黒塗りの馬車

 敵の法術士が物陰から手を翳すと、少し間があいてロイドに明るい稲妻が突き放たれた。


 ロイドに稲妻の様な矢が突き刺さる瞬間、盾の被膜で覆われ稲妻の矢を上空へ弾いた。すぐさまロイドが反応し全体への盾防御を指示する。


 ロイドは下馬すると盾の法術に守られながら騎士10名と進んで行く。


「法術士、あの物陰へ攻撃。」ロイドが叫ぶ。


 騎士団の後方に控えていた法術士隊が素早く、前進した騎士達の後方に陣を敷き指示のあった物陰に攻撃する。

 攻撃が届く瞬間に物陰から盾の防御が発動し淡い防御光が光るが直ぐに消えた。




 もう一人の図体のデカい剣士が廃屋の中に入っていった。


「ロイド達って、あの中にマリーナ姫がいると知ってて攻撃してるのかな。」


 ジュンの俯瞰図の中にマリーナ姫の青点と二つの赤点が固まっている。確認していると青点が赤点に挟まれて動き出した。どうやら出てくるらしい。


  〈近くの外壁を飛び越え移動体が一つ廃屋に近づいてます〉


 俯瞰図に二重の赤点が表示され廃屋がある方へ移動していた。廃屋の側面に向かっている様だが、周囲は騎士団に囲まれているはずだ。


『二重点にズーム』

 右下のドローンからの映像が移動しズームする


『全身が闇に溶ける様なマットブラックな色だ、法術士隊が打ち上げた灯火からの光も反射しない。光を吸収するのか』


「あっ。」映像では二重点が騎士を倒した、素早い動きだ。廃屋の側面で警戒していた騎士5人があっという間に倒された。廃屋の入口手前にある物陰に潜んだ。丁度ロイド達からは死角になっている。


『心の中がピリッとする。マリーナが怖がっている様に感じる』


  〈先程の外壁の外に馬車が停車しました〉

『セカンドドローンで監視』




 シュンと音がして2台目のドローンが向かうと視野の右にそのドローンからの二つ目の窓が開き映像が映し出される。


 高い外壁の直ぐそばに黒塗りにした馬車が停車している。馬は四頭立ての黒馬だ、スピードに特化しているのか。馬車の色は黒いが上級貴族が乗る様な豪華な飾りが施されている。ただし煌びやかさは無い、黒一色だ。


『セカンドで乗車している者の記録を残して』

  〈セカンドドローンで外壁の外に停車している馬車の乗員を記録します〉

  〈セカンドドローンナイトビジョン暗視赤外線サーマルモード〉


 セカンドドローンからの映像が白黒で輪郭がはっきりしたものに切り替わった。黒塗り馬車の周囲をゆっくりと飛行し撮影してゆくと、ドアが開き中が丸見えとなった。恰幅の良い高級そうな衣服を纏っている者と帯剣した護衛の様な二人が出てきた。御者が用足しから戻り御者台に乗る。


「あれが首謀者かな。」




 下馬したロイド達、騎士隊が法術士隊の攻撃の後、直ぐに廃屋の正面へ移動した。法術士隊による盾の淡い光が廃屋との間に広がる。


 正面の扉が少し開き「これから姫様を出す。攻撃したら姫様の命は終わる。わかるな騎士どもよ。」濁声が響く。


「全体、待機。姫様を確認する。」ロイドの号令により法術士隊が後方に下がり十分な距離を取り、騎士達は抜剣し殺気がみなぎる。


 少しすると廃屋のドアが開く。中からマリーナを盾にして大柄な男が出てくる。直ぐ後ろから抜剣している賊が続いた。


「道を開けろお。こいつは弱ってるぞ。外に続く門まで下がれ。」濁声が大きく響く。騎士隊が動かないのを見て抜剣した賊が近づいて姫に剣先を近づけた。


「やめろ。」ロイドが顔を歪めて叫ぶ。その場にいる全員が悔しそうだ。剣先があんなに近いと賊を水球で倒すことが出来ない。姫様を傷つけずに助け出す法術が無い。ロイドの額の青筋が盛り上がる。




 マリーナ姫が盾にされながら出て来た。喉元に剣先を突きつけられている。あれでは騎士団は動けないだろう。ジュンは助けに入りたかったが、できれば背後関係を明らかにしてからと考えていた。もちろん、姫の無事が最優先だが。


 外壁の外に停まっている馬車の乗員は記録した。最悪奴らが黒幕でなかったとしても背後関係は調べられるだろう。ただこの場まで馬車を持ち出している事に納得が出来ない。マリーナ姫をさらって馬車に乗せて逃げられると本気で考えているんだろうか。

「隠れ家・・・伏兵か。」


 ジュンは思った。馬車で逃げるにしても追っ手が掛かるのは明白だ。もしかして初動の計画だけで行動しているのか。姫を誰にも気付かれずにさらえると。いや、ここまで来るにしても内通者が居なければ姫の確保は時間的に無理だろう。内通者を確保する程の計画的な者ならば追っ手の事も準備したはずだ。


『セカンドを上空へ、周囲2キロで広域スキャン。動かない生命体を探して』

  〈開始します〉


  〈1キロ先に多数の生命体検知、総勢55〉

『セカンドを生命体の上空へ、拡大表示して』


 セカンドからの映像が変化し伏兵達が拡大表示されてゆく。

「荒くれ者か。」

『いや、城下町方面に弓兵と、あれは法術士かローブを被ってる。弓兵が異様に多いみたいだ』

  〈弓兵は前列15名、中列15名の計30名が布陣しています。その後方に法術士らしき者が10名、両翼の離れた場所に剣士が15名〉


 完全な待ち伏せだ。この構成なら騎士団を対象に考えている事が窺える。黒馬車が逃亡しここで騎士団に対抗する。騎士団を相手にしてまでって・・・


 でも、騎士団に対してなら削る事も用意するわよね。


 あ、あの全身黒の、アイツはアサシンね。




 マリーナ姫に剣先を突きつけながら歩き始める。「さっさと道を開けろ。これが見えねえのか。叩っ切るぞ。」


 賊らがマリーナ姫を亡き者にしたら賊らの退路も無くなる。だから賊らの言葉は嘘だと分かる。しかし、分かっても従うしか無い。ロイドは賊が望んだ通り城下町入口の門付近までの通り道から部隊を遠ざけた。


 マリーナ姫と賊達が進む。


 パアッと強い光が一面を覆った。マリーナ姫を見つめていた全ての者の目が眩まされる。あまりの眩しさに膝をつく者もいる程だ。


 なんとか目が見える様になった時にはマリーナ姫達は消えていた。


「外壁の上っ。」法術士の一人が叫んだ。


 見るとマリーナ姫が担がれ外壁の上から向こうに飛んだ所だった。


「全員騎乗。追え。外壁の向こうだ。」


 ロイドと騎士達が号令の下、騎乗し向かおうと動き出した途端、そこかしこが爆破され火の手が上がる。爆風や破片などによって大勢が怪我をした。騎士達の三割強が脱落する。法術士隊も半分は動けない様だ。動ける法術士が手当をはじめていた。


 その最中、ロイドは動ける騎士達を集め賊を追い始める。その中に追随できる法術士はいない。




 ジュンは爆風を煙突の影でやり過ごした。ロイドの背中を見ながら、人気の無い場所を選んで外壁まで移動し外壁の上に登った。


 丁度、黒馬車にマリーナ姫が押し込められた所だ。アサシンが黒馬車の屋根の上に乗ると走り出した。城下町の入口方向から騎乗騎士の掛け声が聞こえてくる。馬を飛ばしている様だ。


『セカンドをマリーナ中心に』


『ロイドに念話を送る、調整して』

  〈意思を込め送り込むワードを発生してください〉


「前方1キロに多数の伏兵危険、直前で止まれ。」


「ぐわっ。」ロイドが騎乗姿勢のまま驚いて周囲を見回す。

 ロイドが何か話している。


『聴力強化』

「あなたはジュン様ですか。いや、ジュン様ですね。」ロイドは馬を走らせながら話していた。


『もう一度念話』

  〈どうぞ〉

「話しは後、警戒を厳に、私は姫を追う。生きて。」叫んだ。


「ジュン様、ありがとう。貴方が生きていてこれ程嬉しい事はない。後で会いましょうぞ。」ロイドは目を拭って走り去る。


『ファーストをロイド中心に』

  〈設定しました〉


 ジュンは黒馬車との距離を置きながら疾走しついて行く。




 いきなり頭の中に声が響き渡った時は驚愕だった。ブラウエル辺境伯から聞いていた通りだった。間違いなくジュン様だ。生きていたんだ。


 この先1キロに伏兵、直前で止まれ。ジュン様は姫を追って下さる。これで安心して賊どもを退治できる。


 ロイドの闘志がみなぎる。まもなくだ。


 ロイドが全体止まれの合図を出したと同時に前方から多数の矢が降り注いだ。合図が少し遅ければ、多くの騎士が倒れていただろう。矢の数が異様だ。


 ロイドが全体を下がらせる。


 賊共の法術士からの火炎攻撃が始まったが、ここまで威力が届かない。しかし、自分達には法術士が居ないので反撃する方法がなかった。右往左往していると、賊からの声が聞こえて来た。叫んでいる様だ。


「これ以上進むなら、お前達のお姫様の命は無いものと心得よ。静かに戻らなければ、姫様を凌辱するぞ。そのまま回頭して城に戻れ。半時で城に到着せぬ場合は、姫様を自由にさせてもらう。」


 騎士団すべてが身を震わせている。ロイドの顔には破裂せんばかりの青筋が脈打っている。ロイドが悔しさを飲み込み全体反転の指示を出し、賊を追いかけて来た騎士団を城に向ける。




  〈ロイド様一行は傷なく城へ反転しました〉

『良かった。ファーストを戻して』

  〈了解〉


 1時間ほど疾走すると黒馬車は大きな岩山の影に入って行く。疾走して岩山の側面に距離を置きながら回り込むと、前方に小さな灯りが見えた。


 窪みに潜み、セカンドからの映像を見つめる。


 マリーナ姫が馬車から降ろされ首に縄を付けられて小屋の中に入って行く。黒馬車の屋根に陣取っていた黒のアサシンが小屋の裏に回って行く。小屋の裏手に二つ小屋があり、その片方に入って行った。黒塗りの馬車は小屋の前を過ぎて側道に入り小屋の裏手にある広場に停めた。


〈馬車が近づいてきます〉


 先ほどとは逆側から豪華な馬車がやって来た。馬車の後ろに騎兵に近い装備をした10名ほどの者達を連れている。


 豪華な馬車が小屋の前で止まった。


『聴力強化』

  〈強化します〉


 小屋の扉が開き大柄な男が出てきた。豪華な馬車から降りる男に恭しく頭を下げている。


「これはこれは、この様な場所にお越しいただき恐悦至極でございます。」


「は。何が恐悦至極だ。いつも通りで良い。気持ち悪いわ。」小太りな男。

「ははは、たまにはと思いましてね。ま、旨い酒を用意してますんで中に。」右手を上げ中へ促す。


 豪華な馬車から小柄な者が出てきた。隙なく周囲を観察している。あれはやり手だ。先に入った小太りな男に2m程の距離を開けて後に付いて入って行く。豪華な馬車が小屋の先で転回し入口の前に止め直した。御者は小屋の横から後ろに向かい裏にある小屋の一つに入って行く。

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