11.8.大立ち回り


 刃天は周囲を見る。

 そこそこ大きな結界だ。

 地伝が周囲を破壊してくれたおかげで障害物が多くあるため、遠距離攻撃を防ぐには十分なものが揃っていた。

 しかし結界の大きさが次第に小さくなっているということが分かった。

 最終的には身動きが取れないほどの大きさにまで収縮されてしまいそうなので、ここは何か一手を打たなければならないだろう。


 少し耳を澄ましてみる。

 遠くの方で何やら言い合っている者たちがいた。


「二人逃げたぞ! 何やってんだよ!」

「全員身動きが取れなかっただろうが! 俺たちのせいにするんじゃねぇ! 再構築すればいいだろうが!」

「んな簡単にできるような結界魔法じゃないんだよ! どれだけの時間とコストがかかってると思ってるんだ! それに今回は神の力を借りてたんだぞ!」

「世迷言を抜かすな!」


 いい話を聞いて刃天は小さく笑う。

 イナバの言った通り、やはりこの世の神の力を借りてこの結界は構築されているらしい。


(イナバは何と言っていたか……。この結界は対地伝用だったか……? まぁいい)


 ギロリ、と一点を睨みつけた刃天は気配を辿って強く鋭い殺気を術者の一人にぶつけた。

 術者は何か唱えていたが身を強張らせて息を止め、脂汗をだらだらと垂らしてその場に倒れてしまう。

 すると、結界の収縮が停止した。


 どうやらこれは六人で構成している結界らしく、一人が倒れると結界の維持をするだけで精一杯になってしまうようだった。

 これであれば敵が攻めてくるまで刃天は生き延びられる。


 周囲の状況から察するに、大きな結界に邪魔されて地伝とアオが逃げたということを周知している人間はそこまでいないらしい。

 つまりまだ情報が伝達しきっていないのだ。

 本格的に追いかける段取りが整う間に、三人で逃げ切ってくれることだろう。


 一応結界の解除ができないかどうか他の術者にも殺気を飛ばそうとしたのだが、その前にいくらかの人間が結界の中に侵入してきた。

 ガタガタになった道を随分早く走って来る。

 あれは普通の兵士ではないな、と思いながら栂松御神を片手で握りしめた。


 接近してきたのは軽装に身を包んだ男たちだった。

 昔戦った女の忍びに似ている。

 彼らは四方に散って刃天とをり囲み、即座に攻撃を仕掛けてきた。

 気配を消しているつもりなのだろうが……刃天にその手は効かない。


 すれ違うように一人を斬り、後続二名も同じように一撃で斬り伏せた。

 大きく足を広げて刃を振り抜いた状態で停止した後、血を軽く振るって次の敵に視線を向ける。


「俺を殺したいなら魔法を使ってこい」


 攻撃の手が弱まったので結界の術者に殺気を飛ばす。

 この術者は実戦経験がいくらか豊富らしく、気絶するというところまではいかず結界を維持されてしまった。

 だがこれによって結界が収縮しない原因を看破したらしい。

 叫び散らして突撃の号令をかけている。


「ええぞ」


 しばらくすると、大勢の兵士や冒険者、魔法使いが周囲を囲み切ってしまった。

 一人相手にここまでするとは、相当警戒されているらしい。

 だが最も狙わなければならなかった二人は残念ながらここにはいないのだ。

 その事を知らない敵を思えば、なんだか笑いが込み上げてくる。


「さぁこい!!!!」


 本格的な戦闘が開始されている最中、地伝とアオはなんとかチャリーと合流していた。

 馬車を捨てて馬だけで走り、ダネイル王国を後にする。

 街中を馬で爆走するチャリーとアオの横で地伝が並走しており、それは町行く人々にとって異様な光景だった。


「それで? 刃天さんは残ったんですね?」

「そうだ」

「チャリー、大丈夫だよ。刃天は死なないから」

「それは承知しておりますよ」

「……いや、あいつは死ぬぞ」


 刃天は大量の矢を隆起した岩で回避しつつ、接近してきた兵士を軽々と斬り捌く。

 その兵士から盗んだ剣とナイフを投擲して遠距離兵に突き立てた。


「え、どういうことですか?」

「刃天は死なないですよ地伝さん! なんか、ずっと不穏な事言ってたけど……大丈夫ですって!」

「死ぬのだ。あいつに不死の力は既に無い」


 素早く潜り込んだ敵陣の懐で大暴れしながら、集中して魔法使いと弓兵を狙っていく。

 大量の血しぶきを被りながら突っ走りつつ、隙を見ては術者に殺気を飛ばして結界の維持と兵士を送り込ませるための道具として使った。

 逃走兵は見過ごし、迫ってくる敵だけを仕留めて敵の士気を削り続ける。


「え……? う、嘘ですよね? そんなわけないですよね……?」

「刃天は亡者。つまり死人だ。あいつは……魂への理解を期に不死の力が失われるのだ」

「魂への……理解?」

「貴様だ。水の子よ」


 少しばかり手ごわい相手をようやく制した。

 冒険者の中でも相当な手練れだったようで、倒された時の動揺は周囲に大きな影響を与えたらしい。

 血みどろになった刃天を恐れて逃げる者も増えていく。


「僕……?」

「刃天は人を愛せるような人間ではなかった。だが、貴様と接する内に守るべき者としてとらえられた。これが、魂への理解だ。閻魔は……いや、地獄はそう判断した」


 しばらくの沈黙。

 刃天が術者に殺気を向けると、結界が少し歪み始めた。

 それを見た冒険者や兵士たちの隊長格は必死に突撃の檄を飛ばす。


 刃天はそれを跳ね返さんばかりの大笑いで向かい入れる。

 栂松御神を手の中に二度、三度回して敵に突撃していく。


「僕の、せい……?」

「そんな馬鹿な! なんですかそのジゴクって! ていうか刃天さんは自ら死を選ぶような人間じゃないですよ! 長い間一緒に居た私が言うんです! 間違いない! だからきっと……。いや、絶対帰ってきますよ!」

「そ、そうだよね。そうだよね!」

「私は事実しか言わぬ」


 肩口に小さめの矢が突き刺さった。

 今しがた斬り伏せた男の剣を奪って投擲し、見事に貫く。


 チャリーが操る馬の脚が緩やかになっていく。

 それに気付き地伝が声を轟かせた。


「チャリィー!!!!」

「「ッッ!?」」

「馬を走らせ続けろ!! あ奴の犠牲を無駄にするな!! あいつのことだ。そうせねばならぬ盤面であったのだろう! 我らがために散った魂!! 無駄にすることはこの地伝が許さぬぞ!!!!」

「ッ……!」


 馬の脚が早くなった。

 なにかから逃げる様にチャリーは手綱を操って馬を走らせる。

 その速度に一種の覚悟を感じたアオは、チャリーの顔を見た。


 赤と青の水滴が落ちる。

 切っ先から己の血と混ざって血が滴り落ちた。

 突き刺さった矢を抜いて放り投げ、高笑いを上げながら再び敵陣へと突っ込んだ。


「なんで……! なんで!? どうして!?」

「私にも分からぬ。しかしここまでの道中にて……。イナバ様の気配がかすかに残っていた時があった。その時に何か話したのやもしれぬ」

「い、いなば……?」

「我が国の神格化した兎という認識で結構。また今度、直に聞く」

「待って! 刃天は!? 刃天は本当にどうなるの!?」

「先ほどの言葉を聞いていなかったか。水の子よ。貴様は聡い。察せよ」


 炎が衣服に着火した。

 大量に血を被っていたので大した攻撃にはならなかったが、これで一瞬気が逸れた。

 背後から鋭い一撃を貰ってしまう。

 だが大きく強く踏み込んで振り返り、そのまま敵の肩を両断する。


「も、もう会えないの!? 本当に刃天死んじゃうの!?」

「……ッ。そうだ」

「チャリー! 引き返して! ねぇ!」

「なりませんっ……! ご自身の立場を、ご理解……ッください……!」


 攻撃の最中、一本の矢が足に突き刺さる。

 激痛によって体勢が崩れ、そこで鋭い一撃が加わった。

 なんとか栂松御神で防ごうとしたが先ほどの傷が響いて押し負ける。

 耳が千切れ、首元を少し切られた。


「ゼェアアアアアアイッ!!!!!」


 気力で全てを跳ね返し、対峙していた人間を両断する。

 文字通りの両断だ。

 頭蓋から股にかけて鉄の塊が通り抜け、ずしゃりと音を立てて倒れた。


 死地においての殺気。

 それは二人に術者を簡単に昏倒させ、結界が崩れ去る。

 しかし刃天はここから逃げ延びようとする手など考えてはいなかった。

 とにかく己に敵の意識を集中させる。

 たったそれだけのことしか考えることはできなかった。


 三つ。

 鋭い気配が迫ったが、足の傷によって回避することができない。

 背中に三本の矢をもろに貰った。


「ゲェ……ッ。卑怯者めが……」


 振り向きざまに睨んだ。

 それと同時に矢を放った三名はその場に倒れてしまう。


「タフすぎんだろ……」

「なんなんだあいつは……! ちょっと待て、テレンペスにはあんなのがいるのか!?」

「似たような服装の奴、まだいたよな?」

「一人であれっておかしいだろ……。おい! 早く殺してしまえ!」


 相手は既に手負いであると思ったのだろう。

 だが指示されて近づく方は気が気ではない。

 血みどろでびしょびしょになった亡霊のような男が、肩で息をしてこちらを睨むのだ。

 これで怯まないはずがない。

 まだ昼だからよいものの、夜だったら逃げ出すに決まっている。


「はよいけぇ!!」


 野太い号令にようやく兵士たちが動く。

 一斉に飛び出したはずだったが、次の瞬間には倒れていた。

 そして刃天が次に選んだ獲物が……先ほど号令を飛ばした男だ。


「!?」

「オ前がコイやァ」


 バッと動いて飛び掛かる。

 道中で数名の兵士が邪魔をしてきたが、冷静に斬り捌いて標的に肉薄した。

 彼も抵抗しようと武器を振りかぶったが、柄頭をそっ……と押さえつけて栂松御神の切っ先を腹部から胸部に向けて突き刺す。

 うなじ辺りから切っ先が飛び出し、蹴り飛ばして転がした。


「ヅッ」

「……ぁ……! うぅ……!」


 側にいた若い兵士。

 適当で乱雑な攻撃だったそれは、満身創痍になった刃天の横腹に突き刺さった。


「……つまらぬ死に方は、せぬつもりだ」

「……ぇぇ……?」

「だが、この世の者では……殺せなかった……とするのもよいか」


 刃天は横っ腹に突き刺さっている剣を握り、無理矢理抜いてから男を殺した。


 視界がぼやけている。

 もう潮時だな、と感じられたのでサッと栂松御神を持ち上げた。

 そしてそれを、己の胸に突き立てる。


栂松とがまつ……。俺も、咎人よ」


 刃天はゆっくり倒れてしまう。

 それと同時に、三人もダネイル王国から脱した。

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