黎明の騎士

 小1時間を掛け、身振り手振りで意思を伝えながら相手の発する言葉をトレースし意味を結合する事で短い単語だが伝える事ができる様になった。RIRIによって選択された古代中世の数種類の言語体系マージが効果を発揮している様だ。


 今の時点で知り得た情報では近衛騎士団がマリーナ姫を警護しながらハーディナル王国へ戻る途中であり、その途中で魔獣族と呼ばれるカテゴリーの中のグリー族に待ち伏せされ戦闘となったとの事であった。死傷者が多数いる為、少し進んだ先の広場でキャンプを張り休息を取ることになった。ジュンはマリーナ姫に懇願されキャンブに同行する。


 物資用馬車2台と王族用馬車1台は無事であった。物資用馬車1台を空にして負傷兵を乗せキャンプ地まで往復し、広場の奥にある岸壁を背後に王族用天幕、侍女達の天幕、その天幕を囲む様に騎士達の天幕が設営され少し離れた所に竃が設置された。


 紺色ローブのキニュが手を翳して墓穴を3つ作り、勇敢に戦い果てた騎士達の弔いを生き残った全員で行なった。キニュが行使した力は、この世界では法術と呼んでいる様だ。御伽噺で語られていた魔法とはニュアンスが違う様だが、もちろん現時点での意訳であって意味を取り違えているかも知れないが。しかし、幼い頃によく読んだ御伽噺にそっくりである。




 マリーナ姫と主だった者たちは貴賓用の天幕に集まり打ち合わせを行なっていた。ジュンは自分から申し出て夕食の獲物を狩る為、周辺の探索に入った。一人だけ何もしない状態に置かれるのが手持ち無沙汰であったからでもある。


「ロイド、王国へは後どの位掛かりますか。」マリーナ姫は小声で囁いた。


「はい、姫様。先の戦闘により予定の進路から大分奥に入り込んでしまいました。ここからですと、3日程の工程が最短と考えますが、現状を考慮すると6日程掛かると考えた方が宜しいかと具申致します。」ハキハキと答えるロイド。


「・・・多くの者が負傷してしまいましたね。」マリーナ姫はとても疲れている様だ。

「今回の戦闘は、待ち伏せの可能性が高いと考えております。もちろん私達に対しての待ち伏せとは言い切れませんが、あれ程の魔獣族の兵力を見るとただの狩猟で集まっていたとは思えません。現在戦力が半減してしまった事実を考えるに、この先でも何らかの敵集団に遭遇する可能性を考慮していた方が良いと判断いたします。」


「・・・そうですね。王国まで今の状態で安全は確保できますか。」


「これから王国に早馬を出し援軍を求めるには人員も馬も削らなければなりません。現状では難しい事であると思っております。仮に援軍を求め早馬を出しても合流できるのは早くて4日後、しかも私達が移動しての事です。それであれば、人員も馬も減らす事なく進んだ方が良いかと。」

「・・・できれば黒騎士殿に同道を求める事が最良の策ではと。」ロイドの目が伏せる。


「・・・その通りですね。・・・黒騎士ですか。あの様な黒い甲冑は見た事もありません。そうですね、呼び名は必要かもしれませんね。」


「外見から判断してのお歳ですが、戦闘力に関しても受け答えに関しても年齢には不釣り合いな程しっかりしたお方だと感じております。信任を与える事に関しては、出自が分からない事もあり難しいかも知れません。ただ・・・。」ロイドは言い淀む。


「ただ・・・。」マリーナ姫が聞き返す。


「あの戦い方にも、立ち居振る舞いにも、凛とした貴賓が窺い知れます。黒騎士殿は少なくとも貴族位以上なのでは無いかと感じております。戦闘国家では武功や強さによって爵位を与えていると聞き及んでおりますので。」


「わたくしもその様に感じます。騎士様とはもう暫く話をして信任にたる存在かを見定めると致しましょう。」


 命の恩人であるジュンと名乗る者が14歳の美しい少女であり、何処の国に所属しているのか分からない事。近衛騎士団長ロイドから見て、今までに聞いた事もない程の強者であろうとの内容。この国の言葉をあまり知らない様だが、懸命に吸収し早くも片言でも話せる様になった事からも理知的である事。そして彼女が纏っているアーマーが見たことも聞いた事もない程の極上の作りをしており、手に持った時のロングソードと背中に収めた時の形状が変化する技術力が信じられない程の物であった事。


 それら幾多もの謎から畏怖の念を持たざるを得ないが、彼女に敵意が無い事からも敵対するよりはハーディナル王国へ同行を願い、彼女の力を我が陣営に迎える事が重要であると姫は結論した。




『RIRI、周囲に食用になりそうな獲物の存在は』意思を集中し心の中で囁く。

  〈はい、現在地から2時方向に20分程進んだ所に2メートル程度の個体が確認できます。しかし、食用に適しているかどうかは判別できません〉


『そうよね。森林走破の設定で調整して』

  〈完了しました〉


 ジュンはRIRIの示した方角へ疾走する。森林走破用の設定は脚力と動体視力に重点を置き森林を駆け抜ける為に特化した設定である。もちろん周囲に10%程度のシールドで防護膜を展開している。


 中程度の木々を縫い走りながら視界の左下に表示されている個体の位置を確認し草原の手前で静かに止まった。


『あれがそうね。結構小さい部類かしら』

  〈食料必要調達量から程良い大きさの獲物を選定しています〉


『ありがとう。RIRI』

『周囲に他の個体の存在は』

  〈脅威になる個体は認められません〉


『小規模戦闘モード、ターゲットオープン』

  〈設定完了〉


 視界の左隅にオレンジ色の四角い窓が開き簡易ワイヤーフレームでの平面図が表示され、赤く点滅してるターゲットマークまで直線が伸びその中間付近に距離がカウントされている。視界正面には捉えられた獲物に重なる様に二重丸のターゲットがマークされ円の外側に獲物の動いている方向に短い矢印が表示される。この矢印は獲物の移動強度により薄い灰色から濃紺まで、こちらへ向かってくる場合はオレンジから朱色に色彩が変化する。ジュンは右手で背中のHVLS(ハイ・バイブレーション・ロングソード)を掴み戦闘体制を整える。


 HVLSの切先を右後方に構え、足元に力を溜めながらチャンスを窺う。獲物の顔が木の影に入った瞬間、一気に力を解放し草原を駆け抜ける。獲物の手前右側の幹に跳躍し蹴った反動で左側へ飛ぶ。獲物の首を視野に入れHVLSを振り下ろした瞬間、ブシュッと言う音と共にズズンと獲物がくず折れた。


 獲物に近づき切断された首元に右手の中指を差し入れる。


〈食用に適しています〉


『RIRI、今までの食用可能な獲物をリストにまとめて』

  〈完了しました〉


 周囲を警戒しながら、後ろ脚を縛り木に吊るし血抜きを行う。




「外が騒がしい様ですね。」

「姫様、恩人様が獲物を携えて戻りました。」侍女のルミネが伝えに来た。


 煮炊きをしている竃の方から騎士達の歓声が上がっていた。近づいて見るとジュンが大きな獲物を降ろした所であった。


「凄い、大きな牙猪ですね。今晩の夕食は豪勢になりますね。」


 2メートル以上もあるかと思う程の大きさに騎士達は歓声を挙げていたのは勿論だが、その大きな獲物を軽々と担いで現れた恩人への賞賛が殆どであった。あの華奢な身体の何処にそんな力があるのか不思議に思いながらも心からの賛辞を送ったのである。


 小一時間程で簡単な宴の用意が整い、肉の焼けた香りを中心に皆が集まった。


「皆の者、簡素ではありますがこの宴を死者に捧げましょう。」マリーナ姫はロイドに頷いた。

「良き友に。」ロイドは大きな声で音頭をとった。負傷した者も全員で復唱し宴が始まった。



 マリーナ姫の誘いにより、姫の隣に腰を落ち着けたジュンは姫と共に肉を頬張った。とてもスパイシーな味になっていて頬が緩む。


「・・・美味しい。」姫の瞳を見つめて囁いた。


「良かったわ。代々伝えられている肉用の粉を加えてるのよ。それに、仕留めて頂いたこの種類はとても貴重で味も濃く城下町ではとても高い部類のお肉なの。調理人もこの大きさに驚いていたわ。」


「・・・代々・・・粉。」ジュンは不思議な表情で聞き直した。


「代々とは、ずっと昔、古くからで。粉って言うのは、・・・待ってね。」マリーナ姫は手振りを交えてゆったりと説明し、調理人を呼んで実際の調味粉を見せた。


 調理人が持って来た物は、胡椒に爽やかな香草を足した様な香りだった。マリーナ姫との会話はとても楽しく勉強になった。姫は常にゆっくりと話し、私の表情を感じ取り説明を納得するまでしてくれるからでもあった。


 姫はこのゆったりとした時間の中で、ジュンが「魔の森」の奥にある禁忌地区からやって来た事を理解した。彼女の故郷は禁忌地区よりさらに遠くの地にあるらしいのだが、この世界の誰もが「魔の森」を超える事さえ出来ないでいた為、知るものさえいなかった。魔の森の奥へ行くに従い、より凶悪なる魔獣達が闊歩しているため進む事も出来ないでいたのだ。禁忌地区を抜けた先に彼女の纏っているアーマーや武具が造られていると知ると心に踊るものがあった。




 幾ばくかの酒も出され、肉の味に舌鼓を打っていると。ロイドが立ち上がり皆を鎮め姫様に傾聴する様に促した。静まり返った中、マリーナ姫は立ち上がりジュンを示し「皆の者、わたくし達はこの者に命を助けられました。皆も見た様に、勇壮なる戦い方には目を見張るものがありました。とても力強く勇敢で力持ちでもあり、そしてとても美しい少女です。」

「王国に戻った際には充分なる報奨を持ってわたくし達の命の対価をと考えています。」


「しかしわたくしはハーディナル王国第一王女として、今ここで心からの謝意を表明いたします。美しき彼女には【黎明】の二つ名を与え、これ以降は黎明の騎士と呼ばれる事を願います。」大きなどよめきと歓声が上がった。


 この世界に於いて王族の継承権が発生する姫達には、自身を守護する守護騎士を任命する権利が与えられている。その守護騎士の中でも特別な者として二つ名を与え地位を約束する場合もあった為、皆が驚きどよめきが上がったのである。


 慣例であれば守護騎士としての任命が先であるのだが、今回の場合は報奨の一部としての二つ名である為に守護騎士の位が与えられた訳ではなかった。

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