1. 真冬のような世界

夏なのに、外はまるで雪景色の真冬のようだ。

 世界が感染対策一色に染まり、長い年月が過ぎている。世界がCOVID‐19と呼ばれる新型ウイルスに脅かされ、数年後には感染の脅威も一時的におさまっていたのだと言う。

でもそれはほんの僅かな期間であり、すぐにまた、もっと強力かつ破滅的なウイルスが世界をまん延し、世界の人口を大幅に減少させた。そしてその対策を世界規模で行っていこうとしていた矢先、また新たなウイルスが見つかり……とその繰り返しだったと言う。

僕が生まれたのは、COVID‐19の脅威に初めて世界が晒された年から五年後。だからウイルスに脅かされていない時代というのを経験した事がない。五才年上の従兄弟は、子どもの頃、大勢の人の集まるレストランやプールで楽しいひとときを過ごした思い出が朧気にあると言う。

 



北村雫の環境が特殊だと言われている理由の一つが、彼女の家の敷地内に存在するという「劇場」だった。劇場とは、そこで映画や他の見せ物を観ることが出来る場所だそうだ。入学以来、これはずっと噂になっていた。そしてこの噂は噂でなく、真実である事も、実は今では知っている。


現在、映画を観る手段としては、パソコン、タブレット、スマートフォンが主な手段で、それに加えてテレビの衛星放送、数少ないが地上波放送もある。でもそれらを観る時も、決して他の誰かと画面を共有して見てはいけないという法令がある。

 でも昔、世界がまだ感染に脅かされていなかった時代には、映画館という場所に行って、見ず知らずの人達と一緒に大きな画面で一つの映画を観賞する方法もあったと言う。いや、それどころかそれが主流の時代もあったらしい。


「考えられない、そんな不潔な世界」と僕と妹が口を揃えて言うと、おばあちゃんは何だか悲しそうな顔をした。


「昔ね、一緒に映画に行った友達が、映画の途中で涙ぐんでいたのを見たことがあってね。人前で涙を見せるような子じゃなかったから、衝撃だったのよ」


そんな思い出話をするおばあちゃんの表情はとても綺麗だった。その友達というのは、ただの友達じゃなくて、とても大切な誰かだったんじゃないかという気がした。

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