救出

 空が明るくなりつつある。もう直ぐ夜明けだ。


 マリーナ姫が小屋に連れ込まれて小一時間が経とうとしていた。小屋の中に入って行ったのはマリーナに首紐をつけて引き回した大柄な男とマリーナに剣の切先を向けた剣士、後からやって来た豪華な馬車の小太りな男とやり手風な小柄な者。確認しているのはマリーナを含めてその5人。


 小屋の裏手にある二つの小屋には、城下町から逃げる時に爆弾を投げ多数の被害を出したアサシン風の者と御者がそれぞれの馬車一名ずつの2名、計3名。


 それと豪華な馬車と一緒に来た騎兵風の10人が裏手の小屋周辺で焚火を灯し寛いでいる。もちろん、それぞれの小屋の中に確認前に何人いたのかは分からない。



 監視の為に上空にセカンドドローンを出しているので俯瞰図でそれらの動きは把握しているが、聴力強化でもこの位置からでは中の話し声は聞こえない。


 黒塗りの馬車、豪華な馬車。騎兵風な者達。


 黒塗りが実行犯で豪華なのが10人もの護衛を連れているので黒幕と考えて良いだろう、と結論を出す。


 マリーナの状態が確認できず多少の不安はある。ただ、心の中にあるマリーナの香りは疲れ怯えてはいるがシンはしっかりしていると伝えてくる。




 アサシン戦闘モードと迷彩を発動しているジュンは遠回りして裏の二つの小屋の左側に張り付いた。護衛達からは遠い方だ。護衛達の声が聞こえてくるが酒を飲んでるようだ。本当に護衛なのか。


 張り付いた小屋の中は静かだ。しばらく中を窺っているとイビキが聞こえてくる。あのアサシン風な者が寝てるのかと不思議に感じた。奴らにしたら一仕事終わったっていう感じなのかもしれない。


 張り付いた小屋の裏窓が開いている。セカンドドローンからの拡大表示で裏窓の右に寝ているのを赤外線サーマルビュアーで確認。


『小屋の中に異常箇所は』

  〈確認できません〉


 光学迷彩システムは80%まで出力を上げている。ノイズキャンセリング機能で音も匂いの波動も全て逆相反転して消してしまうが、今は周囲1mまでが限界だ。だがその範囲内であれば無音無臭で動けるはずだ。


 ジュンは窓枠に手を掛けて侵入。寝ている者の頭部側面に音もなく着地しアサシンダガーを抜く。寝ているのは予想通り多数の被害を生み出したアサシン風な者だ。


 目から斜め上に角度をつけ脳幹めがけて一気にアサシンダガーを入れる。ビクッとした振動が手から伝わって来たが一瞬の事だ。出血は少なく音もなく綺麗な仕事だ。掛けられている毛布の裏側でアサシンダガーを綺麗に拭い仕舞うと顔を横に向け毛布を引き上げ傷を隠した。


 窓枠から外に音も無く出て、隣の小屋へ張り付く。


 護衛の何人かは寝たようだ、話し声の中にイビキが混じっている。張り付いた小屋からは二人の声が楽しげに聞こえてくる。サイコロ賭博をしているみたいだ。セカンドからの赤外線サーマルビュアーで位置を特定すると二人の位置からは窓が真横だ。半開きの窓に手を掛けゆっくりと開いてゆく。


 窓枠から一気に二人の真横1m半位の所に音も無く立つ。


 二人の仕草から、全く気づいていないのを確認すると素早く小屋の中を見まわしドアからの動線を確認する。二人共サイコロの動きに気を取られながら下を向いて喋っている。


 右手をゆっくりと右上肩口に上げ、背中からHVLSヘブルス(ハイ・バイブレーション・ロングソード)を抜き左手を添え、右の御者の首を上から真っ向切りに振り下ろし、返すHVLSで左御者の首を下から切り上げる。


 ブシュッ、ブシュッっと鈍い音がした後、重いものが二つ転がる。


 ジュンは返り血の一部を受け半身が血に染まるも意に返さずHVLSを振り血を落とした。その間もドアを見つめている。外の音に注意を向けるが特段の変化は無い。音を聞きつけて何人かは入り込んで来ると考えていたが、杞憂だったようだ。


 セカンドからの俯瞰図では、今いる小屋の側面方向、少し離れた位置に二人いる。背後の窓枠を音も無く飛び越えゆっくりと俯瞰図に注意を払いながら二人に近づく。


 俯瞰図で外にいる残党8人の動向を確認し、小屋と反対方向に向いて並んでいる二人の首を横薙ぎに一気に切断した。


 ブシュッシュッと鈍い音と共に血が飛び跳ね、ドササッと二つが転がる。


 ジュンは小屋の側面にバックステップで張り付く。異音に気づいた二人がやって来るのを俯瞰図で見て他の6人の位置を素早く確認し、目の前を通って倒れている二人の方へ足を踏み出した二人の護衛を一文字にHVLSを振り抜き護衛の胴を切り離す。


 バシュッと鈍い音がした瞬間、ジュンは音も無く残党がたむろしている焚火の方へ走る。残党6人はやっと重い腰を上げ、「どうした。」と声を出しながら各々武器を構えながら立ち上がり音のした方へ向かい始めた。


 ジュンは走り抜けざま、6人の胴を落として行く。


 そのままマリーナが居る小屋の背後に張り付く。背後からドシャッという重い音が響いて来た。セカンドドローンが、張り付いた小屋の上空へ移動し中の様子を赤外線サーマルビュアーで送って来る。


 ジュンの位置から右奥の部屋に横たわった人影、多分マリーナだろう。その手前、ジュンの前に位置する部屋の真ん中に二人とその背後に一人ずつの四人が居る。


「一人増えてる・・・。」マリーナから見て前面道路側に人影があった。マリーナに近すぎるなと思った。


 先程の音に気づいたのか、小柄な体型と剣らしい物を持った二人がドアに向かった。真ん中にいた二人は立ち上がりもう一人を呼び寄せたらしく一旦二人に近づいてからマリーナの方へ移動している。


 ドアから出た二人は剣を握っている者を先頭にして小屋の横を移動しジュンの佇んでいる近くに向かって来た。


『脚力と腕力を最大』

  〈最大にしました〉


 HVLSを両手で中心に構える。角を曲がって二人が折り重なった瞬間、一気に二人を串刺しに貫き左上へ振り上げる。


「グエッ。」と音を発した後、その場で頽れた。


『迷彩解除、モード変更、戦闘モード』


 背後に飛び退り小屋の背面の壁をHVLSで四角く抜き壊す。




「なんだ外から変な音が聞こえなかったか。」大柄な男が剣士に言った。


「ちょっと見てきます。」剣を持っている男が答えた。

「あ、あたいも行くよ。」小柄な女は小太りの男に頷くと言った。


 二人がドアから出て行くと、「大丈夫なんだろうな。」と横柄に小太りの男が言った。「大丈夫だ。ここの場所は割れてねえし。城に入り込んでるネズミからも戻った騎士団は悔しそうにしているとの報告を受けてる。全く女一人に大層な事だよ。」


「おい。」

「へい、お呼びですか。親方。」

「ああ、あの女についてろ。何かあったら切り刻んでやる。ぶっはっはは。」


「おい、なんだよ切り刻むって。もう商品はこっちのもんだろ。」

「まだ、金もらってねえだろ。」

「・・・。先に手付渡したろうが。」


「手付だろ。」

「何言ってんだ、成功報酬は後だと言ったろ。お前も納得したはずだぞ。」

「ここまで話が大きくなるとな。成功報酬の額も上がるんでさ。」嬉しそうに笑っている親方と呼ばれた大柄な男。


「ゆ、許さんぞ。すぐに女を渡せ。」

「金が先だと言ったら。」


「キサマ、分かっておらんのだ。女は隣国へ渡さねばならん。渡してからこっちも金が入るんだ。成功報酬はその後だ。」


「なら簡単じゃねえか。俺たちが直接女を届ければ大金が入るって寸法だろ。」

「な、裏切るのかキサマ。」


「おいおい、裏切るとかそんな付き合いじゃねえよな。テメエはしがないエセ貴族だろうが。今までも散々値切ってたろ。そんな奴に裏切るとか言われたくねぇよ。」

「き、キサマ。」


「あ。命がいらねえならいいけどよ。テメエら皆殺しにしても良いんだぜ。兵隊も居ねえ貴族なんざ怖くもねえよ。」


「何言ってる。兵隊ぐらいいくらでもいるわ。」

「傭兵だろうが。それも安い奴らだろ。エセ貴族のテメエが大金がかかる凄腕を雇えるはずねえだろ。」


「・・・ググ。」


「ま、もらった前金はお前の命代にしといてやるよ。その代わり、その隣国とやらに引き合わせてくれや。」

「知らん。」


「あ。舐めんなよ。お前んとこ焼き討ちにして良さそうな召使共を犯した後、お前を切り刻むなんざ、簡単な事なんだよ。お前が大事にしている、あの女も手篭めにしてやるぞ。」


「な、何を・・・。」


「知らないとでも思ったのか。貴族なんざ汚ねえ奴ばかりだろ。付き合う前に全て調べてあんだよ。お前の前で手篭めにするなんざ、ウヘヘ。」


「・・・。分かった。あの子には手出ししないでくれ。」

「ハッハハッハハ。」



 ザシュシュ、ザシュッ。ザン、ザシュ。壁が一気に崩壊し崩れた。



 崩れた壁から半身を真っ赤に血で染めた少女が入ってきた。


「キサマ何者だ。」親方と呼ばれた大柄な男が叫んだ。


 ジュンは気にせず、ワンステップで小太りの男を逆袈裟斬りで切り裂く。血飛沫が周辺とジュンを赤く染め上げる。


「ま、待て。おい、おいい。」奥に向けて叫ぶとマリーナの首縄を締め付けながら女が出て来た。短刀を首筋に突きつけている。


「ウツハッハハ。どうだ、何もんか知らねえが。この姫様がズタズタになってもいいのかよ。え。ウツハッハ。」




 ジュンを認めたマリーナは低く叫ぶ。ジュンの全身が血で染め上げられていたからだ。そして、ジッとジュンを見つめジュンの瞳を見たマリーナは小さく頷いた。


 マリーナは、瞳に暖かいものが込み上げ、次第に満たされてゆくのを感じていた。


「ほれ、武器を捨ててこっちに来いや。よく見りゃ可愛いじゃねえか。奥の部屋でちょっと良いことしようじゃねえか。え、来ねえと姫様ズタズタだぜ。」


 ジュンの瞳が鋭く光る。


『最大』


 ジュンは、ゆっくりとHVLSを右の片側に回し背中に装着した。そしてゆっくりと大柄な男に近づいて行く。


「ワッハッハ。そうだよ。そうだ。こっちへ来い。ぐへへ。」大柄な男の股間が張り裂けそうになってる。


 ジュンの顔が歪み、歩を止めた。


 それを見ていた女が短刀を少し振り上げマリーナの腕に刺した。マリーナは歯を食いしばり耐えているが、血の流れが多い。


  〈動脈が切断された様です〉


 ジュンは一足飛びで大柄な男の首をアサシンダガーで切り落とし、もう一方のアサシンダガーを女の額に投げつけた。


 強化された筋力で投げられたアサシンダガーは目にも止まらぬ速さで女の額を貫く。女は力が抜けその場に頽れる。男の頭がドシンと音がして落ちると同時に男の体がへたり込む。


 倒れる瞬間のマリーナを両手で抱える。


「ジュン。どんなに会いたかったか。ああ。」

 ジュンは優しく抱き寄せる。


「今治療するから、待って。」

「・・・。力が抜ける。見て血が沢山流れてゆくわ。わかるもの。わたくしは、もう助からないわ。大きな血管が切れたんだと思う。治癒の法術を直ぐに掛けれても、もう遅いわ。」


 マリーナが優しい目でジュンを見つめ、もう一方の手をジュンの頬に添えた。


「会えてよかった。生まれかわったら、貴方を探すわ。貴方もわたくしを見つけてね。」微かに囁くと添えられた手が力無く落ちた。


  〈時間がありません。ジュンの唾液にマイクロ修復ユニットを集めています。急いでマリーナに移してください。傷口に直接〉


 ジュンは躊躇いなく、マリーナの傷口に口を付けた。刃傷を包み込みマイクロ修復ユニットを送り続けた。マリーナは既に動かなくなり体温が下がって来ている。


『間に合うの』

  〈修復中です。体内に毒素が残留していますので中和します〉


『毒素・・・何それ』

  〈体内成分ではありません。ある程度の期間を掛けて取り込まれた様です〉


『冷たくなってきたわ』

  〈マリーナからの精神波動が続いています〉


 ジュンは自分の心の中心に意識を集中する。微かに本当に微かにマリーナの香りを感じる。ゆっくりと、ゆっくりと動き始めてる。

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