11.9.兎の話
目が覚めた。
何故……と思いながら上体を勢いよく起こして体をまさぐる。
敵から受けた傷はなく、己で貫いた傷もなく無傷であることに違和感を覚えた。
だが、すぐに身体が半透明になっていることに気づいて『ああ、死んだのだな』と理解する。
それになんだか安堵した。
とはいえ疑念は解消されない。
周囲を見てみるが何もなく、白い地面が延々に続いてる空間。
空を見上げれば雲一つない晴天の青空が見受けられた。
ここは雲の上か何かだろうか。
そんな事を思いながら立ち上がる。
「ここはどこぞ」
『お目覚めですか』
聞き覚えのある声だった。
すぐに足元を見てみれば、真っ白な兎がちょこんと座っている。
刃天はすぐにしゃがみ込んだ。
「これはどういうことだイナバ。俺は地獄に何故おらぬ」
『まぁまぁ、まずはお話を聞いてください。ここは時間の流れが緩やかですから』
神格化した兎相手に武力行使をしようとはさすがに思わない。
刃天はすぐにその場に腰を下ろして話を聞く姿勢を作った。
案外素直に話を聞いてくれたことにイナバは少し驚いていたようだったが、向こうがその気であればこちらも応えねばならぬと思いすぐに口を開いた。
『まず刃天さんの現状をご説明します。貴方は私の願い事を聞いてくれた魂であり、一時的にこの場にて魂を保管させていただいております。そして地獄行きは免除となります』
「地獄に行かずともよいのか? では次はどうなる」
『順当にいけば輪廻転生。貴方の魂は癖は強くとも最低限の弁えは心得ていると判断されました。しかし……未だ強い心残りがあるご様子』
イナバの言葉に背を伸ばす。
心残りは確かにあった。
「……あれからアオはどうなった。地伝は。鷹匠は。あの村は」
『心残りがある状態だと輪廻転生に問題が生じます。なので私がそれらを解消させていただきましょう』
イナバが足で地面をタンッと叩く。
『アオさんたちは無事にヴィンセン領に戻られました。ですが流石地伝さんです。どうやら私と刃天さんが会話して何か交わしたことに気付いた様ですね』
「ああー、あの時か」
刃天は地伝に胸倉を掴まれた時のことを思い出す。
もう少し言いようはあったかもしれないが、時間がなかったので残る必要性を言葉に乗せていた。
それだけで気付くとは、さすがとしか言いようがないだろう。
だがその陰で、さっさと逃げてくれたようだ。
イナバが二度地面を叩く。
『アオさんと地伝さん、チャリーさんはヴィンセン領を拠点にし、ベレッド領とテレッド街、レスト領での交易を続けて基盤を大きく固めました。そして西と南からダネイルに侵攻』
「んんんん? ちょちょ、待て待て。ずいぶん時が進んでいないか?」
『あれから二年が経過しております』
「二年!?」
『刃天さんの魂をここに運ぶのに時間を要しまして……。さすがに別の世から元の世に引っ張り戻すのは苦労しましたよ』
「そ、そうなのか……。……それで?」
『多少血は流れてしまいましたが、獣人たちがテレッド街に集結したことによってほぼ無血で一つの領地を落とすことに成功しました。この時点でダネイル王国が所有する領地は二つのみとなりましたね。そしてその二つもこの二年で衰退していました』
「何故だ?」
『ダネイルから逃亡してきた女の子によるものです』
刃天は首を傾げた。
女が逃亡しただけで国がごろっと力を落とすようなことがあり得るのか。
イナバはその考えを看破していたかのように、あの時の事を思い出させてくれた。
『四人でダネイル王国に向かった時、アオさんに女の子が声をかけてきませんでしたか?』
「……ああ! なんかいたな!」
正確には三人で城に向かった時、兵士に案内をされている最中に出会った女の子だ。
名前は忘れてしまったがアオと親しい間柄であるということは会話の内容から理解できた。
「それが?」
『あの子はアオさんには及びませんが、ほぼ同等の力を有している水の子です』
「そうなのか!?」
『刃天さんが戦っている時に隙を見て飛び出したようですね。貴方があの場で戦い続けていなければ逃げ出すことは不可能だったでしょう。アオさんが敵になるのは心底嫌だったみたいですよ。生きていると分かればなおの事』
「なるほどなぁ……。てことはダネイルは」
『水の子の後継者がいなくなり、内政的に不安定になったみたいですね。そこから右肩下がりに衰退していきましたよ』
その後、ダネイル王国は最後の抵抗を見せはしたが、準備万端なテレンペス王国側の陣営に物量差で押し切られて陥落。
たった二年間で多くの領地を無血で奪ったアオの功績は高く評価されたらしい。
それに続きディバノも領地の安定化と交易路、販路の拡大を成功させて領地同士が生活に困るような状況には陥らないようにしてくれた。
テレンペス王国国王への挨拶は随分後になってしまったようだが、二人共が爵位を授けられたようだ。
「鷹匠は?」
『メノ村とテレッド街で楽しんでいます。剣術は表に出さず建築工法を若い衆に教えていて楽しそうでしたよ。ロクさんと仲良しです』
「そうか。地伝はそれからどうした?」
『丸くなりましたよ。目的が達成できたと私に伝えてくれました。今後……いや、地伝さんがあの世で生きている限り世界の文化の同化はないでしょうね』
「そういえば……それは一体何なのだ?」
『ああ、まぁ普通は分かりませんよね』
イナバが三度地面を叩く。
『文化の同化。多くの世界がある中で多くの世界が求めている物です。元は一つの文化しかない世界ですが、世界の境界があいまいになった時流れて来たり、流れていったりします。これは誰にも止められませんし、止める必要はないのです』
「ではなぜ幸喰らいは拒むのだ」
『日ノ本の文化というのは他の世にあって非常に珍しいものであり、多くの世界にとって毒となります。それだけ優秀なんですよね。だから幸喰らいはこちらの世ではなく、あちらの世を守っていたんです』
「…………では地伝は……」
『それ以上は彼のこけんにかかわります。口にせぬよう』
イナバが四度地面を叩いた。
周囲を見渡した後、刃天に向きなおる。
『どうですか? 心残りは未だありますか?』
「……この目で見られなかったことが残念でならぬ。だが、安堵した」
『それが魂の持つ本来の感想です。貴方は人に興味がなかった。でも今は違いますね』
「フン。どうだかな」
『一応私は神ですよ。見抜けますから』
タンッ、タンッ、タンッタンタンッ。
五度地面を叩く音が響いた。
すると刃天の体が更に透けていく。
不思議な感覚に陥りながらイナバを見てみれば、彼女は小さく頭を下げていた。
死ぬのは二度目か?
いや、実際はもう何度か死んでいるが実際の死という物に立ち会ったのはこれが二度目だ。
次はどのような人生を歩むことになるのか気になるが、記憶など引き継げはしないだろう。
であれば、意識のあるうちに口にしておかなければ。
「アオよ。己に正直に生きろ。俺のようにな!」
『いいですね。伝えておきます』
薄れゆくなか、刃天はイナバに優しい笑みを浮かべた。
それを最後に完全に見えなくなってしまう。
イナバは最後までそれを見届けた後、貴方を見た。
『これが彼の物語です。貴方も自分だけの物語を描ければいいですね。生きている限り物語は続きますよ。それが生というものです』
タンッ。
白兎が地面を叩いた音が、この物語の最後の音であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます