11.7.殿


 廊下に爆炎が広がり、それが窓から抜けていく。

 渡り廊下を埋め尽くさんばかりに放たれた炎をなんとか回避した三人は、曲がり角を全力で駆け抜けていく。


 城の中だというのにこの徹底振り……。

 如何にアオという存在を警戒していることが伺える。

 しかしこんなところで立ち止まってはいられない。

 がっしゃがっしゃと音を立てて近づいてくる敵を、刃天と地伝は二人で凪払った。


「ぐぇお!?」

「かっはぁ……」


 少数で襲ってくるので対処は容易だ。

 しかし問題は……炎の魔法である。


「アオ! まだかぁ!」

「やってるって! あと二分!」

「わからぁん! 地伝なんとかしろおい!」

「……良いのだな?」

「やはり待てぇい!」


 そう言われてしまうと止めるしかない。

 この辺りを一気に破壊されてしまっては逃走が困難を極めるかもしれないからだ。

 地伝は既にそれを承知しており、人の速度に合わせて走っている。

 意外と気を遣わせてしまっているらしい。


 しかしこのままでは埒があかない。

 アオがこの辺りの水元素を掌握する二分間は、炎魔法に晒され続ける。

 それはごめん被りたい。


「地伝! お前の刀で炎を食らえんのか!」

「む、その手があったか。しかし溶けるぞ」

「瓦解よりましよぉ!」

「では……」


 バギィッと音を立てて鯉口を切り、ギャリギャチと耳障りな音を発しながら抜刀する。

 久しぶりにまともに炎を吐ける、と嬉しそうにしている日本刀は既にボッボッと火を吹いていた。

 

 乱暴に振りかぶり床を少し斬った途端、そこから噴火するように炎が吹き出て後続の兵士たちを焼き付くす。

 それと同時に壁や床はどろどろと溶けていき、床には大きな穴が空いて通れなくなったようだ。

 勿論人間も同様に溶けてしまっているので、生き残った兵士はそれを見て戦慄する。


「これで暫くは問題あるまい」

「よーし! 突破するぞ!」

「僕もあとちょっとで準備できる……!」

「無事に逃げられそうだな! ハハハハ!」


 高笑いを上げながら走っていく刃天。

 だがそれはすぐに止めざるを得なかった。

 スンッ……と真面目になった表情に気づいた地伝が声をかける。


「どうした」

「……流石城の兵ってところか。集結してきやがった……」

「数は」

「聞きてぇか?」

「やめておこう」


 口にしたくない程の数だった。

 城内の兵士はほんの一欠片というべきか。

 今、刃天が捉えている敵兵士の数は万を数えるほどにのぼっていた。


 あの炎魔法……。

 あれが窓から飛び出したことによって合図を送ったのかもしれない。

 よく感じ取ってみれば冒険者らしき人間も混ざっているようだ。

 まぁそれはそうか、と刃天は小さく笑う。


 もとよりダネイル王国では有名人だ。

 なにせギルドマスターを殺したのだから、世話になっていた人間がこちらに敵意を向けるのは至極当然。

 さて、これをどう切り抜けるか。


「流石に地伝の力借りねばならんらしいな」

「地伝さんお願いします!」

「どの程度であれば壊してよいのか指図せよ」

「えーっとぉ……! 地震を起こすくらい!」

「よかろう」


 地伝は二人の首根っこを掴んだ。

 ぐいっと引っ張られて声をあげるが、そんなことはお構いなしにアオを肩に担ぎ、刃天を小脇に抱えた。


「ふぐっ……」

「おおぅ!? なにする気だお前!」

「捕まっていろ」

「……は? ……おいおいおいおい待て待て待て待てぇ!!」


 地伝は窓に向かって走り出していた。

 大きく一歩踏み込んで床を破壊しながら窓を突き破り、大空に飛び出す。


「わああああああ!」

「ぬおおおおおお!?」

「舌を噛むなよ」


 刃天を抱えている方の手で印を結ぶ。

 小指を薬指と中指で掴み、人差し指と親指を伸ばしきる。

 落下しながら足に力を込め、狙いを定めた。


脚地きゃくち


 そう呟いた瞬間、地伝の足が地面にめり込む。

 一拍置いて鋭い衝撃波が周囲を襲い、集結していた兵士や冒険者は簡単に吹き飛んでいく。

 それと同時に大地を大きく揺るがすほどの力が地面に加わったため、家屋などが大きく揺さぶられた。

 だが加減はしていたようで瓦解するまでには至らない。


 城の外に出てきた刃天とアオはその場で息を整える。

 恐怖と疲労によって体力が一気に削られており、少しの間休息が必要だった。


「ぜぇー……無茶苦茶しやがってぇ……」

「思ったより数が多かったのでな」

「ちゃ、チャリーは無事かな……」

「あの者であれば私が飛んだと同時に逃げたわ。よい判断だ」

「ハッ。なんだかんだ近くまで来てたってことか」


 鋭い気配。

 刃天が反応すると、地伝も同様に反応してアオへ飛んできた攻撃を切り伏せる。

 隆起した地面の隙間からこちらを狙ってきたらしい。


 暫くすると、多くの生き残りがボロボロになりながらも顔を出した。

 地伝はやはり本気を出しておらず、多くの人間が生き残れるように地面を破壊したらしい。

 こんな時まで気にするのか、と言いたかったが文句を言う時間すらないらしい。

 兵士たちはゆっくりと突撃の準備を整え出した。


「さぁどうする地伝。足止めはもう続かぬぞ」

「戦意を喪失させるつもりだったのだがな。よく育てられている兵士どもだ」

「お前はアオを確実に守れるよな?」


 周囲を警戒しつつも、地伝は刃天が今し方口にした言葉の意味をしかと理解した。

 以前教えたことを忘れたか?

 地伝は一瞬だけ彼をにらむ。


「……馬鹿を抜かすな。たたっきるぞ」

「鬼が情に左右されてんじゃねぇよ。獄卒失格だぞ」

「死ぬぞ」

「死なねぇよ」


 この盤面、無傷で脱することは不可能だと刃天は悟っていた。

 地伝の力を使えば多少はましになるかもしれないが、全員が同じ方角へ逃げれば敵も同じように追いかけてくる。


 殿が必要だった。

 これを担うのは刃天が最も良いとも自覚していた。

 アオを守りきるには地伝の力が必要だ。

 逃げるためにはチャリーの力が必要だ。

 地伝だけでは逃げ切れない。

 それに、あのこともある。


 刃天はアオを見る。


「アオ、ここまでの危険を冒してまでダネイルに来た理由はなんだ」

「本当はヴェラルドを告発するつもりだったけど……先手を打たれちゃった。でも今から生きて帰れば目的を達成できる」

「何故だ?」

「一応罪は認めてくれた。目の前でヴェラルドを捕らえてくれたし各地に話は広がるはず。まずはこれがほしかった。あとは武力的な話だね。僕たちを仕留めきれなかったら、今勢いに乗ってるテレンペス王国側に対抗できないって揺らいでくれる」

「ほん。なるほどな」

「それでだけで何故、他の領土も無血で奪えるのだ?」

「後ろ盾が揺らいでるから。たった三人に国をめちゃくちゃにされたってなったら……?」

「敵には強大な存在がいる、となるわけだ」

「あとは交渉次第ですけどね」


 そこで地伝が拳を握り固めた。


「ではもうしばし破壊しよう」


 そう言って拳を地面に叩き込む。

 再び鋭い振動が足元を襲い、兵士や冒険者は立っていられなくなった。

 それと同時にいくらかの家屋が傾いていく。

 地面はボロボロになっており、亀裂やひび割れなどが多く見てとれた。

 爪痕をできる限りの残す方法としては、これで充分だ。


「では逃げるぞ!」

「おう、先に行け」

「刃天! 忘れたわけではあるまいな!」

「うっせぇーな! 誰かが残らねばならんだろうが!」

「大丈夫ですよ地伝さん! 刃天は死なないから!」

「ぬ……!」


 アオは刃天がもう不死身ではないことを知らない。

 このまま残せば確実に彼は命を落とすだろう。

 この世を理解し、地伝の目的を果たすためにも彼は必要な存在だ。


 だが、残ると言う。


「先走るな! 私が抱えていけば……」

「アオとチャリーを抱えていけ。お前に全ての攻撃を押し付けさせはせぬ」

「無駄なことだぞ!」

「無駄ではねぇさ」

「ええ加減にせぇ!!!!」


 凄まじい勢いで胸倉を掴まれる。

 若干の風圧が襲ってきたが些細なことだ。

 地伝は鬼らしい形相となって地伝を睨みつけた。

 アオは大きな声を聞いて委縮する。


「……お前もまた武人なんだな。無理くり連れ帰ればいいものを」

「一体何を考えている……! 何故残る!! 何故死地に向かう!! その必要はないはずだろうが!!」

「あるんだよ」

「ッ! 貴様……まさか……!」

「ふ、二人共!!」


 アオの叫びを聞いて地伝はハッとする。

 周囲を見やれば既に態勢を整えた兵士たちが一斉にこちらに向かって来ていた。

 更に言えば後方で弓矢魔法などの準備も整いつつあるらしい。


 ここで時間を潰しているわけにはいかない。

 地伝は己で縛りを設けているので人を多く殺すことはできない。

 アオは水を作り出して戦闘態勢に入った。


「……!! ~~! ぬぅうう!! 刃天!! チャリーは何処だ!」

「あっちだ。急げよ」

「アオ行くぞ!」

「おわっ!!? じ、刃天また後で!」

「フッ。じゃあな」


 地伝がアオを担ぎあげ、地面を蹴って大きく跳躍した。

 小さくなっていく二人の姿を見て刃天はようやく一息つく。


 それとほぼ同じタイミングで、刃天の周りに幾つかの魔法陣が出現した。

 魔法陣から一直線の光が飛び出して結界を構築していく。


 城の外に出た時から何か企んでいる人間が数名いることは把握していた。

 そしてこれは、イナバが教えてくれたことでもあった。

 この結界についても、刃天は把握している。


「大層な結界使いやがって……。アオが閉じ込められたらどうするつもりだったんだ。ったくよぉ。おおーいイナバ。これでいいんだな?」


 空に向かってそう口にする。

 返事はなかったが、その代わり多くの人間がこちらに接近してきた。

 この結界は外には出られないが中には入れるものであるらしい。

 イナバが言うには刃天と地伝を仕留めたい神が力を貸しているとかなんとかだったが、刃天にはよく分からないので目の前にことに集中するだけだ。


「さ。やりますかい」

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