バレンタインのうちの子たち

 とある場所にある依頼斡旋所兼喫茶店「間口の衣装箪笥亭」。そこには、様々な冒険者や放浪者が集っている。

 今日はそこでバレンタイン――チョコを送り合うイベントの日――における様々な人の動きを見ていこう。

「ねーさんー、友チョコ作るの手伝ってよー」

 と、雨月ウヅキトモエが姉、ホタルに頼み込んでいる。

「ん・・・・・・分かったけど、一体どうするの」

「抹茶チョコ作りたいの!」

「うーん・・・・・・一応抹茶の味苦手な人もいるかもしれないし、普通のチョコも作った方が、良いと思う」

「りょーかい!」

 姉のアドバイスを受け、ニコニコと材料を買い集めに行こうとする巴は、外へ出る扉を開けようとする直前に目の前の扉が開いて驚く。

「わひゃ! って、サリオじゃんか、どしたの?」

「あー、トモエちゃんとホタルさん・・・・・・どこのチョコレートなら女の子が喜んでくれそうとか、少し聞こうと思ってたっす」

「・・・・・・なら、今から材料調達しに行くから、一緒についてくる? どんな子に渡すのかで、いろいろ変わってくると思うから」

「あ、ありがとうございますっす! なら、少しだけ・・・・・・」

 照れながら、サリオという少年と雨月姉妹は店を出ていく。

「・・・・・・ふふふ。今の若者は活気があっていいね」

「そうですね~。ウチはこういうのとは縁が無いですけど、初々しいのは見てると可愛く見えてきますね~」

 マスターであるアスランと、神官のサンドラはそう二人で語り合う。

 ・・・・・・それが、前日の一場面。


 当日、衣装箪笥亭は少し混み合っているものの、いつも集うメンバー向けに用意されたコーナーで、数人の人が集まっている。

「・・・・・・でさー、家族みんな男ばっかりだからいちいち作って渡すのが面倒なのよねー」

「アイルさんの家族の話を聞いてるとめちゃくちゃ大変そうだってぼくはいつも思うのだ!」

 猫耳の生えた女性、アイルとまだ小さい(とはいっても150cm程度の身長はある)ドラゴン姿の男の子、ジャイトがそんな会話をしている。

「ミカエラ、我からのチョコレートだ。最近不良じみた雰囲気が強くなってきているが、我の目の届くところでは優等生でいてくれないと困る」

「・・・・・・頭の隅っこに置いておきます、エマ」

「なーんか反応薄いけど大丈夫なのかねー」

 貴族然とした少女、エマリュエがぼうっとしている少年、ミカエラにチョコレートを渡している。額の目をそちらに向け、しれっと野次を飛ばす女性、セルマはほどよく離れた場所にいる。

「でさー、もーそろそろあの人にチョコ渡したいかなーとか思ってるけど、そこんとこ大丈夫そうかなルヴィスさん」

「うーん・・・・・・あの人、戦いにばかり意識が向いているので、秋実さんからだとしても反応が薄いと僕も思うんですよね・・・・・・」

「やっぱりそーなのかなぁ。うあー、これ両親にばれたらなんかすごく面倒な事になりそうでヤダ~! ルヴィスさんが代わりに受け取ってくんない?」

「いやいや。僕も他の人宛のチョコを受け取ったとして気まずくなっちゃいますから受け取れませんよ」

 悩んでいる制服姿の少女、秋実とその相談に乗っている少年、ルヴィスの近くには、投影機がある。その光景の中に、ソファですやすやと心地よく寝ているアスランに酷似した顔の青年、カンターレと、その隣でモテないと嘆きながらチョコを食べている犬耳の青年、ユースティスがいる。

「ねー、ねーさんそのチョコケーキ分けてよー」

「今回はダメ。これは友達からもらった大切なものだから」

「ケチー!」

「大切な物は独り占めしたくなるの。巴も同じ事されたら嫌でしょ?」

 蛍はチョコケーキを頬張り、巴はそれをねだっては撃沈していた。

 ・・・・・・と、そんなところへばんと扉を開けて背の高い男性が飛び込んでくる。

「お、おい! 俺はロリコンじゃねえって衛兵にしっかり伝えてくれ!」

「急にどうしたんですヤクルさん・・・・・・ここに衛兵はいませんって」

 ルヴィスがその男性に応対する。その男性、ヤクルは耳に羽毛が生え、背中に小さな翼がある。

「もしかして、マリーさんですかね? 急に抱きつかれたくらいで誰も衛兵なんか呼びませんって」

「違う! あいつ、今日突然俺のいる路地に来たと思ったらちょこれーととかいう変なのを渡してきたんだ。俺とあいつが一緒に居たらロリコンの変態野郎扱いされるって聞いてずっと怖いんだっての!」

 ちなみにマリーとはミノタウロスの角が生えた7歳の女児である。ヤクルが変な気を起こせば間違いなくロリコン呼ばわりされてもおかしくないのであった。

「今日はそういうイベントの日なんですよ。マリーさんも親しい人にチョコをあげたくなったんでしょうね。ちなみにチョコレートは甘いお菓子なので、ヤクルさんでも苦手には感じないと思いますよ」

「余計な世話を焼くな馬鹿野郎。酒をかっくらったり煙草ふかしてる奴がんなもん好むわけないだろっての」

「その酒や煙草を苦い顔して口に含んでるのはどなたですかね・・・・・・」

 ブンッ、とヤクルの蹴りがルヴィスに飛ぶが、さっとルヴィスは回避する。

「こらこら。店の中で暴れるのは厳禁だといつも言ってるだろう、ヤクルくん」

「・・・・・・わーってるっての。しゃあねえから貰ったやつ食っとくっての」

 アスランの指摘に渋々従い、ヤクルはどかっと席に座る。適当に包装を破いて中身を取り出し、口に放り込んだ彼からは、「・・・・・・うめぇ」と、小さく聞こえてきた。



そんな風に、各自のバレンタインは過ぎていくのであった。

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