王族用馬車

 昨晩は、天幕を張らずに簡易食料だけでの休憩となった。討伐などで慣れている騎士たちは手慣れたもので毛布に包まって地面で寝るようだ。


「ジュン様、見てくださいませんか。」ミシェルがいつも以上に和かにやって来て、私の手を取ると馬車の方へと誘った。

「・・・え。」流石に驚いてしまった。王族用馬車の侍女側の部屋が寝台車みたいに様変わりしていたのだ。まさか狭そうな空間に寝る事が出来るとは思いもしなかった。ちょうど天幕を設営せずに彼女達はどうするんだろうと心配していた所だったから少し安心した。


 彼女達は馬車で寝るのは初めてらしく展開した装具に興味津々でハシャイでいた。とても楽しそうだ。部屋の両サイドに二段のベッドが展開され中央奥の窓側には衣装を吊り下げる空間もあった。頬を少し上気させている彼女達を改めて見ていると、みんな美形でしかも可愛らしい人達だ。


 エリーとミシェルは、とてもお淑やかな美人さんだ。2人とも神聖法術が使えるので、その関係もあるのかなっと思ってしまうほどだ。エリーは神聖と光の法術が使えるのでより一層のお淑やかさがあるのかなと思う、守ってあげたくなる儚さが魅力かも知れない。ミシェルは神聖と風の法術との事なのでお淑やかに加えて行動的な一面が強いのは風の影響なのか。いつもはキツイ感じの美人だけど、話すとなんとも言えない彼女の空間に囚われてしまう様な危なさを感じる。モテるタイプだ。いつも私を気に掛けてくれて癒しを与えてくれる。


 ルミネは私から見るととても真面目なお嬢さんタイプだけど、みんなからはドジっ子って言われてる。決して嫌な顔をしないから自分でも認めてるのかもと思ってしまうが、法術の波動を感じ取ることが出来ると言う凄い才能に恵まれたようだ。その念波と、ある程度の物体を瞬時に移動させる力を発現させている。余談だが、とても思慮が深く政治関係に精通している、とミシェルが誉めていた。


 キニュは、とても活発なお姉さんタイプの美形だけど可愛らしい面が大きい。彼女は、土と水の法術を操る才女だ。法術を発動させている姿は、なんと言うか凛としていてとてもカッコいい。ハーディナル王国では二つの系統を操る法術士を才女認定している。余談だが法術士は女性しか存在しないらしい。




「・・・。」後ろから腕を引っ張られた。驚いて振り向くとマリーナ姫が私を王族用の部屋へと引っ張ってゆく所だった。


「ジュン、寝床をセットするから手伝って。」

「え、ご自分でされるんですか。」

「だって、初めてなのよ。何事も経験しないと・・・よね。」


 ワクワクしている彼女を見ているとキュッとしたくなる様な可愛さである。ほっとける訳もなく一緒に寝台のセットをした。


 背当て部分の下側を押し全体を上にずり上げると中の空間に寝具が纏められて保管されていた。寝具を出してから下側を手前に引きながら全体を下げると回転して座面と一体化しベットが出来上がる。一人分と考えてもゆとりのある設計だ。創意工夫が凄い。

 いや、私が感じている自分の世界からの古代感から勝手に想像している技術力が全くの別物なのだろう。私の世界に有っても不思議で無い程、十分に活用されている様な工夫が随所に垣間見れる。


「さあ、今度は貴方の場所作りよ。」マリーナ姫が囁く。

「・・・え。私のですか。」

「そうよ、外で寝る訳にいかないでしょ。」

「あ、ごめんなさい。マリーナ。私は外で見張り番をするわ。」

「・・・え。何言ってるのよ。女の子はちゃんと寝ないと。」


「ありがとう。でもね私は周囲に敵が現れると、全てでは無いけど気づく事が出来るの。今は大変な時でしょ。安心できる場所に行くまでは油断はできないと思うの。それに、マリーナを守りたいし。だから見張り番をさせて。」


 マリーナは抱きついて来た。


「守りたいって思ってくれてとても嬉しいわ。ジュンが守ってくれるなら安心して眠る事が出来る。でも、無理はしないでね。今夜は色んなお話しができると思ってたんだけど、我慢する。」寂しそうなマリーナ。




 馬車の外に出ると夜風が気持ちいい。歩哨に立つ騎士達に挨拶して朝までの行動予定を聞いておく。彼らは2時間を2人ずつの交代制で行うとの事だった。三箇所の火の番と周囲の見回りが中心となるらしい。


『RIRI、上空監視ドローンを一つ上げて』意識を集中し心で語りかける。

  〈了解、俯瞰モード起動〉


 視野の左下に四角いモニタが現れドローンからの夜間映像が表示される。


『周辺警戒モードを優先に周囲300mを第一次警戒線、100mを第二次警戒線、50mを最終警戒線に設定』

  〈設定しました〉


 俯瞰モード内に黄色の円形ラインが三つと、灰色の小さな点が多数表示された。


『最優先護衛地点を王族用馬車に、マリーナ姫が馬車から離れたら警報と共に警護優先をマリーナ姫に、現在の警戒線内のターゲットで危険生物をマーク』

  〈護衛監視中心地点を設定。マーク完了〉


 俯瞰モード内に表示されていた小さな灰色の点の幾つかが赤い表示になった。危険度によって点の大きさが違う。


『現ターゲットの危険度優先順に拡大表示』

  〈表示します〉


 中心部から外側に掛けて警戒範囲内に存在しているターゲットの姿が危険度優先順位に従って拡大表示されてゆく。


『ストップ、そのターゲットに向かう。夜間戦闘モード』

  〈夜間戦闘モード開始〉


 夜間戦闘モードは、暗視、熱探知、聴力強化を中心に小規模戦闘モードの瞬発力・腕力・脚力上昇がセットされる。


 すぐさま、脅威度の高い獲物から確認してゆく。血の匂いを出すと無用な物を呼び寄せてしまう可能性が高い為、騎士団での対応を念頭に置いて彼らに処理できる範囲内であればイエローマーキングに変更してそのままにしておく事にした。1時間程度を掛けてターゲットの確認を済ませたが、脅威度が低い個体ばかりだった。


 馬車の近くにある比較的太い木に登り朝まで監視と危険ターゲットの探索を続けた。




 日が登ると起床の合図が出され、全員が起き出して来る。エリーとミシェルは日が明ける前から負傷した騎士達に慈愛の恵みを発動し治療していた様だ。治療されている騎士達は、にこやかに喜んで口々に感謝を述べていた。その後、騎士達は各自携行食で簡単に朝食を済まし出発となった。早朝での捕虜3人は凍えていたが騎士の1人が低級体力回復薬を与えて砦まで歩ける様にしていた。


 上空夜間監視用ドローンは一旦戻して充電させる。

『RIRI、ドローンを一つ上げて馬車移動中上空からの監視をお願い。移動中は監視範囲を1キロ、危険範囲を500mで設定。砦到着時、周囲警戒後異常なければ解除で』

  〈ドローン上げます〉


 出発時、マリーナ姫に呼ばれ王族用馬車に入る。馬車の室内は既に移動用に変更されていた。


「お疲れ様でした、ジュン。眠くない。よかったらここで寝ていいわよ。」

「ありがとう、大丈夫。数日くらいなら寝なくても何とかなるから。」

「もう、女の子なんだから睡眠は大切なんだよ。それに、ジュンは可愛いんだから余り無理しちゃダメなんだからね。」少し拗ねている様な姫様は可愛い。


 ドアがノックされた。


「はい、お入りなさい。」

「朝食とスープをお持ちしました。」ミシェルが良い香りと共に入ってくる。

「うわぁ、美味しそう。」ジュンが感嘆をもらす。

「温かいスープってありがたいわ。ミシェルありがとう。」マリーナ姫が伝える。


「恐れ多い事でございます。」ミシェルは頭を下げた。

「では、王女様、黎明のジュン様、私は控えの間に戻りますので御用命があればお呼びください。」


 コクのあるスープは爽やかでとても美味しかった。主役はちょっと硬めのパンに柔らかくした乾燥肉と酸味の強い果実のジャムを挟んだサンドイッチである。これも美味しい。今度ミシェルに作り方を習おうかなと本気で思った程である。




 マリーナ姫の説明では、ハーディナル王国は大雑把に言うと北・西・南が海で囲われており、広大な穀倉地帯が広がりその中に村落が点々とあるそうだ。東側全体が他国や魔の森に接しているらしい。ちょうどその境界には険しい山脈が上下に林立していて他国に接している所と魔の森に接している二ヶ所に侵略などから守るための大きな砦が作られているとの事である。


 その砦が、外部からの第一次防御線となりその内側には貴族達の領地が広がっている。この貴族達が第二次防衛線を構成している様だ。そして、大きな二ヶ所の砦のある場所全体を王国直轄領とし、外部からの侵入に備え王国第四騎士団と言う戦いに慣れた王国内でも最も勇猛な部隊を置いている、全てが外敵に備える配置だ。



 今回の王女様の共和国遠征は、友好を深める為に毎年行われている行事であった。帰りもハーディナル王国の北砦側を利用するのが通常であったが、共和国内で「北砦方向に脅威が迫っている。」と言う不穏な噂を入手した。その事実を確認する事ができない事から、共和国からの出立にはあまり使われていない共和国南門を使用する事になった。


 そのルートは急峻な山に囲まれた谷を進む事になる。片側が魔の森との境に位置しハーディナル王国東砦側の緩衝地帯までは比較的安全と言われていた。しかし、王女達は魔獣族達に襲われてしまったのだ。


 街道から緩衝地帯に入る直前で魔獣族に待ち伏せされ魔の森側へ追い込まれてしまった。その時の魔獣族の部隊編成の多さが、偶然出会った場合とは違う違和感を感じさせた。つまりは待ち伏せを表していたのだ。一方的に攻撃を受けてしまい、あわやと追い込まれたその危ない時にジュンが何処からともなく現れて皆を助けたのであった。




 マリーナ姫側の窓が軽くノックされた。マリーナ姫が窓を開けるとロイドが騎乗したまま寄せていた。


「姫様、間も無く東砦が見えてまいります。このまま進みますのでご用意を。」

「ありがとう。ロイド。」


 急峻な山脈の峰を利用して壁と成している様子は壮観である。全体に10m程の高さの壁が左右一面に聳え立っているが正面や守りの要所では20mはありそうだ。緩衝地帯を抜けた街道の先に大きな砦の門扉が見えて来た。


 先馬を出しマリーナ王女様の到着を知らせていたので大門が開き、第四騎士団東砦守備隊が両脇に整列していた。その外側に法術士と騎馬突撃兵が戦闘態勢にてガードしていた。


 王女部隊が100m程に近づくと法術騎乗士と騎馬突撃兵が駆け足でやって来て王女一行を囲み盾の法術を発動させながら歩を共に進んだ。大門は広く馬車に並走している騎乗騎士共々、その二倍の広さは楽に通れる程であった。


 大門を過ぎ戦時用広場の500m程先が砦村の中央広場になっていて両側では街並みが整っていた。一行はその中央広場の真ん中にて停車する様に誘導された。既に後方では大門が閉ざされ戦時体制に移行している。


 近衛騎士団がマリーナ姫の乗車する王族用馬車の前に整列し、砦の王族係の者が青色の絨毯を敷いた後に赤いバラを散りばめた。するとファンファーレの様な楽曲が流れた後、敷かれた絨毯の先に砦の駐在武官と第四騎士団東砦団長以下10名ほどが整列し正式な敬礼を持って王女の下車を待つ体制となる。


 厳かにマリーナ王女が下車した。

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