第三章

異なる世界

『ありがとうRIRI。私の存在が何なのか思い出す事ができたのは大きな収穫ね。取り敢えず大きな課題の前に、現在使える武装はどの程度か確認しておきたいな。どの程度の戦闘なら大丈夫か知っておきたいし。』

  〈コアシステムが100%回復するまでは、接続連動型ウエポンに関して使用制限が掛かります・・・〉


 RIRIと協議しながら全システムが完全回復するまでは生存を最優先とする事にした。その為、武装に関しては光学迷彩マントは防御率30%に全振りし迷彩系統は使用不可とした。コンバットスーツは多くのエネルギーが必要な為、現在進んでいる修復機能をメインとし電磁反発シールド20%まで。


 主要ウエポンはハイ・バイブレーション・ロングソード(HVLSヘブルス)を最優先に考えバイブレーション機能を60%まで引上げる為のエネルギーをストックする事に。その他、使用時認証が常時発生する部類は使用不可。アサシン系短剣2本は例外とした。


『HVLSをバイブレーション機能ゼロで使ってたから最大60%まで使えるなんて・・・雲泥の差でしょうね』電磁カップを取り出しスープを用意する。


『お腹が空いだので朝食・・・昼過ぎ位なのね。昼食を食べた後にまたお願い』

  〈はい、ジュン。ゆっくり味わってください〉


 昨晩味わったスープとは違い、今回のはオニオン味であった。これも美味しい。棒状クッキーと合わせてモグモグと食べてゆく。




『RIRI、お待たせ。一番の懸念と言うか問題と言うか、・・・で、ここってどこなの?』

  〈強制保護モードに移行した後、エマージェンシーシステムが立ち上がるまでの最初の1000分の1秒程度が完全不明となっています〉


『・・・え、完全に不明って1000分の1秒でもあり得ないわよね。どんな重傷でも生存している限りは痕跡が途絶える事なんて無いわよね。・・・全ての認識端末が破壊されたら別だろうけど・・・って、一度死んだって事なの・・・。』

  〈敵地で振幅波を検知した後、巨大な熱エネルギーを伴ったパルス波を照射され、それを避ける為に緊急回避行動を行いましたが避けた場所の前方と後方に大きな熱反応が発生しました〉


『タイミングが不自然だったのよね。索敵レーダー偽装の為に反響ダミーを射出して直ぐに索敵開始したと同時位にパルスが照射されたんだもんね。・・・大体、偽装したのに直接向かってくるって、それも私の軌道を読んでるような場所に打ち込んで来たのよね』


「・・・そっか、迂闊だったわ。内部漏洩を疑っての特殊保護指令下だったんだもの。」


  〈索敵レーダ波は固有波を使用していますのでジュンの波長が敵の手中にあったと考えれば辻褄が合います。1、索敵開始直後に進行方向へ照準が合った。2、回避先にピンポイント照準が行われた。この二点に於いて固有波を追跡しての攻撃であったと断定する事ができます〉


『そうよね。・・・その通りだわ』

  〈敵からの攻撃弾着時、先行した電磁波の一種を検知したため緊急保護モードに移行しました。保護モード処理中の観測によると電磁高圧マイクロバーストの発生を検知し中心部に時空亀裂と思われる事象を観測しています〉


『なんだか凄いわね。その状況下でよく生存できたわ』

  〈エマージェンシーシステムが最初に捉えた現象ですが、コアジェネレータ内部の量子リアクターに対して強い力が働いた痕跡が確認されています。この痕跡が1000分の1秒によって成された結果、この世界からの何らかのファクターにより時空亀裂からこの世界へ引き込まれたと結論づける事によって現在の状況をより良く説明する事ができます〉


『そうか・・・、敵からの攻撃直後に時空亀裂が起こると同時に何らかのファクターが発生し、今いるこの世界に来ちゃったと・・・』


『RIRI、・・・大丈夫かおまえ・・・って、言っていい』

  〈心証は理解します。過去に時空亀裂が偶然に発生した事例も、研究施設による実験などにより時空亀裂を10000分の1秒程度の時間生み出した事例もあります。また、航空機や人が時空亀裂と思われる事案に遭遇した所を観測もしくは目撃された事も記録として残っています〉


『RIRIの言ってる事も、伝えたい事も分かってるし理解もしてるつもりよ。・・・ただ、認めてしまうと私が時空亀裂の中を移動して生きている生き証人みたいだもの・・・』


 薄々は勘づいていた。任務先で攻撃に遭い、目覚めた先が見知らぬ生態系だった事実。遭遇した巨大で太い角が生えた6本足の生き物。巨大な鳥類。その他にも小動物や小鳥さえも初めての物が多かった。澄んだ空気、清らかな川の流れ、どこまでも高い巨木群など、自分がいた世界では見た事も聞いた事もなかったからだ。


「私も思ってたのよね。ここは知らない世界・・・異なる世界だって。」



 ジュンはこの世界での7日間と言う現実に向き合った。自分の体は完全に回復した訳ではない。手元にある有限資材を大切にしなければならないし、必要な物資はこの世界で調達しなければならない。


 何よりも孤立無縁だ。これでは長期間の生存は望めない。


 偶然が重なったとしても異なる世界に来た以上は、帰還方法も探せるはずだ。「自分が住んでいた世界の時間軸からかけ離れていなければ・・・。」まずは、生存を第一にしなければならない。時空亀裂を移動したと言う信じられない情報は持ち帰るべきだろう。




 翌日の朝、日の出から1時間程度が過ぎた頃、ジュンは目覚めた。昨晩、これからの最大目標を帰還する事に置いた。その為にも現在の孤立無援状態を打開し周辺状況やこの世界の状況を把握し、生存に全ての力を尽くす事を大儀と定めた。


  〈ジュン、おはよう〉


『RIRI、おはよう。今日の目標は温かい食事よ。竈の場所を探しましょう』

  〈はい、ジュン〉


 朝食を終えると、対岸に渡りまだ探索していない奥の方へ向かう。目標は拠点とした洞窟から二時間程度までの距離だ。川を挟む事によって臭気などの痕跡を辿れにくい状況とする事、獲物を捌いた後の血の臭いなどから拠点を離し他の生物を寄せない様にする事が目的だ。


 崖に囲まれた谷を川から10mほどの距離に沿って奥に進んで行くと、崖の高さが次第に低くなっているのに気づいた。拠点からの距離を考えるとこの辺りでと思っていたが、周囲の状況からこの先を確認する必要があると結論し探索を続ける事にした。対岸の崖はすでに木々に隠れて見えなくなっている。




 拠点から3時間程の地点まで来ると、植生が何となく変わった気がした。谷間は過ごしやすかったが、この辺りはじっとりと大気が重い感じで湿っている。


「・・・っ、殺気の圧力か。」大気の重さが異様だ。


 その場で警戒戦闘態勢に入る。


『RIRI、今感じている圧力は』

  〈五感に影響する空間波が周囲3地点から発せられています〉


『それを殺気カテゴリーに入れて発する相手を敵と仮定義して』

  〈定義しました〉


『俯瞰図による敵位置をマーク。殺気の大きい順に強度指定して』


 視界の左下に四角い俯瞰図が現れた。その中に三箇所の大きさの違うアイコンが表示され直線距離がカウントされている。マークした敵は少しずつ移動しているようだ。すでに囲まれている。


 一番大きなアイコンに神経を集中する。この圧力がどの程度の強さなのか識別出来ていない為、慎重に行動する。


 見えた、木の影から猪の様な姿だ。「・・・っ、大きいな。」


 大きな猪に似た生物へ一歩踏み出した時、左右から他のアイコン2つが勢いよくこちらに向かって来た。


「・・・早い。」タイミングを見てバックステップで後方に飛ぶ。2頭の3m程の獣が目の前で衝突すると左の獣が横倒しになった。瞬間、右の獣にハイ・バイブレーション・ロングソード(HVLS)を切先を上にして左逆袈裟斬りで左下から右上に一気に抜き切る。ブシュっと言う音を聴きながら横倒しから半身を起こした獣に向け真っ向斬りで上から下へ放つ。ザンッと音がし頭部が左右に分かれる。


「・・・ふぅ。さすがHVLSね。反動もなくサクッと切れるわ。」残った大きな獣を見つめる。


『今できる最大強化を瞬発力と腕力に』

  〈はい、ジュン〉


 目の前の倒れた獣を飛び越え一気に距離を詰めながら獣の頭部方向の木間を抜ける。獣は後ろ足で立ち上がりながら咆哮を上げ前足を振り下ろして来た。突入した勢いのまま獣の前を抜ける直前、右に体勢を変えHVLSで横一線に胴を切り上げた。「浅い。」


 目前の幹に跳躍し反転ジャンプして獣の上部に身を踊り出す。頭部の付け根に上から刺突する。獣は大きな身震いの後、その場に頽れた。


「・・・でかいな。6mはありそうね。」




 口の脇から左右に2本ずつ牙が生えている。頭部にも小さな角があり足は6本だが見た目は猪にそっくりだ。巨体の血を避けながら最初に倒した小ぶりな方に向かう。


『RIRI、食用にできそうかしら』

  〈獲物の血を右手の中指に乗せてください〉


 ジュンは右手の中指を獲物の血溜まりに入れる。


  〈解析完了。食用に適しています〉


「はあ、よかった。これで温かい食事ができるわね。」ジュンは獲物を物色し、肉付きの良い中足を切り落とし血抜きをする。小1時間で大体の血抜きを終え大きな葉に包んで拠点方向に戻る。


 最初に竃をと思った地点に戻ってきた。拠点からは大体2時間程の所だろう。周囲の地形を見定めながら竃の位置を決める。担いでいた葉に包んだ肉を手頃な枝に掛け、石や枝を調達してゆく。


 30㎝程の段差のある場所に石を積み枝を重ね置く。バックパックのキャンプ用具からバーナーを取り出し火を起こす。2時間程度で熾火が出来上がったので葉に幾重にも包んだ肉を入れ蒸し焼きにする。


「・・・ああ、お腹すいたなあ。もう夕方かしらね。暮れる前に拠点に戻れるといいんだけど・・・。」


 小1時間程して蒸し焼きの肉を取り出し葉を剥く。再び火を起こし強火にした後、肉の足先を持ちながら皮についた毛を焼き、ナイフでこそげ落とす。


 キャンブ用具から小ぶりなフライパンと塩を取り出し肉を調理してゆく。


「・・・うううん。美味しい。なにこれ、美味しいわ。」久しぶりな肉と言うこともあり肉自体の旨味と塩のバランスも良く、日が暮れるのも忘れて味わう。行動糧食以外を食べたいと思う程に回復した様だ。

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