特殊指令
ジュン・クロムエルは戦術長ロン・ゼリングとの会談後、光学迷彩マントを発動させ自分専用の待避エリアへ向かう。このエリアは何処にもマークされていない区域であり幾つかのベースを共存させる事で非常時にも対応できるようにしている。通常のベースは全て本部に認証されている為、今回の様な場合は近寄る事も出来ないだろう。今向かっている場所は、1年前秘密裏に用意した緊急待避用の場所の一つである。
途中モーターバイクをハッキングし、光学迷彩を起動させたまま突っ走る。特務エージェントA級プラスに支給されている光学迷彩マントは高周波反響システムによりマントを中心に周囲2メートルの範囲で無反響無音空間を形成し対外的な視覚聴覚嗅覚から隠す。音も無く疾走するバイクに気を止める者もいない。
港湾区に入り、バイクを港に沈めると徒歩で港湾B区駅へ向かう。待避エリアのある駅の二つ手前である。駅のメンテナンスハッチをハッキングし侵入する。しばらく地下通路を疾走し退避エリア区域に入る。グランドリバーサイド戦術部門を出てから20分が経過していた。
影の様に暗い路地を進む。
裏道を入り突き当たりの左側の壁に手を合わすとガコンと小さな音をたて1メートル程度の扉が開いた。入ると背後の扉が閉じ真っ暗になる。
〈1次認証が完了しました
〈2次認証が未完了です
〈5分以内に認証を完了させて下さい〉 美しい声が脳内にこだまする。
体内マイクロ通信にエフェクトを使用している為、2次認証を完了させる事ができなかったのだ。このエリアを管理させているAIにアクセスしエフェクトキーを渡す。
〈2次認証が完了しました
〈お帰りなさい。ジュン
〈システム良好。すへての権限を譲渡します〉
「ありがとう、AI。」
『RIRIオンライン。エリアシステムとリンク』ジュンの QIへ脳内にて指示を出す。RIRIとは、QIの意思疎通用コードネームである。
〈ジュン、レディ〉脳内で可愛い声が優しく答える。
〈エリアシステムリンク完了〉
〈ベース内AIから痕跡相違マークが届いています
『詳細を教えて』
〈本日の宿泊地からの外出以降の情報に相違
〈外出以降の情報がロストしています
このベースは常に私の痕跡を探査収集しデータ蓄積を行う様に設定している。本部メインサーバーと収集しているデータに相違が発生した場合などに相違マークを明示し後の調査の為に記録するのである。今回の場合、1時間程度前から2時認証がロストした時点で生存確認の為、メインサーバーへハッキングを行い情報収集にあたったのだろう。その時点で私の痕跡がメインサーバー側では朝の時点でロスト、ベース内では1時間前にロストしベースに到着し2次認証を終えた時点でロスト回復となりそこに相違が発生していると言う内容である。
『痕跡相違マークを消去』
『ワンウイーク情報にアクセスしベース1の安全度を調査』
ジュンはQIとエリアAIをリンクさせ周囲に張り巡らせた監視装置を確認する。一週間前からのデータとの照合も瞬時に完了させる。特段怪しい動きは感知されていないと結論付けた。
『RIRI、当該エリアのこのベース以外を破棄。周囲2キロを警戒範囲とし不審者等の侵入を追跡マークし周囲500メートルで爆縮をセット』
〈当該エリア内ベース2、ベース3の破棄指令確認
〈ベース1周囲2キロを警戒範囲と設定
〈追跡管理を行い周囲500メートル侵入時爆縮処理実行
〈追跡管理の為、限定機能をベース1AIへ譲渡
〈破棄指令により、ベース内機密情報破棄を実行します
〈ベース2、ベース3、消滅確認〉
光学迷彩マントを洗浄ボックスに入れ着用していた正式軍礼服を消去用ダストボックスへ放り込む。下着のまま配給されている行動糧食で栄養補給を行う。「いつ食べてもまずいわよね。」任務中の栄養補給は必ず行動糧食となる。任務活動に支障が無い様に高カロリーが基本ではあるが、体内強化を極端までに行なっているボディを維持する生命維持の意味合いが強い。1食分として、5センチ程の棒状クッキーが2本と1センチ程の特殊骨格合金補強錠剤と一般に認識されているマイクロ修復ユニットが固められている白いタブレットが3枚入っている。一箱5食が1日分の行動糧食の基本である。
人心地付き下着を消去用ダストボックスへ放り込むとシャワーボックスへ入る。「これからの長旅を考えると時間は貴重だけど、嗜みよね。」と独り言を呟く。
支給されているコンバットスーツに独自に手を加えた、漆黒のコンバットスーツ改を取り出し装着してゆく。
『コンバットオンライン』
〈確認
〈体内ジェネレータ接続
〈補助動力ユニット接続
〈補助燃料パック接続
〈高周波反響システムユニット接続
〈中級光学迷彩接続
〈電磁反発シールド接続
〈フルアーマーセット基幹部と接続
〈アーマー修復機能接続
〈生命維持機能、体内医療システムと接続
〈行動アシスト、体内強化パーツと接続
〈各部接続オンライン確認完了
姿見に映る漆黒ボディの各部にオンライン表示灯が瞬いては消える。武器棚を開き、任務行動用の武器をボディに装着してゆく。
〈アサシン短剣装着を確認
〈左手首、強化ワイヤーツールを確認、認証実行オンライン
〈右手首、ハンドビームライフルを確認、体内システムとの連動オンライン
〈レーザーハンドガン確認、認証実行オンライン
〈レーザーキャノン確認、認証実行オンライン
〈電磁ロングソード確認、認証実行オンライン
〈電磁式ボム確認、認証実行オンライン
〈キャノンパック4セット確認
〈ハンドガンパック8セット確認
〈ライフパック確認
〈行動糧食及びライフ水確認
〈コンバット用システム確認完了
次々と装着した装備に対する認証が行われ脳内で言葉が反響してゆく。
任務に常用している小型バックパックを背負う。この中には簡易キャンプセット、糧食30日分、飲料3日分、救急パック強化型、空間監視ドローンなどが入っている。
「いよいよね。」洗浄ボックスから整備済みの光学迷彩マントを出し装着する。
このベースに到着するまで30分、出立用意に凡そ20分。グランドリバーサイドからすでに50分強が経過しようとしていた。
〈憲兵部隊と思われる一団が外周エリアに入りました〉
脳内に緊迫した声が囁く。
「1時間以内に発見するとは、なかなか優秀ね。味方だけど今は見つかる訳にはいかないのよね。」
『RIRI、危険エリアに侵入された時点で、この場所はパージするように設定して』
〈設定完了。危険エリアに侵入された時点でこの場所は爆縮パージします〉
一応味方の為、人的被害が出ない様な距離にてパージを行う設定とした。
『RIRI、コマンド3T7R7』
〈コマンド承認。退出後、このコンポーネントは閉鎖されます〉
プシュっと言う音と共に棚がスライドし地下へのゲートがオープンする。このゲートを通過すると戻ることはできなくなる。
「AI、今までありがとう。」ジュンはぐるりと周りを見回し言った。
〈ジュンの成功をお祈りします〉
私は急いでゲートを潜った。背後でゲートが閉まる音が聞こえ、瞬間的に真っ暗になるも直ぐに黄色の電灯が瞬く。出来るだけの速さで疾走する。
『視認強化モードオン、ルートトレース』
〈強化システムオン、ルートトレース開始します〉
薄赤色の瞳が青色に変化し視認強化システムがオンになる。視野が3Dトレース状態に移行し適切な情報が表示され経路がイエローラインで指示される。移動速度を1段階上げる。
『俯瞰モードオン』
視野の左下に四角いモニタが表示され、上から見下ろした図がオープンされた。建物などの境界はワイヤフレームにて、自分の位置はホワイトマーク、敵位置はレッドマーク、その他は灰色で表示される。現在の表示は拠点の四角いイエローからワイヤーフレームで表示された通路を結構なスピードで離れてゆく白い点の私だ。拠点のイエローが点滅を始めると直ぐに枠がオレンジ色に変化した。
〈憲兵部隊と思われる一団が危険エリアに立ち入ります〉
脳内に緊迫した声が囁くとほぼ同時に背後から爆発音と爆風が襲ってくる。「チッ」爆風に体を預ける様にしてジャンプし、側面の窪みに体を押し付ける。
「ひやー、なんなのこの威力。」思わず声に出してしまう。
〈外装の一部に軽度な傷が発生
〈修復を開始します〉
拠点の表示が灰色から壊滅を表す黒に変化している。考えていた以上に爆風が大きかったのは、爆縮の圧が今通っているこの脱出口から抜けたからだろう。熱探知されたら、この空間が露わになってしまうのが心配だ。
〈リニアの地下鉄道に侵入します。注意が必要です〉
地下鉄道に繋がる扉を手前に開放する。
〈10秒後に車両が通過します〉やばい、風圧がやってくる。
トレースされてるルートは、この先8メートル上空へ抜ける様に指示されている。風圧が強くなり始めているのを確認し、一気に軌道空間に躍り出て跳躍する。空気取り入れ用の立坑に侵入しタラップを加速しながら登ってゆく。リニアが通過する瞬間、前面風圧が立坑を圧縮空気として駆け上がった。
「グフっ」体を丸め圧縮空気と共に脱出した。
脱出した先は自然公園の中に設置された通風口である。圧縮空気排出の為、周囲は立ち入り禁止になっている。脱出口の一つにする為、事前に空調ファンやフィルターなどは撤去してあった。
「事前トレースはしていたけど、二度とこの様なルートはゴメンだわ。」
ベース1脱出後凡そ24時間が経過していた。ジュンは任務地に到着し敵拠点と考えられている場所を監視している。3時間前に高高度衛星にハッキングして付近一体の偵察資料を手にしていた。地下に巨大な熱量の存在と小さいが極大な放射能反応が二箇所ある。問題はその小さく異様な程の放射能の反応だ。あまりにも小さすぎる、一点に力が凝縮されている様だ。敷地の向こう側に幾つかの建物らしき物がある。
今回の任務では、敵兵器の確認もしくは殲滅が第一義である。なんとか形状を確認したいが殲滅する事になった場合、私自身への影響は計り知れない物となるだろう。一瞬サユリとクロムエルの悲しげな顔が浮かんだが、首を振り建物側への移動を開始する。
『RIRI、戦闘モードオン、ステルスシステムスタンバイ』
〈戦闘モード、オン
〈スタンバイ、完了〉
外柵から10メートル程の所を風の様に移動してゆく。
『ステルスオン』
〈高周波反響システム起動
〈視認強化モードオン
〈索敵レーダー反響ダミー射出
〈索敵開始、俯瞰モードオン
〈注意、前方500メートル付近の空間に微弱な振幅波を検知〉
俯瞰モードの四角い枠が黄色に変化し、先程巨大な熱量を感知した地上付近からパルス状の物が行手に照射された。
「くっ、見つかったか。」スピードを生かし柵から遠ざかる方向へ跳躍する。
〈後方及び前方に熱反応
〈緊急回避〉
マジか。侵入経路上には異常など無かったはずだ。タイミングがおかしい。何が探知されたんだろう・・・
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