第2話 黒猫メイド

 目が覚めて、最初に驚いたのは、王妃たる私の扱いだった。


 どこかの誰かが運んでくれたらしいこの部屋は、小さな錆びれた燭台1つに照らされていた。


 それなりに大きな部屋。だけど、あるのは質素なテーブルと椅子一脚。その奥に大きめの窓を覆う分厚いカーテン。

 燭台1つじゃ隅までは照らせてないけれど、それでも特に困らない。物も何も無いんだから。

 そして寝かされていたのは、簡素なベッドと埃っぽいマットの上。かけるものは無い。


 そろそろ、山の木々達が赤黄に染まりカサカサと葉を落とし始める時期。

 

 凍えるほどではないけれど、気を失ってる王妃相手に、この扱いは雑過ぎないかしら。なにか1つ、上からかけてくれても良いじゃない。


 と、起き抜けにムッとしたものの。


 元々、由緒正しいお家の出ではない私。夫との婚姻の際も全国民へ大々的なお披露目等も特に行っていない。

 王都周辺の者たちには知る者も増えてきたけれど、少し離れた辺鄙な場所では、きっと私が王妃だと気づく者の方が稀でしょうし

これだけ何も無い部屋で、床に寝かされなかっただけ良心的だったのかもしれない。


 そう考えたら、少し冷静になれた。


 冷静になって、やっと気づいたのは、私が一人だという事。


「…ラナ?…フィル?」


 一緒に馬車に乗っていた娘と夫の名前を呼んでみるも、もちろん返事はない。


 燭台を掴んで、部屋の隅々も照らしてみる。


 夫は、か細いけれど190cm近くの長身。居たら直ぐに見つけられる。けれど娘のラナは、まだ4歳。

暗い部屋の隅に蹲っていないか、簡素なベッドの隙間に挟まれてないか、念入りに探した。

 それでも、夫もラナも、この部屋にはいなかった。


「どこか、他の部屋に寝かされているのかしら…」


 燭台を持ったまま、扉を開けてみた。

 ひんやりと冷たくて重い扉が、ギギィ…と耳障りな音を立てて開いた。

 廊下には窓はなく、ポツンポツンと灯された光だけが揺れている。


「牢獄みたいな所ね…仮に王妃じゃないとしても、こんな所に寝かせるなんてどうかしてるわ」


 自分以外になんの存在も感じられない空間で、独り言も大きくなる。


 静まり返った暗く長い廊下の中で、3つ程扉を見つけたけれど、どれも、鍵がかかっているようで開かない。

 2人の名前を呼んでみても、返ってくるのは反響した自分の声だけだった。


 段々と膨らむ心細さ、それ以上にまだ4つの娘が心配になる。


 ラナはフィルと一緒にいれてるのかしら。

 まさか、どんな人間でもあんな小さな子を一人で寝かせたりしないわよね…

 馬車の衝撃は相当だったわ、怪我とか無いかしら…早く見つけてあげないと…

 フィルだって今朝から具合も良くなかったわ、悪化していないと良いけれど…


 胸の内だけで按じるだけだと、どうもソワソワ落ち着かない。

 まさか、鍵のかかった部屋の何処かに閉じ込められてるの…?

 国王暗殺…?王女誘拐…?


 どんどんと最悪な想像が膨らみだし、開かない扉の前で途方にくれていた所、少し奥にある上り階段の上の方から、知らない声をかけられた。


「あらあらお目覚めですねぇ、良かったですわぁ」


 嫌に甘ったるい、間延びした声だった。

 夫やラナの口調ではなかったけれど、自分以外の誰かがいたという事にまず安堵して、声の主へ目を向けた。そして、すぐに逸らした。


 ……大きな黒猫…猫……?え……猫が話してる?2本足で立ってる?服着てる?……え?夢?私まだ起きてなかったの?


「あらあら、流石はお育ちのお粗末な王妃様、助けられた礼のお言葉もお忘れで、ご挨拶どころかこんな下民にはお目を配っても下さいませんのねぇ」


 妙な口調で私の批判をしてくる黒猫。

 ……あぁ待って。やっぱりどこを見ても二足で立ってる黒猫。

 ……気にしたら負けのようね。何かと棘を感じるし、ここは、受けて立たなくてはいけないところみたい。


「あなたが、あの埃っぽい薄ら寒い素敵なお部屋に運んでくださったの?お陰様で、今もとても良い夢が見られているようですわ。」


「あらあらぁ、起きてらっしゃるのに夢だなんてぇ。流石、庶民の出の王妃様は仰ることが違いますわぁ」


「残念ながら、私、目の前で黒猫が立って喋ってるなんて、到底現実とは思えないまともな脳の持ち主ですの」


「あらぁ、一国の母ともあろうお方が、ご自身の常識だけで物事を測るのは賢くありませんわぁ。それに私ただの黒猫ではありませんの。由緒正しき気高く美しい方にお仕えさせていただいてる黒猫メイドですのよ。本来、あなたになんか言葉を発するのも汚らわしいんですのよ」


 プイッと横を向く黒猫のヒゲを、思い切りむしり取ってやりたくなったものの、夫とラナの居場所を聞くまでは…と堪えた。


「……私が良くなかったわ。まずはきちんとお礼を言えずにごめんなさい。ねぇ、ところで、夫と娘も一緒に倒れていたはずなんだけれど…何処にいるか教えてくれない?」


 ぐっと堪えて下手に出た私の前で、メイドとやらが満足そうにふんぞり返る。


「安心なさってくださいなぁ。お二人共、丁寧におもてなしさせて頂いてますわぁ」


 まるで牢獄みたいな部屋で寝かされてた身としては、『丁寧におもてなし』の意に何か裏がありそうで、ますます安心なんてしていられない。

 こちらのそんな心を読んだのか、黒猫メイドは意地悪く微かに笑い、尻尾をくねらせた。


「フィルスターライン様は、私のお仕えしているご主人様にとって大事なお客様。乱暴等はいたしません。それにお嬢様もご主人様にとって、とても意味のある御存在ですから、ぞんざいにはあつかえませんわぁ。リム、あなたと違って。」


 黒猫が大きく尻尾を振り上げたと思ったら、次の瞬間、私は目覚めた部屋へと戻されていた。

 燭台の火も消え、以前よりも暗い中、ガチャッという大きな音。そして姿は見えず黒猫の憎たらしい甘ったるい声だけが聞こえた。


「あなた邪魔だから、しばらくここに居なさいなぁ」


 どうやら私は、薄ら寒い牢獄に閉じ込められてしまったようだ。

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