エンセラドスの住人 

 「わたし?エンセラドス出身だよ」


 その瞬間、クラスが静寂に包まれた。

 エンセラドスは、土星の周りを回っている氷に覆われた惑星だ。地球で言う月のような、土星の周りを回る惑星から、七海ななみは来たという。


 「去年こっちに引っ越してきたの、両星間民族交換プロジェクトでね」


 放課後のざわついた教室。スクールバックを、ガサガサしながら彼女は言った。教室の中は騒ついているが、明らかにみんなの意識は僕らに注がれている。少し顔を上げれば、チラチラみんなと目が合う。


 「逆にさ!祐介くんはどこ出身なのー?」

 地球人とはまるで区別がつかないテンション感に、息を呑む。


 「お、おれ?三坂町ってとこだよ。学校から二十分くらいチャリ漕いだとこ…」

 「チャリ…?」


 伝わらなかった。


 「あぁ、自転車のことだよ」

 「あー自転車のことチャリって言うんだ!」

 「自転車は分かる?」

 「あ、当たり前だよー」


 七海は、頬を赤くしながらそう言った。それを見て、なんだか一瞬、胸がキュンとした。


 まるで、初めて日本に来た外国人との会話のようだ。いや、外国人といえば外国人だ。七海は、両星間民族交換プロジェクトで地球を訪れた。 

  

 二年前に始まった両星間民族交換プロジェクトは地球とエンセラドスに住んでいる生物を、お互いの惑星発展のために交換しようというプロジェクトで、詳細は各国首相しか知らされていないという。僕たち国民に知らされたのは、事実だけ。


 2017年4月14日 NASA(アメリカ航空宇宙局)は、探査機カッシーニとハッブル望遠鏡による観測結果を発表した。氷に覆われた土星の衛星【エンセラドス】で初めて水素分子が検出されたというニュースは、世界に震撼を与えたらしい。僕のおじいちゃんが家に行くたびにその話をするから、もう覚えてしまった。おじいちゃんの部屋には、当時限定販売された、エンセラドスの間接照明もある。エンセラドスで人とそっくりな形をした地球外生命体が発見されたのは、それから50年後。2067年の話だ。


 僕が小学生の頃、世界はまた震撼させられた。地球外生命体、つまり宇宙人が見つかって、地球滅亡とか人類滅亡とか世界はそんな言葉で溢れた。NASAの宇宙人発見のニュースは緊急ニュースで中継発表され、全世界が一斉に報じた。SNSのトレンドは、常にエンセラドスと宇宙人発見というワードがランクインしていた。誰しもが生きている間に起きるとは思っていなかったビッグイベントが起きたのだから、混乱するのも無理はなかった。


 エンセラドスは氷に覆われただけの星だと思われていたが、実際は氷の中に地球外生命体が存在していた。生命は氷の中に独自のコロニーを作り暮らしていたという。エンセラドスの住人と通信に成功したのは、地球外生命体の発表がされてから3日後。エンセラドスの住人が地球に来たのは、それから1年後の話だ。宇宙人が居たという疑いを確信する間も無く、彼らはやって来た。


 地球人の技術力は意外と凄くて、1年の間にお互いの言語を翻訳出来るようにしたのだ。だが、もっと凄かったのは、エンセラドス人の方だった。エンセラドス人は、エンセラドスから地球までを移動する手段を確立していた。エンセラドス人は、いわゆるワープをすることが出来たのだ。


 NASAの地球外生命体発見記者会見では、


 ・ワープする手段を確立していること

 ・エンセラドス人の皮膚は、熱さにも寒さにも耐えられる細胞で出来ていること

 ・エンセラドスの氷で覆われたさらに下の層には海が存在すること

 ・海に生息する別の生き物を食べて暮らしていること

 ・独自の言語を発展させていること


 の5点が発表された。


 外見はどこからどう見ても人間だし、七海もそこら辺の地球人とは、なんら変わりは無い。それでもなんだろう、地球人より顔の頬骨が尖っているというか、顔が角張っている気がする。でも明確な違いはほとんど無い。ただ、なんとなく違う気がするだけ。


 「祐介くん、今日さ、駅まで一緒に帰らない?私、釜ヶ崎駅の団地に住んでるから駅とは反対だけど」


 深々と凹んだエクボを披露しながら言った。一瞬で驚きと喜びの渦にかき混ぜられた。僕は目線を上げることが出来ず、下を向いたまま頷いた。


 新学期が始まって七ヶ月。人見知りの僕が、今学期初めて話せたクラスメイトが転校してきたばかりの七海だった。七海もまた、初めて話したのが僕だったらしい。どうしてだろうか、人と話すとすぐに緊張してしまう僕が、七海と話す時だけは、全く緊張しないし、それどころか落ち着く。こんな気持ちになるのは初めてだった。

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