死神の名付け親

ボクは、カリウム。

死神の名付け親

 「死ねばいい。死ねばいい。死ねばいい。」

 いつからだろう。こんな憎悪に満ち溢れた言葉が、私の部活帰りに唱える恒例呪文になってしまったのは。高校生活は、私が想像していたものではなかった。なんて言ったって、キラキラしていない。「田舎の女子校なんてそんなものよ」と母は言うが、それだけ。私のことなんて何も考えていない。何も分かっていない。だから、みんなが持ってる携帯電話も私だけ持っていない。そのせいで私は、いつも一人。学校の行き帰りはもちろん、五つ隣の駅前に出来たばかりの最新プリ機にも、私だけ誘われなかった。みんなの携帯カバーの中には、私以外のクラスメイトが写ったプリクラが挟まっていて、いつも目障り。いっそ、全員の携帯をまとめて壊したい。

 「明日、6月18日金曜日の平岡市の天気は朝から雨でしょう。梅雨はまだしばらく続きそうです。」  

 雨の音に混じって聞こえてくる天気予報のお姉さんの声。どんよりした空気にツンとした声が、刺さる。最近のマイブームは、おばあちゃんから貰った携帯ラジオを流しながら帰ること。都会では、リュックの肩にキーホルダーを付けるのが流行っているらしく、私も肩のところにラジオを引っ掛けている。どうせなら携帯電話が欲しかったけど、このラジオは手のひらに乗るサイズで可愛い。なんだかお守りの様にも感じるし、私のお気に入りのアイテムの一つだ。そんなお気に入りのアイテムも、今日は傷つけられてしまった。たぶん、アイツにリュックを落とされた時だ。掃除の時、私のリュックサックをわざと落としているところを見た。偶然私が入ってきたから、慌てて直していたけど、全部見てるっつーの。梅雨みたいなジメジメした陰湿なイジメも、私のクラスでは当たり前の光景になっている。先生も何も言わないし、誰も助けてくれやしない。 塗装が剥がれた箇所は、まるで私の心を表しているようでもあった。

 「あ、アジサイやっと咲いたんだ」  

 庭先から伸びる青色のアジサイは、無情にも私を慰めてくれている様だ。雫に濡れたアジサイが、キラキラ輝いている。まるで「おかえり」と言ってくれている様な気もする。玄関に手をかけた時、そう言えば今の「あ、アジサイやっと咲いたんだ」が、今日の一言目だったことに気づいた。

「ま、いいや」

 玄関に鞄を置いて、鍵もかけず家を飛び出した。

 私の秘密基地までは徒歩1分。裏庭の草むらを抜けたところにある通称、裏庭神社。この季節は、神宮池に蛍が飛んでいる。緩く絡み合った草木をかき分けると、眩しいくらいに輝く池が現れた。髪も服も、ずぶ濡れになっていることが気にならないくらい美しく輝いている。私もこんなふうにキラキラしたいな。まるで叶わなかった夢の様な映像が、蛍の前で流れている。水面を悠々と飛ぶ蛍に見惚れながら、池のほとりにしゃがみ込んだ。ふと、真下を眺めると綺麗な女の子が揺れていた。

 「なんで私って…」

 小さな口で呟いた。

 不細工なわけでもないと思うし、容姿に何か特異点があるわけでもない。それなのにアイツらは、何故か私だけを仲間外れにする。まだ蛍の方がみんな仲良しに見えてくる。こんなにも綺麗に光を集めて、私もいっそのこと蛍に生まれたかった。アイツらなんてみんな消えてしまえばいい。幸せになりたい。そんなことを思いながら私は、手を合わせてしまった。

 「神様-----------------------------------」


 その瞬間、蛍の光が一斉に池に落ち、雨が強まった。しまったと気づいた時には遅かった。ここの神社には、死神と名付けた死神の先祖が祀られている。雨の日の黄昏時に、手を合わせて神を願うと死神が現れるという言い伝えがある。絶対にやってはいけないとおばあちゃんに言われていた。  

 風が強まりだし、私はその場に座り込んでしまった。草木が私の背中を叩く。まるで笑っているかの様に、木々が葉を擦らせる。すると、池の中央から影が現れた。大きく二つに割れた池はまるで地獄の入り口のようだ。蛍の光を失ってやっと目が慣れてきた。それでも影が何なのかハッキリとは分からない。でもそれは、間違いなく闇だ。私は恐怖のあまり、動くことができない。足は電柱のように強張っている。ただ痛くて寒くて冷たい憎悪に溢れたそれが、その瞬間を支配している。人の様で人でないソレは、口元辺りをギラリとキラつかせた。

 「アリガトウ。」  

 そう聞こえた気がした瞬間、ソレは、風の様な速さで私に飛び込んできた。髪の毛がふわりと浮いて、一瞬体が軽くなった気がした後、ドッと重みを感じた。腕や体を目で追ってみるが、なんともなかった。目を見開いて乾燥したからか、目から一筋の涙が流れ落ちる。恐る恐る顔を池の方に向けて見るが、池は元通りになっていた。

 「なんだったの....」

 そんな考えが頭に浮かび始めた頃、再び蛍がちらちらと舞い始めた。ふと、足元を眺めてみると、私の口元辺りが、ギラリとキラついていた。

 「きゃあ!!!」

 声にならない叫びで一歩後退りすると、ダイジョブ、イコウカ。と、低い獣の様な声が何処からともなく聞こえてきた。まだ体に力を入れていないのに、その声と共に私の体は向きを変えていた。さっきまで寒かった筈なのに、体は嫌に温もりを感じていた。雨は弱まり、私が踏んで出来た道を引き返した。まるでラジコンのように操られているようだった。足が勝手に進む。手が勝手に草を掻き分ける。私は何がどうなってるか分からず、恐怖のあまり声も出せない。あっという間に玄関のドアのぶに手をかけていた。玄関に入るなり、私は全身麻酔をしたかの様な強烈な睡魔に襲われ、その場に倒れた。

 「まいーーー?まいーーーーー??」

 下の階から聞こえる母の声も段々と遠のいていった。    


 目が覚めると、黒い喪服に身を包んだ人達が、私の部屋で、私を囲んでいた。私はここにいる筈なのに、何故か床に敷かれた白い布団の上で横になっている私を、みんなが囲っている。お父さんも母もおばあちゃんもいる。隣町の従兄弟もいるし、よく行く駄菓子屋の店主、ゆた坊さんも居る。目を開けてその光景を見ている私は、全く理解できずにいたが、何故か悲しくなってきた。夢である気がするけど、本当でも良いかもしれない。嫌だけどそれでも良いかもしれないと思ってしまうような、そんな気分だった。膝に力を入れ、ベットの上に立ち上がった。それでも誰もこちらに目をくれなかった。唯一目があったのは、お経を唱える神社の神主だった。私と目が合うなりニヤリとした気がするが、不思議と私は驚かなかった。ベットを降りて、母に触れようとするがその手は母をすり抜けた。

 「やっぱり…」

 その場にいる全員に触れることが出来なかった。でも私の無惨な体には、触れることができた。とても冷たくて、腐ったみかんのようにブヨブヨした皮膚。でも強く押せば硬い体。気のせいだろうか。いつもよりも可愛く見える。不思議な程に。


「あああああああああ!!」  

 ここ最近で一番大きな声を出したが、誰も反応しなかった。私は無性に悲しくなって、家を飛び出した。一瞬、横目に映ったアジサイは到底青色とは呼べないほどに枯れている気がした。私はもう、誰にも必要とされていない。どうしようもない無情な感情が、足を一本進めるごとに腹を貫いた。悲しい筈なのに、涙は流れ落ちてくれなかった。

 それから私は、ただ操られるがままに足を進めた。途方もなく彷徨った私は、駅のホームの端の方に立っていた。ザーザーと流れる不気味な音でここが何処なのか気づいた。何故かリュクを背負っていて、ここだけ雨が降っている。まるで学校帰りの様だ。次第に濡れ出す体を見ながら、深く息を吐いた。もうなんでもよかった。踏切が赤いランプの点滅を始める。それと同時に、踏切の警告音が耳を行ったり来たりする。

「スベテオワラセヨウ。」

 何処からともなく聞こえてきた声に私は悪戯に返答した。

「全部終わる?」  

「アア、ゼンブオワルトモ。」

「終わらせたい」  

 声にならない声で、雨に負けそうな声で言った。

 まだ涙は流れない。迫り来る電車は、けたたましい警笛を鳴らした。

 あっ、と気づいた時には、線路の方に体が傾いていた。戻ろうと伸ばした手は、黒い影が握っていた。


「バーカ、ゼンブユメダヨ。」

 黒い影はそう言って、口元辺りをギラリとキラつかせた。まるでスロー再生したかの様に、ゆっくりと、黒い影は私の手を押した。

「"稲葉 まい" イタダキマス。」  

 最後にそう聞こえたのを最後に、黒い影は消えた。


 わかってるよ。声にすらならなかった。ブワッと溢れた涙で周りの景色が見えなくなるのと同時に、私は、重い衝撃を受け意識を失った。壊れたラジオの音は、今もそこで鳴り続けている。

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死神の名付け親 ボクは、カリウム。 @KAMIZAKI_K

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