エンセラドスの住人

Neon

序章

 冬になると、彼女を思い出す。


 大学生活も残り少なくなってきたこの頃、寒い季節が来るたびに、僕はふと高校時代のことを思い返してしまう。あの冬の日、初めて話しかけてきた彼女のこと。


 22歳になった今、日々の忙しさに追われて、過去のことを振り返る余裕なんてあまりない。けれど、冷たい風が頬を刺すと、まるで封をしていた記憶がひとつずつこぼれ落ちるように、僕の中で七海の面影がよみがえってくる。


 七海ななみ。彼女は地球に来たばかりの転校生で、僕が初めて仲良くなった"地球人以外の人"だった。彼女は、「エンセラドス人」だ。


 あれは高校二年生の冬の始まりだった。彼女はクラスに突如現れて、当たり前のように「エンセラドス出身だよ」と自己紹介をした。クラスの誰もが驚き、そして信じられないと目を見開いていた。でも彼女は、地球での生活に慣れたような顔で、僕らにまっすぐな視線を向けていたのを覚えている。


 僕は当時から人見知りで、どこか閉じこもりがちな性格だった。そんな僕に、まるで自然に馴染むように近づいてきたのが七海だった。転校生の彼女が、一番最初に話しかけた相手が僕だったのは、今でも不思議に思う。


 高校生だったあの頃、まさか七海が僕の中にこんなにも深く残るなんて、考えもしなかった。彼女が再びエンセラドスへ帰っていくと聞かされたあの日、胸が締め付けられるような思いで見送った。それが僕にとっての、初めての恋だったのだと気づいたのは、ずっと後のことだ。


 今、夜空を見上げて、星々のきらめきに彼女を重ねてしまうのは、あの頃の記憶がまだ僕の中で生き続けているからだと思う。

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