英霊の葬儀

 マリーナ王女一行が戦いの跡に到着した。


 東砦の精鋭に守られながらマリーナ姫と侍女達は人混みの中を中心へ向けて進んで行く。前方に辺境伯軍の旗が見えて来た。みな無事な様だ。なぜ此処におじさまの精鋭が来ているのか不思議だった。周囲に視線を走らせ、ジュンの姿を探しながら進んで行く。



「おお、マリーナ。無事だったか。」

「おじさま。どうして此処に。」マリーナは辺境伯の表情を見て膝が震え出した。

「姫様・・・。」ロイドは悲しそうに視線を下げた。


「え、なに・・・。ジュンはどこ。」


 ロイドの視線の先に、丸くなった塊が湯気を立てていた。


「・・・え、ロイド説明して。」

「姫様、ジュン様と思われます。」


 姫はその場で頽れた。ミシェルに支えられる。



 怪竜は見事に頭が切断され胸の辺りが潰されていた。辺境伯の精鋭達が解体を申し出てくれた。


 エリーとミシェルは、涙を流しながら横たわって湯気を上げている塊に神聖法術を発動し続けていた。その傍でマリーナ姫が横坐りにルミネに介抱されながら神聖法術の発動先を見続けていた。


 近衛騎士団長ロイドもブラウエル辺境伯も、マリーナ姫を動かす事が出来ないでいた。


 怪竜には辺境伯軍の神聖法術士により浄化が発動され血の痕跡も血の匂いも綺麗にした。これで怪竜の匂いに釣られてやって来る魔獣達を防ぐ効果があるだろう。


 辺境伯の指示により、すぐ側に天幕が張られた。エリーとミシェルは力を使い果たし他の精鋭軍の法術士と交代した。マリーナ姫は泣き腫らしながらも動こうとはしない。キニュが温かいスープをマリーナ姫にそっと手渡した。ルミネが介抱しながら少し飲ませる。


 どこからこんなにも沢山の涙が溢れ出てくるんだろう。なんで悲しいんだろう。ああジュン、貴方とは良き親友になれると思ってたのに。再び涙がこぼれ落ちてくる。




 辺境伯の天幕で、ロイドから今までの経緯が語られた。


「黎明のジュン様は、マリーナ姫の恩人ではないか。」絶句した。

「・・・俺も守ってくれたのか。」辺境伯は涙した。


 マリーナ姫が悲しむのも飲み込めた。年齢が近く幾度に渡り命を助けられたのだ。それ以来、常に一緒にいる事が多かったのだと言う。マリーナ姫の立場を考えると妹の様な親友と考えていたと言う言葉はマリーナが常に寂しさに苛まれていたのかも知れない。


 辺境伯にはあの時、何が起こったのか分からないでいた。怪竜が向かって来て全てに於いて最後だと悟った。次の瞬間に熱い塊が目の前を通り過ぎ、そして怪竜は私の頭上を後方に弾かれる様に飛んでいったのだ。その先にあったのは間違いなく怪竜の骸だった。ジュン様は、あの一瞬で怪竜を倒したのか。なんと言う武士もののふなのか。


 怪竜との戦いは避けなければならない、町などひとたまりも無く破壊されてしまう。戦いに巻き込まれた時は、国を挙げての戦力で立ち向かわなければ蹂躙されるだけだ。そう聞かされていた。はるか昔、実際に怪竜を追い払った記録が残っている。大勢の犠牲を払っても、追い払うだけが精一杯だったのだ。


 それをジュン様が、黎明のジュン様が、身体を張って助けてくださったのだ。あの様に丸く焼けてしまったお姿は見た事も聞いた事もない。


「竜の呪いなのか。」

「竜を単騎で討伐した彼女は英雄だ。生きていれば英雄として讃えられ十分な褒賞も地位も名誉も手にしていたものを。全く残念でならない。」


「・・・マリーナの為にも連れ帰り、手厚く葬ってあげなければ。」



 天幕の外側では、騎士団が各々休息を取っていた。その中、ジュンを知っている近衛騎士団の皆んなは沈痛に伏せりながらも、ぽつりぽつりとジュンの事を語ってゆく。次第にその周りに東砦の精鋭や辺境伯軍の精鋭達が集まる。シンと冷え切った中に一つの物語が語られてゆく。絶対強者の英雄として。姫の、騎士団の命の恩人として。


 誰かが囁く様に歌い出した。



 麗しの少女よ

 黎明のジュンよ


 計り知れない強さと

 強靭なる心を秘め


 貴方を知る者から

 伝え聞く者から


 貴方の麗しさは永遠に

 語り継がれるだろう


 我らの英雄として




 辛い明け方を迎えた。


 ジュンと思われる塊は、触れる事が出来る程度に冷めていた。辺境伯はマリーナ姫に近づき、そっと伝えた。「姫よ。恩人をこれ以上、野ざらしには出来ない。」


 呆けた瞳に大粒の涙がこぼれ落ちた。

 マリーナ姫は、ルミネに支えられながら王族用馬車へ向かった。


 重い腰を上げた騎士達は、荷馬車の中に安置場所を作りジュンであろう塊を据えた。誰かが一輪の花を添えた。それを見た者たちが草原に咲いている可憐な花を一輪ずつ添えて行った。彼女の周りは爽やかで甘い香りに満たされた。


 辺境伯リングル騎士団の半数が解体後の怪竜を運ぶ事になった。


 王族用馬車の中では、マリーナ姫をそっと包み込む様にルミネとキニュが付いている。侍女達の部屋では力を使い果たしたエリーとミシェルが眠り果てていた。


 マリーナ姫は、ただ悲しかった。親友ができたと思っていた。自分の秘密を打ち明けれる人物だと信じていた。妹ができたみたいに過ごす毎日が楽しかった。この先、自分の身に起こる事に対処しなければならない。ジュンと2人ならと考えてしまっていた。でもまた1人になってしまった。そう、わたくしはひとりなんだ。残された時間も僅かだし。




 ブラウエル辺境伯のリングル城と城下町には早馬が先触れとして出された。


 東砦の精鋭達はマリーナ姫を守護する員数を増やすまでとの約束であった。ロイドに話を通していたら辺境伯からの願いでリングル城下町にて英気を養う事となったので一行の後方からついて行く事にした。


 リングル城への馬車での移動は、後1日半の距離である。


 辺境伯軍を先頭に、ジュンを乗せた荷馬車、王族用馬車と続き、王族馬車を囲むように近衛騎士団が守護し、その後方に荷物用馬車と東砦の精鋭達が続いた。長蛇の列だ。


 城下町まで後1日弱の距離で、最後の野営となった。


 マリーナ姫はジュンの元に行き、丸い塊にそっと手を置いた。この塊がジュンだなんて今でも信じられない。何故丸くなってるんだろう。怪竜の頭が真っ二つになって胸が潰されていた事からもジュンが戦ったのは事実だろう。だが、何故だろう。怪竜の獄炎にやられたら普通なら消し炭になるはずなんだけど。何かが引っ掛かる。


 貴方に相談したい事が沢山あったのよ。明日には城下町に着くわ、悲しむのは今日限りで我慢する。だからジュン、また会いたいわ。


「おやすみ、ジュン。」意を決した様に一言呟くと、マリーナ姫は馬車に戻った。




 先触れにより城下町と城ではマリーナ王女様への歓迎ムードは一転して自粛へと規制された。城下町に飾られていたお祝いの飾りは全て取り払われた。


 姫様の御命を何度も救った大切なご友人が怪竜との戦いの果てに逝去された事実と怪竜を討伐した功績にて英雄となられた事が布告された。


 この布告を知るや、全ての住民が悲しんだ。人柄の良い辺境伯の姪であるマリーナ王女は住民すべてに好かれていたからだ。




「隊列、整え。」号令が掛かった。行先に城下町の大きな門が見えている。今朝出された先馬が到着時刻を伝えていた様だ。門の両脇に大勢の町人と城下町警備兵が並んでいた。一行が近づくと、みんな静かに頭を下げた。戦列の死者を悼む行いである。


 綺麗に整列した一行は、静かに城下町に入り、そのまま城へ向かう。


 城の城門前にある中央広場に差し掛かると、「英雄様。」「王女様をお守りしてくださり、ありがとう。」「万歳。」と色んな掛け声がかけられた。王族用馬車の前を行く荷馬車に、みんなが祝福して一輪の花を投げ寄せた。馬車の通りに花が積まれて行く。


 マリーナ姫は、馬車の中で町民達の声を聞き、涙した。



 城内に入り正門広場に進んで行く。


「全体、止まれ。」号令が飛ぶ。

「英雄を弔う、鶴翼の陣形。」城内の正面広場に続く広大な敷地に入り、死者を真ん中にした弔いの鶴翼陣形をとる。マリーナ姫と侍女達は係の者に案内され荷馬車の後ろに行く。


「進め。」

 厳かに、ゆっくりと陣形が進んで行く。

 正面入口に英雄を讃える為に白装束に身を包んだ英霊送りの者達が整列している。

「全体、止まれ。」

「気をつけっ。」


「英霊の御霊に。」ザンっと一斉に靴音がし全体が直立不動の姿勢を取る。

「礼。」騎士団の剣が抜剣され胸の位置に拳を着け剣を下向きに直立させる。


 城の中段にあるバルコニーに整列していた楽団から英霊の歌が奏でられる。白装束の英霊送りの者達が英霊の歌の中、荷馬車から丸い塊を6人で持ち上げ上から辺境伯の英霊の旗が掛けられた。厳かに一歩一歩と歩を進めて行く。その後ろにマリーナ姫達が付き従う。


「なおれ。」ザンっと一斉に靴音が鳴り、抜剣を戻し直立する。

「回れっ後ろ。」全体が後ろ向きになる。

「進め。」


 綺麗に整列しながら入ってきた方向に部隊が進み正面広場を過ぎた所で再び号令が鳴り解散となった。


 白装束の英霊送りの者達に続き、英霊の里と呼ばれている大きな部屋に入って行く。その中央に、今回の為に造られた煌びやかな台があり、そこに旗が掛けられた丸い塊を優しく安置した。


 側面の扉から、辺境伯が礼装で入って来た。


 台の横に据え付けられているステップに乗り抜剣して直立不動を行い、剣を掛けられている旗の隅に向け、剣先をそっと当て「ここに我がブラウエルはハーディナル王国賢王ルミナスの名代としてかの者に英雄の二つ名を与えん。また、ハーディナル王国第一王女マリーナが与えた黎明の二つ名をもここに承認するものなり。」


「マリーナ王女を第一代理人とし、褒賞・地位・名誉はハーディナル王国賢王ルミナスより直接与えられるものとする。」


 ブラウエル辺境伯は剣を腰に戻し直立不動を取る。


 マリーナ姫は、掛けられている旗を微笑みを込めて見つめていた。「貴方の名誉は守られました。わたくしは、これからも貴方の心の友である事を誓いましょう。貴方には幾度もわたくしの命を助けて頂きました。ここに誓いましょう。わたくしの命は貴方のものであると。」

 神聖法術士ミシェルが隣に立ち、掌をマリーナ姫に差し出すとマリーナ姫は自身の掌を重ねる。

「神聖法術士ミシェルがマリーナの誓いをジュンに契ります。」

 ミシェルの周りが光に包まれた。明るく暖かい光が渦の様に広がりマリーナとジュンが包まれ、マリーナの掌から光の帯が丸い球の中に差し込まれて行き、次の瞬間光が大きく優しく弾けてゆく。

「マリーナ姫と英雄ジュンは、永遠なる絆を結びました。生まれ変わる事があれ常にマリーナの元にはジュンが、ジュンの元にはマリーナが良き友として現れるでしょう。」




「よかったのか、マリーナ。」

「おじさま。わたくしは生きては居ませんでした。ジュンの力で今の命があるのです。」

「生涯に何度も使う事ができない聖なる魂の絆だ。俺も初めて見たよ。」

「マリーナ、俺の命も助けられたものだ。今後はマリーナとジュンの為に使うよ。」

「ありがとう、おじさま。」



 その深夜、王国賢王へ向けて辺境伯からの親書が送り出された。

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