいからね。」


「え、傷や悪い所を治しちゃうの。それって身体の中に治癒士が居るみたいな事なのね。」自分の身体を触りながらこちらを見た。


「マリーナの腕の傷は、腕の中の大切な太い血管を切断してしまってたの。その血管が傷ついたり切れたりすると・・・。」

「血が止まらないのね。」

「うん、そうなんだよ。なので急いで直すための処置だったんだ。」


「ただし、この方法はもう使えないんだ。私の生涯一回限り。」


 使用する資材が限られている為、これ以上他の者に使う事はできない。必要資材を確保するまで何年掛かるのか現状の有限資材が増加させられなければ、私が長生きする事は出来ないだろう。この世界では。


「生涯一度をわたくしのために。」

「気にしないで。私が勝手に選択した事だから。」




「あっ。机の上にわたくしのペンダントが。ちょっと待ってて。」マリーナはそっと立ち上がり、机の上にあったマリーナの私物を取りに行った。ここに連れられてきた時に取られた物らしい。


「見て。」マリーナが戻り私に寄りかかると手にしたペンダントを開ける。

「これって小さいけど伝石・・・。」


「うん、ロイドの身につけている伝石に繋がるの。」


「凄い、連絡が取れるのね。御者も居ないからどうやって帰ろうかと心配してたとこだよ。良かった。」

「やってみるね。」マリーナは開かれたペンダントを耳に付けて意志を集中して話し始めた。


「ロイド、聞こえるかしら。マリーナよ。ロイド聞こえる。」

「姫さまあ・・・・姫様ですか。大丈夫ですか。お怪我してませんか。」


「ジュンが助けてくれたの。」

「ああ良かった。ジュン様が向かわれたので・・・そうですか。良かった。」


「それでね。賊のアジトに居るんだけど御者も居なくてどうやって帰ろうかと思ってた時に盗られたペンダントを見つける事ができて。」


「直ぐにお迎えに参ります。大体の方角が分かりましたので、近くまで行きましたらこちらからご連絡致しますので、近くに伝石をお置きになりお待ちください。」


「ありがとう、ロイド。とても助かります。」

「いいえ、当然でございますので。それでは。」

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