第四章

陰謀の匂い

 暫くして頭目の元に5人を引き連れて戻った槍兵から、7人が倒されていたとの報告を聞いた。


「な、なんだと。」目を丸くする。

「お頭、弓と法術の傭兵がやられてます。」

「こっちもかよ。・・・半数近くじゃねえか。いつやられたんだ。」


「仕方ねえな。野郎ども続け。」頭目は人一倍大きな声で叫ぶと、残った野郎達を引き連れて街道へと上がって行く。総勢14人だ。


 街道のほぼ真ん中で佇んでいる少女。頭目とその一団は少女の8m程手前に進み凄みながら睨み付ける。


 ジュンは和かに微笑んでいる。


「やい、てめえ・・・って子供じゃねえか。俺たちの仲間を倒したのは何処にいる。言わねえと叩っ切るぞお。」強面の頭目は目一杯虚勢を張る。


「知らないわよ。」笑顔で答えるジュン。


「おい、あの童を捕えろ。人質にして姫を攫う。」後ろの子分に指示を出す。

「へい、お頭。おい付いてこい。」頭目から指示を受けた1人が、後ろに控えている子分達から2人に指図し進んで行く。5m程に近づき美少女な姿を確認するや相好を崩していやらしい顔を貼り付けながらにじり寄って来た。みんな斧を持っている。


「汚そうね。やだわあの集団。」小さく吐き捨てるジュン。


「姫の事を知ってるようだし。」

『対人捕獲モード、死角からの反撃に注意』

  〈了解〉




「ジュン様が危ない。」ルミネが叫ぶ。

「動かないで。大丈夫だと思うから。ロイド、盾を強化して。キニュ水の法術の準備に入って、合図したら敵の顔に粘着水球をお願い。」マリーナが急ぎ伝える。


「盾の法術を重ねろ。」ロイドが叫ぶと交代で盾の法術を出現させていた残りが合流して法術を重ねて行く。

「準備できました。いつでも出せます。」キニュがマリーナに囁く。


 対抗準備ができ、皆の視線がジュンに集まったその時であった。ゆったりとジュンが動き出した。右手を右上肩口から背中に添えるとロングソードが握られていた。本当に一瞬であった。近衛騎士団長のロイドでさえ何処からロングソードが出てきたのか見えなかった。


 ジュンが右にステップすると目の前に3人のニヤけた顔の賊がいた。同時に斧を振り上げたので軽く避けた様に見えた。


 それからは、まるでスローの様に事が進んで行った。


 ジュンがロングソードをゆったり振ると3人の斧の刃の部分が飛んだ。三つの斧の刃がクッキリと空中にあるのが不思議と確認できた。次の瞬間、ほぼ同時に3人が吹っ飛んだ。ジュンの格好から蹴り飛ばした様だ。




「グエッ。」蹴り飛ばされた3人は転がった先で動かなくなる。


 その動きを目で追っていた頭目の顔が見るまに歪み、手に持った大きなハルバードを構えた。「クォラー、何しとんじゃ小童が。引き裂いてやる。」ゆっくり進んでくるジュンへ向けハルバードを振り回しながら走る。後方に居た残党も大きく広がりながらそれぞれの武器を片手に頭目の後ろに従う。


 ドタドタと駆け寄ってくる一団を眺め「喜劇なの・・・あれ。」ジュンは信じられないと言う顔でスローな敵を侮蔑しながら歩を進める。


 先頭の頭目を左に避けてから足に力を込めて踏み込む。勢いよく後方の一団の間を抜けながら蹴り倒してゆく。最後尾まで行くと、ゆっくりと振り返った。


「な、なんだ。」横をすり抜けた小童にハルバードを振りながら後ろを振り返ると、そこには倒され呻いている子分達が転がっていたのだ。頭目の全身に戦慄が襲い、目が見開かれ次第に怯えた顔へと歪んでゆく。


 何が起こっているのか意味を飲み込むことすらできずにいると、和かな表情の小童がゆっくりと動き出した。心の臓が鷲掴みにされたような恐怖を感じるが動けないまま、視線を小童から外す事ができない。「・・・。」小童が子分たちの武器を足で草原の方に蹴りながらゆっくりと近づいてくる。


 先程まで小さい子供と思っていた小童の姿が、悪神のごとく大きく見える。小童が目の前に来る前にハルバートを落とし、脆くも跪いてしまった。


「姫の事を知ってる様ね。首と胴が別々になりたくないなら知ってる事を全て話しなさい。」HVLSを頭目の首に添えて柔らかい声で話した。その時、ジュンの瞳が青から薄い赤目に変化した瞬間を見た頭目は「ヒィ。」と声を上げ震えて動けなくなってしまった。


 ジュンの瞳は、この世界の葡萄酒であるロゼンヌワインの色にそっくりな色合いだと比喩されている様に薄い赤目をしているのだが、諜報や戦闘などでの強化発動中には瞳の色が深い青に変化する。




「ロイド、兵をジュンの元に。」戦いを見ていたマリーナ姫が鋭く命じた。

「はっ。半数は姫様をお守りしながら体制を立て直せ。残りは黎明のジュン様の元へ。駆け足、続け。」大きな声で指示を飛ばしたロイドは半数の騎士を引き連れ駆け足で向かった。


 残った兵は直ぐに馬車を立て直し車列を整えた。姫を王族用馬車に案内し側面と後方に手厚く騎乗騎士を配置し進む。




「黎明のジュン様、姫の命により駆けつけました。」ロイドが息せき切って走り寄ってきた。騎士達は倒れ込んでいる敵の生死を確認しながら捕縛し、身に付けている隠し武器や金銭などの小物は大袋に入れてゆく。


「ロイド殿。この者はマリーナ姫の事を口走っていました。ただの待ち伏せでは無い様です。」頭目から目を離さずにロイドに伝えた。

「は。それではこちらで口を割らせましょう。」ニヤッと不敵な笑みのロイド。

「ええ、お願いします。」ジュンはHVLSを背中に装着し頭目をロイドに引き渡した後、マリーナが待つ王族用馬車に向かう。



「ジュン、心配したわ。怪我はしてないかしら。」心配顔でマリーナ姫が聞いてきた。「ええ、怪我とかは大丈夫よ。」


 横からキニュが走り寄って来た。「王女様、ジュン様の汚れを落としたいと思いますが、宜しいでしょうか。」マリーナ姫にお辞儀しながら伝えた。

「ええ、キニュお願いね。」和かに答えるマリーナ。


「ジュン様、こちらへ。」キニュに街道横の空き地に案内された。

 キニュが手をかざすと、温かで少し弾力のある水球が首から下に纏わりついて全体を包んでゆく。すると静かにうねり出した。「はう、くすぐったいわ。」

「少しのご辛抱を。」見るまにボディの返り血が落とされてゆくと、最後に頭上から身体全体を包み込み素早く汚れを落としてくれた。全身洗いの完了とでも言える状態である。


 その最中にお淑やかにミシェルがやって来て水法術の洗浄を静かに見守っていた。大体終わった頃、私に手を翳して神聖法術の浄化を掛けてくれた。ミシェル曰く、戦いの後は目に見えない小さな傷口からでも腐りが始まる事があるので戦った者たち全てに浄化の法術を行使するらしい。それにしても、ミシェルの浄化はとても暖かい。優しく爽やかな風に包まれ体力も回復してゆくようだ。少しだけ髪に残った洗浄の水分もすぐに乾いてしまった。


「ありがとう。キニュ、ミシェル。とても快適になったわ。」

「いいえ、戦いだけでは無くこの様な道中ですと水浴びも出来ない事が殆どですから、お休みになる前などわたくし達と一緒でよろしければ。」ミシェルが耳元で優しく囁いた。「うふ、ありがとう。その時はお願いね。」2人とも元気よく「はい。」とハモった。




 捕縛されて纏められた者達は、一箇所に集められ、そこから数名ずつ離れた場所での尋問が行われた。数時間かけて行われた厳しい尋問の結果、マリーナ姫の誘拐を企んでいたと判明した。近衛騎士達に護衛されている姫が、数十人規模であろうとも盗賊崩れの傭兵など太刀打ちできるはずも無い。そこで一段と厳しく尋問した結果、グリー族を使い半死半生の状態になった所を襲う手筈となっていたとの情報を得ることができた。


 昼食を軽く挟んで、崖の手前にキニュの土法術で大きめの穴を掘った。団長に付与された司法権を基に、情報確認目的での頭目と子分2人以外は皆、王族への反逆罪で斬首刑にし、周辺で倒した賊たちを纏めて埋めた。驚いたのはルミネが念じると、倒されバラバラになっている賊たちの残骸が穴に集められた事であった。瞬間的に成されたので気持ち悪さは無かったが戦闘後の血などの痕跡が綺麗になったのには2度びっくりであった。


 マリーナ姫に呼ばれ、ジュンは王族用馬車の横に広げられているテーブルに着いた。ロイドを待って3人での打ち合わせとなる。


「貴方のお陰でまたも難局を乗り越える事ができたわ。ジュンの気づきが無いまま進んでいたら大なり小なり被害が出ていた事でしょうね。本当に良かったわ。ジュン、ありがとう。」マリーナ姫が軽く頭を下げた。

「マリーナ姫、私にあまり頭を下げないで。」マリーナに手の平を振りながら困惑するジュン。

「いいえ、ジュン。これでも足りない位よ。」微笑むマリーナ。

「それにしてもお強いですね。是非とも城に到着して落ち着いた後にでも、我が近衛騎士団に稽古を付けて頂ければと。」ロイドがジュンに向き微笑む。

「落ち着いた後で宜しければ。」



「尋問で判明した件ですが、グリー族の待ち伏せも今し方の賊達の待ち伏せも繋がっていた事が判明しました。」ロイドは厳かに話し始めた。

「えっ、繋がっていたって・・・偶然ではなかったの。なんて事なの。」マリーナ姫が驚く。

「リングル城下町のハンター連合近くの居酒屋で会合があり、そこで依頼を受けたと認めました。ただ、相手は見た事も無い貴族風の男だったと。姫様を誘拐した後は領地に近い場所で数日待つように言われていた様です。」


「リングル城下町と言う事は、まさかブラウエル辺境伯様が・・・。」不安顔のマリーナ姫が呟く。

「辺境伯様に限っては有り得ない事ではと考えます。」ロイドも視線を落とす。


「有象無象の輩が沸いているのは確かでしょう。魔獣族まで動かしての2度もの待ち伏せを画策するとは、並大抵の相手では無い事は確かです。しかし、辺境伯様は大の魔獣嫌いで有名ですから。」ロイドが考えるように述べた。


「そうかも知れませんね。」マリーナ姫が頷いた。



「砦まで急いだ方が良さそうですね。2度の待ち伏せを防いだとしても3度目は無いとは言い切れません。それに、魔獣族を従える事ができる敵だとするならば大きな脅威だと思います。」ジュンが囁く。

「ええ、ジュンの言う通りだわ。」マリーナが答える。


「急いだとして、どのくらい掛かりそうですか。」マリーナ姫がロイドに尋ねた。

「この時間からですと、後1日強の距離だと。捕縛している3人の捕虜もいますし。もちろん夜間は馬を休ませねばなりませんので日中での移動を中心に考えた結果ですが。今晩の野営を短くして明日の晩までには砦に入りたいと考えます。」

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