11.4.見送り

 ヴィンセン領に補充した水を確認したアオは一つ頷く。

 これでアオが不在の間でも凌げるはずだ。

 ベレッド領に流す分の水も綺麗にしている。

 もしかしたら足りない可能性も出てくるが、それまでには帰還する、とヴォロゾードには伝えておいた。


 だが彼は心配そうにしながら馬車を眺めている。

 チャリーが準備した分の荷物を積み込んでおり、刃天もそれを手伝っていた。

 傍には地伝もいるが彼は手を貸すつもりがないらしく、作業が終わるのをただ見守っているだけだ。

 地伝らしいといえば地伝らしい。


 見送りにはデルクとリタンも来ているらしく、二人はどちらかというとヴォロゾードの心配をしていた。

 デルクは彼がよろめいてもすぐに支えられる位置に立っており、リタンはそれを少し遠目で見守っている。


 そうしていると準備が整ったらしい。

 チャリーが声をあげて全員に呼び掛け、自身は御者の席に座った。


「では、ヴォロさん。暫くお願いします」

「よかろう。気をつけて行くのだぞ。そして必ず帰ってこい」

「はい。分かりました」


 はっきりと返事をし、ヴォロゾードを少しでも安心させる。

 一礼をしたあと、アオは身軽に幌馬車に乗り込み、そのあとに刃天と地伝も続いた。

 全員が乗ったことを確認したチャリーは、手綱を操って馬を進ませた。


 馬車はすぐにヴィンセン領を発ち、少し乾燥している地域を通りすぎていく。

 小さくなっていくヴィンセン領を眺めていた地伝は、ふと視線をこちらに視線を戻した。


「して、どうする。私はまだ話を聞いていないが」

「まずはダネイル王国に向かいます。招待されてるので城の中に入ることもできるでしょう。そこで……まぁ、いろいろします」

「小細工か?」

「いえ、正々堂々真正面からぶつかりますよ」


 地伝はその言葉に少しだけ目を見張った。

 相手は一国。

 それなのにこの四人だけで何とかしようとしているのだ。


 加えてこれが成功すれば、他の領土も無血で奪い取れるかもしれないというおまけつき。

 地伝もどうすればそれが可能なのか考えるが、今回ばかりはすぐに思い付かなかった。


 アオの反応からして、まだ作戦の全容を教えたくはないのだろう。

 もしかしたら構想が中途半端なので教えられないのかもしれない。

 だがなんにせよ……彼の瞳の中に迷いはないように感じられた。


「フッ。では練ったら教えよ」

「やることは決まってます。ですが、それは教えられません」

「ほお? なぜだ」

「お二人は演技が下手ですから」


 キッパリと言われてしまった言葉に、刃天と地伝は思わず目を見合わせる。


「心外だな」

「全くだ。アオ、俺には教えろ?」

「絶対ぼろがでるから教えなーい」

「んだよー」


 つまらなさそうにしながらも笑っている刃天を見て、アオもクスクス笑い始めた。

 幌越しに聞いているチャリーも思わず笑みがこぼれる。


 ある程度考えがまとまったのか、アオは御者の方に顔を出して席に座った。

 移動中は暇な時間が続くので、景色でも眺めようということらしい。

 二人は談笑しながら馬を走らせる。


「刃天」


 外の二人に聞こえないように声を落とした地伝。

 刃天はそれに眉を潜める。


「……なんだ」

「一つだけ忠告しておく」

「忠告だと?」


 更に怪訝な表情を作って地伝を見る。

 彼は目を瞑ったまま口を動かした。


「死ぬな」

「……は?」

「二度は言わぬ。説明もせぬ。いつもの通り、察せよ」


 その言葉を最後に、地伝はその口を固く閉ざした。

 これ以上何を聞いても決して口を割ろうとしない姿勢を見て、刃天は説明を求めることをやめた。


 刃天はすぐに思案する。

 だが結論にはすぐにたどり着いた。


(……沙汰が終わったということか……? この短期間で? 何を馬鹿な……)


 言葉ではいくらでも否定できた。

 だが頭の中では『そうであってもおかしくない』という答えが出ている。

 沙汰の基準など人間がわかるはずもないのだから。


 そう、人間には分からない。

 だが地伝は鬼であり、彼であれば理解しているはずだ。


(もう死ねぬのか……? いや、それが普通だ。であれば……死なぬように立ち回るとしよう)


 幸い対処の方法はあった。

 死ななければ良いだけなのだから問題はない。

 昔のように、あのときのように動くだけだ。

 だが一つだけ疑問が残った。


「……何故俺にはそれを教える。獄卒が咎人の肩を持って良いのか」

「構うものか。私も咎人なのだ」

「…………そうかい」


 地伝の犯した罪を刃天は知らないが、本人がそういうのであれば間違いないのだろう。

 一つ息を吐き、視線を外に向けながら刃天は言葉を口にする。


「感謝する」

「ああ」


 刃天は素直に感謝の言葉を口にし、地伝はこれを素直に受け取った。



 ◆



 その日の夜だった。

 焚火が燻り静かに日を消したところで、刃天はなぜか不意に意識が覚醒する。


 妙な心地だ。

 上体を起こして周囲を見やれば、珍しく地伝が寝息を立てて寝ていた。

 鬼でも眠る時は眠るのだな、と思いながらもう一度寝直そうとした時、トトッと小さな足音に気付く。

 嫌な気配ではなかったので、目を細めてその正体を探れば小さな兎だった。


『こんばんわ』


 突然のことに目を見開くが、その声には聞き覚えがある。


「……イナバか?」

『少々お話があってお声をかけさせていただきました。今、宜しいですか?』

「今しかないのだろう?」

『まぁ、そうですね』


 イナバは借りた兎の体を丁寧に使いながら座り、刃天の目をしかと見る。

 一体全体……神格化した兎が己に何の用だ、と気構えた。


『刃天さん』

「なんだ」

『目的地で死んで頂きたく』

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