第五章

怪竜との戦い

 日が明ける前から駐在武官リードンと召使達が馬車の側まで来ていた。マリーナ姫が朝の挨拶をしていると「朝食にと考え、サンドイッチを作らせました。味は保証致しますので是非お持ちください。」とリードンが微笑みながら後ろを振り返り召使達に手招きする。

 召使達はロイドと侍女達にそれぞれ大きな包みを渡した後、「人気の飲み物です。こちらもどうぞ。」と別の包みをミシェルが受け取っていた。その後、マリーナ姫がお礼を伝えた後、しばし歓談し出立となった。



 東砦から目的地であるブラウエル辺境伯のリングル城までは馬車で5日強の距離だ。先日に先馬を出立させているので、何事もなければ2日程で単騎早馬ならばブラウエル伯爵様に伝えられる筈である。もちろん途中の村で馬の替えが十分間に合う事が前提だが。


 東砦から2時間程の街道の脇に広場があったので、休憩を兼ねて食事をする為に街道から逸れ停車した。食後すぐに出立できる様に、騎士達は近くの木に馬を繋ぎその近くで、私達は王族用馬車の中での朝食となった。


 頂いた包みを開けると爽やかな香りに満たされた。新鮮な野菜に爽やかな香草で味付けされた厚めの肉が中に鎮座している。かぶり付くと冷めているにも関わらず肉汁がジュワッと口いっぱいに広がった。これも美味しい。冷めても美味しい様に工夫がされている。マリーナ姫も笑顔が弾けるばかりに喜んでいる。一緒に頂いた飲み物はラッシーに近い味付けだけど濃厚で飲みごたえのある飲料だった。


 私たちには量が多いかもと考えていたら、騎士達に渡されたサンドイッチの量は私達の2倍だった。それをペロリと食べてしまうのだから騎士達の運動量が分かるというものだろう。皆で駐在武官殿に感謝したのは言うまでも無い。




 出発から3日半の昼近くの事であった。


  〈直進前方5キロ地点に多数の移動体あり。邂逅まで5分〉

『外に出たところでドローン射出、戦闘モード』

  〈了解〉


「マリーナ、全体を止めてください。」ジュンが急ぎ伝える。

「え。ロイド。全体を止めて。」マリーナは馬車の窓を開けると外に向かって叫んだ。


 ジュンが外に飛び出すと同時に、シュンと言う音と共に背後からドローンが上空に射出されると共に視野内左下に俯瞰図が表示されドローンからの映像が映し出される。

「防御陣形で固めてください。」と大声でロイドに告げ進行方向に向け走る。

 後ろでロイドの大きな声が聞こえて来た。防御陣形に向けて指示している。


「全体防御陣形へ、急げ。」ロイドが騎士団に向け声高く指示を出す。

 荷馬車を先頭に出し横付けにし、その後方に盾の法術士を配置。


「盾の法術、全力で前面進行方向に展開せよ。」


 盾の法術士達が一斉に手を突き出し詠唱を始めると淡い光が走り薄いグリーンの被膜が全体を覆う。その後前面を重ねがけし前面方向が濃いグリーンに変化してゆく。


「マリーナ姫様、一体何が。」ロイドが慌てた様子で語りかける。

「いえ、わたくしにも分かりません。」マリーナ姫はジュンが走り去った前方を見つめたまま答えた。


 強化モードで走行中、ジュンの視野内俯瞰図にドローンからの映像が映し出された。そこに写っているのは大勢の騎士団が移動している姿だった。

  〈ブラウエル辺境伯、リングル精鋭騎士団の旗を確認しました〉


 先頭集団の両翼の騎乗騎士が掲げているのは、確かにマリーナに教えられていた辺境伯が誇る精鋭騎士団のリングル旗であった。


『ドローン周辺監視モード』

  〈騎士団後方、上空500mに巨大な鳥を確認〉

『え、動きは』

  〈真っ直ぐ騎士団を追っている様です〉

「まずいな。」


 ジュンは後ろを振り返り、ロイド達が防衛陣形を張り終わっている事を濃いグリーンの膜から確認し前方を向く。


『先頭の騎乗騎士に直接念話を送りたい、調節して。』

  〈意思を込め送り込むワードを発声してください〉

「後方上空から敵」意思を込め眉間から発声する様な感じで叫ぶ。



「うおお。」先頭を走っていた騎乗騎士がいきなり大声を上げて驚いて急停止する。その後方を駆足で走っていた騎乗騎士達が反射的に回避行動して周囲にぶつからない様にバラけた。


 先頭の騎乗騎士は馬を後方に向け空を見上げると「全体防御陣形を敷け。急げ上空から怪竜だ。法術士は防御膜だ。急げ、急げ。」


 バラけていた騎乗騎士達は、号令を聞くや直ぐに行動した。


 後方に向け強化防御騎士が前面を囲む。その背後に法術弓兵士を置き、騎乗騎士が群れる。背後に盾法術士と続く。

 センターから大柄な1人の真紅の騎士が前面に躍り出た。右手には太く長い槍を持っている。既に怪竜が判別できる。とてもデカい。


「防御膜最大、竜の動きに注意せよ。

「法術士、水球の粘性を最大で用意。

「火炎は竜の目前で破裂するように準備に入れ。


 ジュンは強化モードから最大強化モードへと変化させ全力で走っていた。


 怪竜がリングル騎士団に向け急降下しながら嘴を向けた時、粘性のある水球が嘴を捉え、その周囲で火炎が爆発した。リングル法術士達の一斉攻撃である。


 怪竜は強い粘性水球を嫌がる様に、激しく首を振りながら上空へ向かった。火炎爆発は効果が薄い様だ。怪竜は大きく空で旋回しながら嘴を開くと急降下しながら強い炎の筋を喉の奥から騎士団目がけて放った。


 騎士団の前面防御膜に激しくぶつかる。盾の防御膜が薄く変化してゆく。そこに他の法術士達が盾の法術を重ね色を濃くしてゆく。怪竜の獄炎が防御膜に達する直前に粘性水球が幾重にもぶつかるのが見えた。


 怪竜は、放った獄炎が効かないと知るや急旋回して上空に逃れた後、はるか後方に急降下しその力を速力に変え騎士団の前面に向け疾走してきた。

 上下左右に振れながら迫ってくる様は恐怖以外の何物でもない。そのスピードは普通なら目で捉える事すら出来なかっただろう。


「前方槍陣形、防御盾は力を上へ逃がせ。」


 防御陣形から先端が細く低く、次第に広がり高くなる槍陣形へ変化した。法術士が前方からの質量の大きな脅威を上後方に逃す形でタイミングを見計らう。


 槍の先端に位置する場所に、真紅の大柄な騎乗騎士が馬から降り右手の槍を後方まで引きつけながら回転の反動を利用して向かってくる怪竜へ投擲した。


 投擲された槍はまっすぐに怪竜の鼻面に向かって行く。そのスピードが法術士により加速される。

 怪竜が炎を出し槍の方向をずらす。



 槍を投擲した真紅の騎士は、怪竜を睨みつけてその場に踏みとどまっていた。

「く、ここまでか。無念。マリーナよ。」




 間違いなく、先頭にいた真紅の戦士は怪竜の餌食になっていたであろう。


『最大モード、シールド最大』

  〈完了〉

 ジュンの頭部が漆黒に覆われ、全身フルアーマー状態に変化しマントは硬化し背中の防御盾となる。


 ジュンの感覚に変移が起こる。すべての最大モードが起動すると、自分にとって周囲のすべてが遅くなる。そして1mの距離を詰めるだけでも空圧が最大になりジュンの身体全体に大きく影響を与える。このモードでは3分を超えるとジュンが使用するアーマーでもバラバラになってしまう。通常では必要な所で秒単位での使用が必須である。しかし、今回対敵位置までは2分はある。


 漆黒のジュンが空圧で真っ赤に発光する。


 怪竜が火炎で投擲された槍の先端に掠らせて方向をずらした。そのまま怪竜の嘴が騎士へと向かう。


 怪竜と騎士の間に真っ赤に加熱し発光した姿でジュンが飛び込む。両手でHVLS(ハイ・バイブレーション・ロングソード)を握りしめて。


 ジュンにはすべてがスローに見えている。ただ熱い

  〈危険、TS-10〉リリが10秒で危険水域を超えると警戒を瞬時に伝える。


 全力でHVLSを振り抜き、すり抜けザマ怪竜を蹴る。


  〈自動解除モード起動、対ショック吸収モード移行〉

 ジュンの周囲が瞬時に厚い被膜で覆われ圧力により身体が丸まる。そのままHVLSを振り抜いた時の回転力を纏ったまま大地に転がる。接地時にシールドが三重に発動。ジュンの身体を守る。



 ブラウエル辺境伯は真紅の甲冑を纏って、マリーナ姫の迎えに全力で向かっていた。後方に付き従うのはブラウエルの心血を注いで育て上げたリングル精鋭騎士団である。精鋭法術隊は法術を発動し滑空している。大地と足装具の間に風と水を利用した潤滑層を発生させその上を風圧により進んでいる。


 まもなく邂逅と言う段階で頭の中に大きな声が響いたのだ。その声は、「後方上空から敵」と伝えていた。


 訳がわからずも急停止し痺れる頭を振りながら後方を向くと、上空から怪竜がついて来ていた。直ぐ様、全体に号令を掛け怪竜との戦闘準備に入る。


 一次攻撃は躱された。奴は頭がいい。避ける様にして上空に向かった時は、そのまま戻ってくるなよと願ったが、奴は遠方に急降下しその力を速力に加え地面スレスレをこちらへ向かって来たのだ。奴の質量では、どんな防御も効くまい。


 逃げる事なく、諦める事なく、最終手段として怪竜の質量を躱す為に槍陣形をとらせた。我が身を捨て怪竜に立ち向かう。渾身の力を振り絞って自慢の槍を投擲した。


 怪竜に届く瞬間に、奴は火炎を持ってして槍の方向をずらしたのだ。負けた、後は勇猛に死すのみ。両足を踏ん張りマリーナの事に思いを馳せた。


 次の瞬間火のように発熱した塊が目の前を過ぎたと感じた。すると、こちらに向かって来ていた怪竜が大きく上空にハネわたしの後方を飛び越え転がって行った。


 目で怪竜を追っていたら、前方から大きな音がしてそちらを向くと塊がもんどり打って転がる所だった。




 マリーナ姫達は、前方に怪竜を見るや直ぐ隊列を整え戦闘態勢を持ってして駆けた。

「東砦軍は姫様を守護。残りは全力疾走。続け。」ロイドが怪竜を確認するや大声で号令する。

「鶴翼の陣、法術は中心。」再びロイドが疾走しながら叫ぶ。


 ロイドの10m程後方では、鶴が翼を広げた形に騎乗騎士達が広がり、鶴翼の中心に滑空法術を発動させながら疾走する法術士達。彼らは盾法術を前方に展開してゆく。


 マリーナ姫達は東砦の精鋭に守られながら後を追う。ミシェルとキニュの法術を合わせて馬車全体を滑空させる。水と風の混合法術だ。


 前方から爆発音が聞こえてくる。激しく戦っている様だ。マリーナはジュンが心配で仕方ない。怪竜に単騎で向かったのだろうか。無事でいて欲しいと願った。


 王族用馬車が滑空法術で進むのを確認した東砦の精鋭達は、馬車の前方に躍り出て鳥雲の陣形を作る。最大疾走で空力を切り開き馬車を守りながら急ぐ。



 前方の戦場で、大きな塊が跳ねるのが見えた。怪竜が飛ばされているのか。

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