84dbは6回目の死を迎える

ボクは、カリウム。

84dbは6回目の死を迎える

 いつもと同じ改札。ジメジメとした湿気のせいで、服が肌に張り付く。まるで私を止めようとしているみたいだ。だからかな。今日は、いつに無くしつこい気がする。でも、雨上がりの初夏の匂いと、まんまるの満月は、最後の私を見守っているようにも見える。それがなんだか、うれしい。

 

 【私は今から死ぬ】

 

 通りすがる人は明日をどう生きるのだろう?生きている楽しさを、満面の笑顔で伝えてくる大学生は、明日もしっかり大学に行くのだろうか?私もあなたみたいな笑顔を振り撒きたかった。誰かに迷惑だと言われてもうるさいと叱られても、誰にも負けない笑顔で生きてみたかった。もっと強くなりたかった。折り紙みたいに何回もスカート丈を折って、綺麗な足を輝かせながら歩く女子高生。私もあなたみたいに自信を持って生きてみたかった。最近まで私にだってJKのバッチが付いてたんだから、今からでも間に合う気がするけど。

 「しのっかな?」

 ボソッと口から出た恐ろしい言葉にも、もう驚かなくなっていた。まだ少しだけ、白い悪魔が頭の中で「だめだよー」とか「電車に轢かれたら家族に迷惑がー」って小声で囁いている。でも、それをも覆うような真っ黒で邪悪な積乱雲が、私の脳内でどんどん発達している。その白い悪魔を応援する誰かも、どんどん雲に飲み込まれていって、そろそろ死んじゃいそうだ。

 「あー大変だー。」

 どこか他人事な私も、もう何もおかしくない。悪魔に脳を寄生されている私は、もう止まらなかった。

 「ビビ!ピンポーン」

 けたたましい音で改札が鳴る。振り返れば赤いランプが私を止めている。その瞬間、周りから炎の付いた矢を放たれた気がした。少し戻って、優しく改札に触れる。刺さった矢の炎は、私の規制された悪魔に消された。もう、赤い炎も私の中では燃えなかった。

 今日は、なんの用事があってここにいるんだっけ?本当に他人事な私。もう何でもいいんだ。階段をいっぽ降りては止まって、二歩だけグダグダと降りて壁に寄りかかったりする。心じゃなくて体が勝手にそうする。力の入らない体の制御はもう出来なかった。ヨレヨレしてると、思った以上に強く、壁にぶち当たった。

 「痛っ」

 痛かった。おーー。痛かった。痛みねぇ。少しだけ口角が上がる。私は階段を駆け降りた。降りた先、右か、左。どっちがいいか悩んだ。ホームの一番前から飛ぶのと一番後ろから飛ぶのでは、どちらが鳥のように飛べるだろう?ふと、小さい頃に母に抱かれながら電車の先頭車両から眺めた景色を思い出した。あの時の感動と夢と希望と今の絶望を全て丸め込んで、一番前から飛ぶことにした。

 「ひーだり...」

 少し足取りが軽いのは何故だろう?「死にたくなるのは仕方ない。明日は少し笑って生きてみよう」耳の奥で鳴る無責任な音楽も、右から左に流れていく。電光掲示板の点滅が私の鼓動と重なっている。電車が通過しますという文字が見えたと思えば、大きな警笛を鳴らしながらすぐ右を通過していった。不協和音に耳に残った音のせいで頭が痛くなってきた。足元に目をやれば、綺麗点字ブロックを踏みながら歩いていた。どうりで大きな警笛を鳴らされたわけだ。

それにしてもこのイヤホン、密閉性が凄い。電車が隣を通るか通らないかくらいで音が聞こえた。いや、もしかしたらと携帯を見るとやっぱりそうだった。イヤホンの音量が大きすぎて警告されていた。音は、84dBあたりをいったりきたりしている。

 「あ」

 最後に声を出してみたかっただけ。誰にも聞こえない大きさで発してみた。もう私の脳は完全に真っ黒に寄生されてしまっていた。なんで?とか、考えももう浮かばなくなっていた。ただ何か、浮遊する感覚で手をグーパーグーパーと広げて閉じてを繰り返して、無意識に生きていることを確認していた。ホームの先を眺めれば電車がものすごい速さで迫ってきていた。私は黄色い点字ブロックの上に立っている。また鳴らされてしまうのだろうか。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。電車は大きな音を立てながらすぐ左を通過していった。いつの間にか溢れ出した涙も風に吹き飛ばされる。電車って早いんだな。人間の文明が憎い。私はついていけない。そんなにすごく痛いわけでもないが、頭の痛さとすぐ1m先も見えないくらい、溢れた涙のせいで眠起きのような感覚になっている。これならいけそう。音楽の音を最大にした。あの人にはたくさん迷惑をかけた。あの人にはまだ、ありがとうを言っていない。あの人とはなんで喧嘩をしたんだっけ。あの人はなんで私を叱ったのだろう。あの人はどうして分かってくれなかったのかな。もうこれ以上、私の頭で暴れないでほしい。もうやめてよ。ねぇ。ねえ。ちょうど良いタイミングで電光掲示板は、点滅を始めた。まるで、跳び箱を初めて飛んだ時みたいに応援されてるような気がしてしまった。いつのまにか黄色の点字ブロックは、私の右に、線路は私のすぐ左下にあった。左足の靴の先が少し汚れていることに気づいた。ああ、最後くらい綺麗にしておけばよかったかな。左の方に倒れれば全て終わる。怖いも超えて終わりたいが勝ってしまった。私は完全に死に寄生された魔物になっている。ものすごいスピードで近づく電車の雰囲気だけが視界に入った。その雰囲気は少しずつこちらに近づき、視野が狭まる。もう完全に景色が見えなくなる直前、右肩、頭の順に重い違和感を感じた気がした。

 私はこの世界から消えた。鳥にはなれなかった。ごめんなさい。

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84dbは6回目の死を迎える ボクは、カリウム。 @KAMIZAKI_K

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