5日目
周辺探索は5日目に入っていた。太陽が高い位置になり、そろそろ休憩でもと考えていたら水の音が聞こえて来た。その瞬間、周囲への警戒なんて吹き飛んでしまった。せせらぎの音へ向かって早足になり、躓きながらもガサガサと音を立てながら背丈程の草を掻き分けた時だった。目の前に3m程の幅の川を発見した。
「やっとだ、やっと川の流れを見つけた。」
喜びに満ちながら一歩踏み出そうとした時、ほんの近くから生き物の唸る声がした。『うわっ』と心の中で目一杯に叫んでその場に片膝を突き警戒戦闘態勢に入る。
周囲に意識を飛ばす。『何処からだ、近くなのか』清らかな水の流れる音と風に囁く葉の音しか聞こえない。『・・・おかしい、他の音が無くなっている』後方に意識を集中する。何かからの圧が背中にある。柄に添えていた手で一気にハイ・バイブレーション・ロングソードを抜き横一線の薙ぎ払いを後方に放つ。
ブシュッと言う音と共に重い手応えを受けながら回転して後ろを見ると、2m程の熊のような生き物が倒れていた。額から汗が流れ鼓動が速くなっている。
幾ら待ちに待った水との対面だからと言って、自分を見失うとは情けない。知らない未開の地だからこそ今までは警戒を厳にして来たのに、この一瞬で自らの命を散らす所だった。飲料水はバックパックの3日分とコンバットスーツに備え付けられているライフパックの1日分と合わせて4日分しか無い所を何とか引き延ばしながら此処まで来ていた。生命線となる水を発見しては無理からぬ事だと自身を納得させる。
『エマージェンシーシステム』
〈はい、マスター〉
『今、HVLSで生き物を切ったけど強い反動があったのは何故なの』
〈ハイ・バイブレーション機能が停止中な為、現在の状況では通常剣と同様の効果しか無いとお考えください〉
「え、マジなの・・・それって。」ギョッとする。
『この状況だと、どの程度の硬度に対応できるの?』
〈現在メインシステムが不活性状態ですので推測になります。特殊鋼強化材ロングソードはバイブレーション機能が停止中であり、両手筋力強化が未回復状態。切断時反発力が筋繊維へダメージをそのまま伝えます。これらの事から試し切りを行い筋力強度を確認しながらの使用をお勧めします〉
「はあ、自分の筋繊維が耐えられないのね。合金の剣で叩き斬るんだもの筋力が無いと何も切れないわよね。・・・強化システムがダウンしてる以上、骨格強化されているとは言え・・・ダメよね。」
「・・・だからか・・・、肩と右手首が痛いし、それに腕がだるくなってきたわ。」しばらく肩と手首をそっと揉みながら周囲を警戒する。
「所で、あの生き物って食用にできるか分かる。」
「・・・」
『あっそうか、エマージェンシーシステム』意識を集中し呼びかける。
〈はい、マスター〉
『あなたをエマって呼んでいい』
〈固有名称をエマで登録しました〉
『エマ、あそこの切断した生き物は食用にできそうかしら』
〈メインシステムが回復していない為、表皮接触ユニットが使用できません。マイクロ修復ユニットによる情報収集を代替方法として提案します。白タブレット錠剤を粉末化し、粉末の100分の1程度を生物血液へ投下してください。通信可能範囲は2m程となります〉
「うーん、そうか。メインシステムがダウンしてるから通常の確認は出来ないけど、緊急と考えて白タブレットを使う方法か。」声に出して呟く。
白タブレットは体内医療システムの活動端末として外皮・内臓・強化部位の修復及びデータ収集を行う為のマイクロユニット粉末を固めた物である。粉末状の最小単位では情報収集及び通信を行う、1タブレット単位まで密度が増すと外皮・内臓・強化部位の修復までを賄うことが出来る。強化処理をしているエージェントすべてに日常的な経口摂取を義務付けている。
マイクロストーム錠剤は、生命を脅かす重度緊急時に対して使用する物とし外内傷に対処するマイクロ医療ロボを体内に経口摂取で送り込みシステムの基幹部、骨格・筋繊維・眼球・心筋循環器系統、欠損部位の修復等を専用に行う物である。
『メインシステムが起動できないから・・・。行動糧食があるとは言っても有限資材を使ってまで行う事は考えない方が良さそうね』
大量な血を流して倒れている生き物を見つめる。『この血に誘われて集まる生き物を警戒しなければならないわね』ジュンは周囲を警戒しながら上流に向けて移動を始める。
川幅は3mから5m程度に変化しながら蛇行していた。狭い箇所で川を渡る。
感覚で1時間程進むと、大木が目立っていた最初の拠点付近とは違い故郷の森林と言える様な森が目前に迫っていた。森の中を進む前にこの付近で食事休憩にと考え川から5m程奥まった場所にある窪地を見つける。
バックパックから使用済みの潰した飲料水ポッドを取り出し、waterと書かれたキャップを捻る。中に空気が入り自然に膨らんだ状態のボトルを川面に近づけ流れている清流を採取しキャップを閉め振るとキャップの頭がブルーに変化した。これは飲料可能というサインである。飲料可能かどうかは3回まで判断ができる仕様になっている。
「飲み水として大丈夫そうね。安心したわ。」ゴクゴクっと一気に飲み干す。
「はあ、美味しいわ。生き返るわね。」今まで経験した中で一番美味しい水だと感じた。ボトル水がキラキラした宝物の様だ。
パックパックから行動糧食を取り出し簡単な休憩を取る。
あれ以来、生き物と出会う様な事も無く森林の中を進んで行く。上空の何処かから余韻の残す様な鳴き声が聞こえる、鳥類だろうか。やがて森林がまばらになり、森が開けた先に渓谷の様な場所を見つけた。およそ20mはありそうな断崖が両側に聳え立ち谷の中心を奥に向け川が流れていた。
断崖の上方をしばらく眺めていたが特に動きは見られない。時々聞こえて来ていた余韻の残す鳴き声が気になるが今は無い。鳥類だとしたらこの先の谷間までの開けた場所は危険なルートと言っていいだろう。メインシステムが回復出来ていない為、現在使える武器は短剣2つとHVLS(ハイ・バイブレーション・ロングソード)一振りのみで有る。
「ざわつく様な奴が来なければいいんだけど。」意を決して開けた場所に入る。
体を隠す程の遮蔽物も無いため周囲を警戒しながら足早に進んでいると右視界に何かが入った。視線を向けると砂埃が立ち上がって何かが近づいて来ているのが分かった。
「やば、隠れるとこ無いんだけど・・・。」先の渓谷まではたんまりと距離が残っている。例え強化が100%使えても回避するには間に合わないだろう。素早く上空と周囲を確認し対敵戦闘に備えるとドドドっっと音が聞こえて来る。
『・・・っえ、複数なの?』砂埃が隠して単騎なのか複数なのかが分からない。
HVLSを両手で持ち姿勢を低くする。切先を右後方下段にしながら腰をゆっくりと捻り左手に力を込めて握り、右手を押し手として添える。砂埃から太い角が生えたサイの様な見た目の頭が見えて来た。大きい。両足に力を込め踏ん張る。まだだ、もう少し。
瞬発力を持てる限り溜め一気に爆発させながら敵の首下から斜め上に向けて振り抜きその力をバネに左側に回転しながらジャンプする。2撃目に備え振り向くと、巨体が前のめりに崩れ転がって行く所であった。地響きと共にドドドンっと言う転げる音が聞こえて来る。敵は1体だけの様だ。
周囲と上空を素早く見回す。砂埃が収まりつつある中、片膝をついた。首とは言っても相手は巨体である。ただの剣であれば尚更、強い反動により自分が吹き飛ばされる事もあるだろう。
「・・・息が上がるわね。反動が少なかったのは運ね。」腰の捻りを最大限に利用し左手を引き手とし右手を押し手とする事で居合の様な強力な振り抜きの妙技となった事が幸いしたのだろう。前回の様な痛みの伴う反動は無かった。
「はぁ、これが複数と勘違いした要因ね。」倒した敵は大きく足が6本も付いていた。未知の生き物を調べたかったが大量の血と周囲の状況から判断し諦める事にする。
すぐに立ち上がり谷間を目指して足早に進む。目標まで20m位と言う所で進行方向左から影が近づいて来るのに気づく。「くそっ。鳥類か。」さっと振り返り確認すると石を拾い奥歯を噛み締めて力を振り絞り駆け始める。
『エマ、緊急避難全開』
〈はい、マスター〉
通常であれば緊急避難の全開は120%以上のブーストアップを行い各強化パーツを限界まで底上げする事になるが、現状では5%程度の上乗せしか出来なかった。着々と回復してはいたがアーマー機能30%、行動アシスト機能25%に対しての5%上乗せが精一杯であり使用限度は1分程度であった。
次第に影が大きくなり自分が影に呑まれて行く。「・・・ってデカいぞ。」片足を軸に回転しながらジャンプし振り向き様に影の主に石を投げ付け谷の入口から奥へ転げる。素早く木々の間に身を隠し振り向いた時には影は居なくなっていた。
周囲と上空を警戒しながら音に意識を集中させる。
啄む音と呻き声がしていたので、ゆっくりと見渡せる場所まで戻ると、巨大な鳥類が首なしのサイを咀嚼していた。「うわ。私の獲物を食ってる・・・。しかし、デカいな。見た事もない・・・鳥類なのか・・・あれ。」しばらく眺めていると巨大鳥の首が持ち上がり此方の方を向いて固まった。
「・・・目が合った・・・のか。」見てると巨大鳥がこちらの方を凝視し、嘴で獲物の頭を足の爪で啄んでいた胴体をガッチリと掴み羽ばたいた。バフっと言う音波と共に衝撃波がやって来た次の瞬間、上空高い所まで飛び上がっていた。
周囲の草木が揺れている。あんなのと戦いにならなくて良かったと心底思った。「私はどこに来ちゃったんだろう。」と思いながら気が沈む。謎が多すぎるし記憶も不完全だ。ため息が深く流れる。
疲れと共に振り返り奥地へ向け進んで行く。しばらくすると両側の断崖は低くなり10メートル程の高さに連なっていた。
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