クリスマスイブまであと一週間という日の帰り道、七海と僕は並んで駅まで歩いた。彼女は時折、ふわりと笑って僕を見つめる。その度に僕の心臓は高鳴り、言葉が出ない。どんな話をすればいいのか分からず、何度も無言になった。クリスマスに僕は、七海に告白しようと思っていた。


「祐介くん、最近静かだね。疲れてるの?」


 七海が心配そうに見つめる。


「いや!全然」


 七海は「そっか!」と少し安心したようだった。


 最近の僕は、いつどのタイミングで告白しようか。そんなことばかり頭に浮かんでいた。悟られまいと必死に言い訳する日々だった。


 しかし、そんな穏やかな時間も長くは続かなかった。

 

 次の日の放課後、七海は教室で、僕に突然告げた。


「祐介くん……実はわたし、エンセラドスに帰らなきゃいけなくなっちゃった」


 その一言で、世界が一瞬で色を失ったような気がした。


「え、どうして?こっちで友達もできたし、まだまだ地球のことを知りたいって言ってたじゃん…」


「うん……でもね、エンセラドスで緊急の呼びかけがあって、どうしても帰らないといけないの。地球にずっといると、わたしたち長く生きられないらしいの。地球の食べ物がわたし達の体には適さないとかなんとか…で、地球とエンセラドスを行き来するためのワープ装置も、当分は閉鎖されるみたい」


 七海の言葉は淡々としていたけれど、彼女の目は少し潤んでいるようだった。僕は彼女が何かを抑え込んでいることに気づいた。


「帰ったら、もう会えないの?」


 僕の問いに、七海は小さくうなずいた。そして、ふっと微笑んで言った。


「でも、いつかまた会えるかもしれない。そう信じていたい!」


 七海はとっくに覚悟を決めているようだった。


 僕はどうしてもその言葉だけでは納得できなかった。彼女に何か伝えなければならない気がして、必死に心の中の言葉を探した。


「……俺、七海のこと好き」


 声は震えていたけど、まっすぐ目を見て伝えた。


 その言葉が出た瞬間、七海の顔が驚きに染まった。そして、すぐに優しく微笑んでくれた。彼女の目には、小さな涙が浮かんでいる。


「ありがとう、祐介くん。わたしも……祐介くんのこと、特別だとずっと思ってた」


 彼女は言葉を詰まらせて、それでも最後まで伝えようとした。


「わたし、地球でのこと、祐介くんとの時間、ずっと忘れない。いつかまた会えたら、その時はきっと、もっとちゃんと……」


 僕は彼女の涙を見つめていることしかできなかった。


 それから数日後、七海は本当にエンセラドスへと帰ってしまった。駅で別れるとき、彼女は深く凹んだエクボを見せて、最後の笑顔を咲かせてくれた。


 彼女が去った後も、僕の心には彼女との思い出が強く残っている。彼女の言葉、表情、そして手の温もり。その全てが、僕にとってかけがえのないものになった。


 エンセラドスと地球の間には、もう二度と通じる道が開かれないかもしれない。けれど、七海が僕にくれた言葉は、いつまでも僕の中で輝き続けるだろう。


 空を見上げるたびに、僕はエンセラドスを思い出す。そして、星空の向こうで七海も同じ空を見上げてくれていると信じて、彼女にまた会える日をずっと夢見る。

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エンセラドスの住人 Neon @KAMIZAKI_K

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