第二章
見知らぬ森
巨木が林立している鬱蒼とした深い森の中、突然の光と共にバリバリっと空間が震えたと同時に周囲の音が掻き消され一斉に静かになる。音が途絶えて暫くすると、何事も無かった様に風に揺られ擦れる葉の音や生き物達の音が戻って来た。
光が発生した巨木の根元が抉られ黒く燻んでいて、そこには赤茶色の髪を短く揃えた漆黒の少女が横たわっている。
私は死んだのか。体が動かない・・・
深い霞の中のようだ・・・
ん、なんだ、死んだって何だ・・・
体が動かないって・・・
ここはどこ・・・なの・・・
あれ、私は・・・
漆黒の少女は重くなった体をやっとの思いで起こし、抉れた巨木の壁に寄りかかった。焦点が結ばれていない瞳は細かく揺れている。
ボーッと周囲を見回していると、ゆっくりと音が戻って来た。熱帯地方特有の生き物と木々の騒めきだ。自然と手に焦点が合った。傷だらけの何かが張り付いている。見える範囲での全身がボロボロだ。
「ああ、体がうごかない・・・」自分の出した声に驚く、喉が痛い。
喉がとても乾いていたのに気づく。目の隅に黒い塊があったので時間を掛けて手元に引っ張る。「・・・辛い」
ファスナーを開けて中を探ると潰れた様な形状の物体に何となく見覚えがあり手にしてみる。waterと書かれたキャップに触れるとプシュっと音がして中に水が湧き出てパンパンになった。キャップを開けて口に含む。美味しい。咳き込みながら半分程飲む。幾分力が出た様に感じる。
「ああそうだ、これは飲料だったんだ。」少し思い出した。潰れた状態で保管されていて、上部キャップのwaterと書かれた部分を押すと空中から水分を集めて飲料可能とする簡易ボトルだった。
焦燥に駆られ中から四角いパッケージを手に取り開封する。何故かそれを食べなければならないと強く思った。中には棒状のクッキー2本と白いタブレット状の錠剤3枚が入っている。白いタブレット錠剤を口に含むと、溶ける様に無くなる。何故か安堵する。ゆっくりとクッキーを咀嚼し水を飲み白いタブレット錠剤を口に含むを繰り返す。
気がつくと、少し寝ていたようだ。
少し体が軽くなっている。引き寄せた黒い塊はバックパックだと認識できた。中に白いボックスが入っている。それを見た瞬間、また焦燥に駆られた。中の物を取り込まないと、と。白い箱を開けると人差し指程の筒状の物が並んでいる。キャップがオレンジ色とイエロー色に分けられている。
オレンジ色にはマイクロストーム錠剤と記載され、イエロー色には緊急時高栄養錠剤と記載されている。欲するまま、オレンジ色から10錠、イエロー色から5錠を取り出し、水と一緒に飲む。次第に目が霞んでゆく。
薄闇の中に居た。どれほどだろうか意識を失っていた様だ。
節々の動き難さは幾らか良くなった様に感じる。巨木の抉れた場所に居る自分の周りに燻んだ匂いが強く立ち込めているのに気づく。全身が燻されている様な感じだ。遠巻きに生き物が通り過ぎて行くのが微かに見えた。一瞬見た姿に心がざわつく。
改めて周囲を確認する。見える範囲には大きな民家が建てれる程の幹の太さを持った巨木が数本。その間に背の高いブッシュや背の低い木々があるという様な感じだ。幾らかの生き物を見たが、植生も生き物も知らないものばかりだ。聞いたことも見たことも無い存在だ。
空を見上げると遥か彼方に巨木からの枝が鬱蒼と茂っていて風で揺れているのか薄闇の空が垣間見えた。
目の端に明滅している薄い光が入る。左腕に装着されているターミナル状の物からだ。開いてみると“緊急”と言う文字が点滅しているのが分かった。そこに触れると耳の奥の方で何か聞こえたような気がしたので耳の奥に意識を集中させる。
〈エマージェンシーシステムの起動が必要です〉
今度はハッキリと聞こえた。この言葉が繰り返されている。
「何・・・、起動って何・・・なの。」訳がわからず呟いた。
〈意識を集中し、頭の中で私に指示してください〉
『・・・え、エマージェンシーシステムって何・・・』
〈エマージェンシーシステムはあなたを助ける緊急システムです。あなたの意識が覚醒されている為、明示的な許可が必要です。起動しますか〉
「・・・聞こえてくる意味がよく分からない、何で頭の中から声が。私を助けてくれるの。許可って・・・」自分自身の情報はもちろん何故ここに居るのかも何があったのかも分からない状況でいきなり頭の中に声がした事に恐怖を感じる。
〈T60・・・60分以内に起動できない場合、致命的な損傷が残る可能性88%。コアシステムが崩壊する可能性65%。・・・〉
『分かったわ、起動して』
〈エマージェンシーシステム起動します。このまま意識を私に集中してください。コアシステムの再起動修復の為、10分程度意識がロストします〉
『待って、周りの生き物が危険なのでは』
〈周囲に立ち込めている大木の燻んだ匂いの成分が周辺生き物に対しての忌避材としての効果があると仮定します〉
『仮定って・・・、分かった、続けて』
〈開始します〉
しばらくして意識が戻った。何が何だか分からないままだ。
〈エマージェンシーシステムコール〉
『・・・え、はい』
〈システムと状況、予定などを共有します〉
頭の中心部が暖かくなってくる。めまいの様に視界の暗転が起こり暫くすると私の置かれた状況を新しい情報として認識した。
体内及び体外の損傷とコンバットスーツの重度な損傷の修復が必要な為、生命危機を感知しエマージェンシーシステムが発動した事。意識が回復状態であった為本人の明示的な許可が必要となった事。コアシステムの再起動修復は成功したがコアの回復には多くの時間が必要な事。全体の修復が60%を越えないとメインシステムが再起動できない事。修復を活性化し続ける為、マイクロストーム錠剤が断続的に必要になる事。修復資材として緊急時高栄養錠剤が必須な事。一週間程の食事は行動糧食とし中の白いタブレット錠剤が重要になる事。
メインシステムが回復しないと様々なウエポンが限定となりシールドは使用不可、ボディの光学迷彩は使用不可、アーマー機能は20%、行動アシスト機能は15%の範囲での使用となり連続30分程度の限定となる様だ。まるで中古の戦闘マシーンの様だと思ってしまった。
「この状態なら、戦うより影に潜めって感じよね。」乾いた笑いが起こる。
『改善される迄は、安全な場所を探しての拠点作りか・・・』
〈全リソースを修復に向ける様強く推奨します。強化を使用しない通常行動の範囲内であれば、1日6時間迄の行動を心掛けてください〉
「行動制限か、ため息が出るわね。取り敢えず、納得しない事は沢山あるけど生きる為に動くか。」
空が少し明るくなってきた様だ。ここを仮拠点として円周上に探索をしようと決める。確定では無い様だが、この大木の煤が生物の忌避行動に繋がるならと全身の手の届く範囲でボディに塗りたくる。
なんか渇望して来た。お腹空いた感じは無いんだけど。
『渇望するのは何故か分かる?』
〈システムにより脳内に指示を出しています〉
「マジなの・・・、私って操り人形かしら。」
〈メインシステムが回復するまでには多くの疑問が発生すると思いますがシステム回復まで回答はお待ちください〉
「いや、ただ素直に思っただけなんだけど。・・・そっか、なるべく質問しない様にするね」
「ではでは、脳が欲しているので、行動糧食を食べましょう。」
バックパックから飲料水ポッドを出しwater部分を押して満タンにする。一本500ccだ。本数は有限なので出来るだけ早く水源を発見したい。糧食パックを開封しのんびりと食べ始める。飲料水ポットは1日消費4リットルとし3日分の24個だが現在の残りは20個になる。糧食は30日分あるので当面は心配ないだろう。
左腕のターミナルを開け、現在地の地点登録を行う。現在使用可能な武器を準備する。使えるのは背中に装着されているハイ・バイブレーション・ロングソード( High Vibration long Sword(HVLS))と短剣2つだ。他の武器はメインシステムが回復してからでないと修復できないらしい。
取り敢えず、背にしている大木の周囲を確認する為に周回する。この大木の周囲には問題は無さそうだ。正面前方へ進むと45m付近で獣道の痕跡を発見する。昨晩ざわついた生き物が通った場所だろう。近すぎる。15m程戻り、拠点から30m範囲の探索を始める。ターミナルに表示される位置情報を頼りに主だった幹に印を刻む。正面の印にしたポイントから奥へ30m進む、途中獣道を越える。拠点から60m範囲の探索を行う。
拠点から後ろ正面約50m付近から湿地帯を形成していた。かなり広い湿地帯の様だ、目立った動きは見当たらない。
休憩の為に一旦拠点に戻る。
探索はハードだ、特にざわつく生き物との遭遇を考えると慎重にも慎重にならざるを得ないから体力の消耗が著しい。抉れた場所の燻んだ所からの煙も落ち着いて来ているので周辺生き物への忌避剤としての効果がいつまで持つのだろう。この場所で続けて寝ても大丈夫なのかと不安がよぎる。
上をぼんやり眺めていると、抉れた大木の根元から上15m程の所に折れた枝があった。あそこを寝床にした方が良いかもしれない。結構太そうな枝なので体を預ける程度ならと行動する事にした。大木の節の出っ張りを利用して時間を掛けて登ってゆく。
「・・・ああ、しんどいなあ。」下を見下ろすと結構な高さだ。巨木が乱立しているので遠方を見る事はできないが下よりはマシと思う。
この枝は幅が2mはありそうだ。折れた先端までは5m程度だろうか。少し窪み状になっているので寝やすいとは思う。
探索をしていた時は湿度を感じたが、この大木の周囲では湿度を余り感じ無い様だ。窪みに体を横たえると、ちょうど良い具合に体がサポートされる。ちょっと早いかも知れないけど体が重く感じるので休む事にした。行動糧食と水分を補給した後、バックパックの白い箱からマイクロストーム錠剤と高栄養錠剤を10錠ずつ摂取する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます