マリーナ姫

 食用の狩をしたり、数種類の木の実でビタミン類を補強したり、周辺の地図を書き上げたり、時にはのんびりと休養したりしながら探索を続けていた。


 コンバットスーツが八割ほど回復したので体から外すことができる様になった。待ちに待った水浴びだ。コンバットスーツのパーツを外しひとつひとつ丁寧に洗った。素っ裸で比較的深めの場所に飛び込む。


「ふあ、気持ちいい。空が真っ青だ。」ぷかぷか浮きながら空を見上げる。

「素っ裸で泳げるなんて、向こうでは無かったからなぁ。」


「開放感って、この事なんだね。なんか身も心もスッキリ。」


 川での水浴びは気持ちが良い。支給されている分解性全身シャンプーで隈なく綺麗にする。このシャンプーは無香料で使用後は自然界に脅威を与えない成分へと分解されるから安心だ。


「・・・ああ、気持ちいい。髪もサラサラに回復したし、気になる匂いも無くなったわ。」暖かい陽射しを浴びながら人目を気にせずにゆったりする。


 川岸にある飛び出した岩の上で日光浴しながら考えに耽る。忙しかった向こうでの生活。生活とは言えないかもしれない訓練の日々だった。グランドリバーサイド戦術部門でサユリに出してもらったお菓子の名前聞き忘れたわね。フルーツの香りが絶品だったわ。パフェが食べたいな。珈琲も飲みたいし。


「ダメね、今は忘れなきゃ。・・・精神が参っちゃいそう。」


 身体を清潔に保つって、こんな山ん中で生き抜いてる最中では難しいのかもとも思うけど、これからもなるべく日の高い時間帯に入ろうと思った。




 拠点から一泊の距離を過ぎたあたりで既に20日目に入っていたが、ここまで探索範囲が伸びたのでそろそろ拠点の移動をと考えていた。


 木々の間を抜け小高い丘の手前辺りで剣撃の音が聞こえて来た。すぐさま膝を突き警戒戦闘体勢に入る。どうやら丘の向こう側から音が聞こえてくる様だ。


 静かに丘の上を登り向こう側を覗くと、驚いた事に中世の甲冑らしき物を纏った一団が血に塗れて戦っていた。よく観察すると、純白のローブを纏った女性を四人ほどの紺色のローブを纏った女性の一団が囲む様にしていて、その外側で甲冑の剣士達が戦っていた。見える範囲で数人が倒れている。


 この位置からでは剣士達が戦っている相手が見えなかったので右側の尾根に移動しながら相手を確認した。「・・・腰布だよ。うわ、あれって人間か ?」相手は腰布一枚に全身が濃緑で白い模様が描かれている凶悪な姿の異人達であった。その背後に背丈の高いずんぐりした大男が見えた。「・・・牙が生えてる。ダブルヘッド・バトルアックス・・・なの・・・あれ。」仰々しく首飾りや獣の皮を被り目元を朱色に染め口元の両側から大きな牙が生え獰猛な顔をした大男がいた。その太い手には巨大なダブルヘッド・バトルアックスが握られている。どうやら剣士たちの形勢が悪い様だ。


『RIRI、中世みたいだけど、あの姿は異様過ぎよね。どっちが正義かって見た目では剣士達だと思うんだけど』

  〈情勢が不明な為、介入には注意が必要です。ジュンの世界観で考えれば中世風の騎士たちに正義があると思えても、全く違う世界観で成り立っているかもしれません〉


『そうよね。・・・でも、これからコミュニケーションを取るならアッチはやだな。腰布一枚とか、無いわよね・・・あれは』

  〈あの生物や中世風に見える騎士たちの纏っている甲冑に類する物も記録にありません。甲冑に類する物に関しては私たちの古代世界より洗練された品質で構成されている様です。また、先頭で戦っている騎士のソードから微弱な波動が検知されています〉


『波動・・・。HVLSの様な?』

  〈いえ、ソード自体を薄く覆っている様です〉


『ソードに波動被膜って聞いた事は無いわね。・・・あっ・・・騎士達がやばそうね。介入するわ、腰布達を敵と仮定。強化モードを瞬発力と腕力に、そしてシールド二割でお願い』

  〈設定しました〉


 先頭で戦っていた騎士が後方へ飛び素早く状況を確認した後、純白ローブへ大声で何かを伝えていると矢の様な物体が飛来し騎士数名に命中。一人がダウンした。紺色ローブの2人が手の平を突き出すと淡いモヤ状の物が倒れた兵士を包み込んでゆく。


 移動しながら状況を観察していたジュンは驚く。「あれって・・・御伽話の魔法じゃ無いわよね。」と呟いた。


 丘の上からHVLSを抜き敵陣の側面から突っ込む。矢を構えていたアーチャーと思しき数人を薙ぎ払い側面の幹にジャンプした反動で背丈の高いずんぐりした大男の上から袈裟斬りで切り払い着地した。騎士たちに向かい合っていた十数人を背後から切り払ってゆく。




「姫様、どうか侍女達とお逃げください。後半刻も持ちません。」近衛師団長ロイドが大声で叫んだ。次の瞬間矢が飛んで来て数人の騎士が撃たれ一人が倒れた。「エリー、ミシェル。かの者に慈愛の恵みを。」純白ローブを纏ったマリーナ姫は紺色ローブの侍女2人に告げる。2人は急いで倒れた者に向け手を突き出し詠唱すると薄黄金色モヤが発生し倒れた者を包み込む。


 敵の陣営から大きな叫び声が聞こえて来た瞬間、ロイドは最後かと意を決して振り向き固まった。


 敵の陣営に黒い影の様な素早い動きで次から次へと薙ぎ倒して行く何者かがいた。その者は幹へのジャンプの反動を利用して敵の首領であるグリー族のキングを上からバッサリと切り裂いたのである。その動作は止まらず後方のキングを切り倒した後、こちら側に展開している数十人に飛び込んで行き、あっという間に蹂躙してしまった。


「・・・な、なんだ、何者だ。グリーキングを一刀の下に伏してしまうとは。」ロイドは心底驚きながら呟いた。鍛錬を欠かさず近衛師団に入団してからも剣技を磨き師団長にまで登って来た自分である、グリー族のキングは師団の数の力で向かわなければ倒せるものではない。




 ジュンは敵を殲滅した後、周囲を確認していた。『RIRI、周囲に残党がいるかどうかの確認をお願い』

  〈周囲50m以内に行動中の残存兵力は確認できません〉


 ジュンが騎士達の方を向きながら佇んでいると、先頭に居た騎士が近づいて来て5m程の距離で止まった。こちらを観察している様だ。騎士の後方から純白ローブを纏った女性とその後ろから2人の紺色ローブを纏った女性の一団が近づいて来る。


 純白ローブの女性が騎士の少し前に出て優雅なお辞儀をした。彼女は何かを話しているのだが、内容がさっぱり分からなかった。


『RIRI、彼らの言葉を解析できるかしら。なに言ってるのか分からないわ』

  〈語彙数が少なく現状での解析は困難です〉


『そうよね。出会ったばかりの種族だし。特徴から種族を仮確定して分類し言葉を継続解析して』

  〈はい、仮確定し種族毎のファイルを作成、言葉の継続解析を行います〉


 ジュンは相手の佇まいから位の高い人物と仮定し、言葉が分からないとジェスチャーで伝えたのち特務員独自の戦闘時答礼を返した。その姿を見た紺色ローブの1人が彼女に後ろから何かを囁いていると。騎士が純白ローブに囁き帯剣している鞘ごとソードをゆっくり抜き騎士の右横の地面にそっと置いてこちらを見た。


『・・・帯剣しているソードを鞘ごと地面に置いたわね。敵意が無いと言う意味かしらね。RIRI、周囲の状況に動きがあったら警報を』

  〈はい、ジュン〉


 ジュンは右手に持っていたHVLSを一度振ると背中側に持って行く、すると自動的に背中に装着され目立たなくなる。


  〈古代中世の語彙に近いものがあります〉


『解析できた内容と近い内容を私の記憶素子に構築して』

  〈完了しました。引き続き解析を続けます〉


 膨大な言語の習慣や行動記録ファイルから、現状認識された数種類の単語と目線や行動を基に彼らに当てはまる数種類の言語体系が選択されジュンの言語中枢システムへインストールされた。断片的だが彼らの話している内容が少しずつ分かり始めた。




 見た事も無い様な全身黒の鎧で身を固めた少女が漆黒のロングソードを片手に佇んでいた。ゆっくりと近づいたロイドは5m手前で立ち止まった。赤茶色に整えられた美しい髪、薄い赤色の目はこの世界では珍しく高級葡萄酒とされているロゼンヌワインを彷彿とする色であった。このような瞳は初めてである。全身からの貴賓溢れるその佇まいは、戦神の様な神々しさに包まれていた。しばし見惚れてハッと我に帰る。


 マリーナ姫は命が助かった事を心からホッとしながらも周囲の状況を確認し侍女達に治療の指示を与えるとロイドが進んで行くのを見つめていた。「・・・えっ。」ロイドの陰から垣間見える命の恩人は少女の様に見えた。直ぐに2人の侍女を同行させロイドの後を追う。


 ロイドの前には、14、5歳の美しい少女が佇んでいた。この少女が戦っていたのかと知ると驚きを隠せない。


「・・・此度は助けて頂き誠にありがとうございます。」マリーナ姫は優雅に王族式の挨拶をする。

「ハーディナル王国のマリーナと申します。先ほど魔獣族に待ち伏せをされ、多くの近衛騎士が倒されてしまい正に窮地に陥っていた所をお助け頂き心から感謝を申し上げます。」何か少女は困惑している様に感じた。


「わたくし達は王都に戻る途中でした。ぜひ心よりのお礼をさせて頂きたいと思いますがこの場では命を助けて頂いた御礼も出来ません。不躾な願いですが、どうか一緒にお城に来ては頂けませんでしょうか。」マリーナは真剣な眼差しと共に頭を下げた。


 後ろの騎士達がざわついた。この世界で王族が頭を下げる事など見たことが無かったからだ。


 少女は、左手を振りながら困惑した顔で何かを伝えようとしている様だった。暫くすると、右手のロングソードをゆっくりと顔の前に直立させ左手を右手に重ね直立不動の姿勢を行い、左手を胸の位置で留めソードを一気に右下へ振り下ろした。


「姫様、戦闘国家グランゼルの礼式に酷似している様ですがあのお姿には覚えがありませんので出身は違うかも知れません。」と紺色ローブのルミネが早口に告げる。


「・・・グランゼル・・・。姫様、かなりな強者である事に間違いは無いでしょう。帯剣を解き敵意の無い事を伝えたいと思いますが。」近衛師団長ロイドが姫様に囁く。

「はい、その様にしてください。」正面を見つめながらロイドに答える。


 ロイドは帯剣している鞘ごとゆっくりと抜き右横の地面にソードをそっと横たえた後、少女を見つめながら立ち上がった。


 少女は暫くこちらを見つめた後、右手のロングソードを一度振り背後に持って行くと背中に固定された様だ。


「・・・。」小柄な少女があの一振りを背中に持って行った後、ロングソードが見えなくなった事に驚き、ロイドは畏怖した。

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