11.5.ダネイル王国、謁見
あれから数日。
ヴィンセン領からダネイル王国に向けて進む道は少し険しくて移動に時間がかかった。
時々魔物に教われたりもしたが、そこまで問題にはならない。
ほとんどは地伝が仕留めてくれて、その肉などは毎晩の食事に回された。
魔物肉は意外と美味い。
刃天はアオに捌き方を教えながら、柔らかい部位なども教えていた。
そんなこんなで、ダネイル王国はすぐ目の前にまで近づいていた。
ここでは何が起きてもおかしくない。
なにせ、敵地のど真ん中なのだから。
「……これは、本当に被らねばならんのか」
「お前目立つからな」
「……慣れぬ……」
しぶしぶといった様子で大きなローブを羽織、フードで角を隠している地伝。
どうしても少し変になるが、ないよりはましである。
ダネイル王国は、アオとチャリーにとっては懐かしい景色ではあるが気を抜くことは絶対にしなかった。
刃天ももう一度あの門をくぐることができるとは思っていなかったので、妙な面持ちのまま近づいていく。
長蛇の列に並んでからようやく出番が訪れ、招待状を兵士に見せると目をかっぴらきながら応対してくれた。
小刻みに震えていた気がするが、まぁ気のせいだろう。
無事に入国できた四人。
地伝についてはなにも聞かれなかったので、そこはひと安心だ。
あとは……これからどうするかである。
「して、どうする。もう行くのか?」
「準備できることはもうないよ。こんなところ長居したくないし、早くヴィンセン領に戻らなきゃ」
「では早速向かうとするか」
「うん。チャリーは外で待機してて」
「えっ! 私もいきますよ! 魔法を使えばすぐにでも馬車は手配できます!」
「知り合いが近くにいない方がいいんだ」
チャリーはまだなにか言いたそうだったが、言葉を飲み込んで小さく頷いた。
待機場所を指定し、そこで待ち続けてもらうことになった。
馬もすぐに走らせられるよう、管理をしておいてほしいと付け加えて。
このやり取りを見て、刃天は一つ確信したことがある。
それは地伝も同じだったらしく、急に周囲を見渡してなにかを確認し始めた。
「どうした地伝。何してる」
「退路の確保だ。貴様もわかっているだろう」
「まぁな」
「私の出番は後だ。貴様の手番が先に来る。気を引き締めておけ」
「んな気構えてたら体は動かねぇよ」
刃天は気配を辿ってこちらを監視している人間と目を合わせ、睨む。
かなり遠くにいたが、睨み付けられた本人は慌てて引っ込んでいった。
その様子を見て刃天は軽くはなで笑い飛ばす。
監視の目が届いているということは、己らがダネイル王国に到着したということは既に知られていると思った方がいいだろう。
城内も準備万端の構えで来るはずだ。
本当に敵地に足を踏み入れるのだから、地伝の言う通り少しくらいは気構えたほうがいいのかもしれない。
「よし、行くか」
「うん」
「お気をつけて」
チャリーと別れ、三人はアオの案内にしたがって城へと向かった。
道中、刃天の和服にざわめく声が何度かあがったが、そこまで大きな問題にはならなかった。
アオと刃天に気付かれないよう、背後で地伝が睨みを利かせていたのだ。
一般人程度であれば、身を強張らせるくらいの圧を飛ばすのは容易だった。
そして城の前までやって来て、アオは兵士に手紙を見せる。
門番にいた兵士とは違い、場馴れしているのか彼は丁寧な手つきと言葉遣いで三人を中に通してくれた。
内一人が案内をしてくれるようだ。
「……目が痛くなりそうだ」
「白、白、白……か。確かに眩しいな、この城は」
明るい材料をふんだんに使用した城は、太陽の光を反射して目に刺さる。
漆喰とは違った白さに刃天と地伝は目を細めながら場内を歩いていった。
すると、アオが刃天の顔を見る。
言いたいことは分かっていたので、少し屈んで案内の兵士に聞かれないよう小声で伝えた。
「五十はくだらん。見事な甲冑を身に付けた兵士どもだ」
「歓迎はされてないみたいだね」
気配で周囲の様子を完全に掌握していた刃天は、伏兵の存在もしっかり確認していた。
どういった名目で待機させているのかは分からないが、明らかに邪魔立てはしてくるだろう。
警戒を怠ることなく、案内にしたがってそのまま進んでいく。
すると兵士が足を止めた。
なにかに気づいたらしく、そちらの方を見ており、アオと地伝もそちらを向く。
刃天は誰がいるのか把握しているので見向きもしなかった。
「ティーナ?」
「エルテナ……?」
そこにいたのは可憐な少女だった。
ぱっと表情を明るくし、すぐに走ってくる。
「エルテナ! どうしてここに!?」
「久しぶりだね。ちょっといろいろあって」
「わ、わああ……! もう会えないかと思った!」
話を聞いた感じだと、どうやら二人は昔からの知り合いらしい。
だが再開を喜んでいたのは一瞬で、途中からぎこちない困った笑みに変わったのをアオは見逃さなかった。
地伝もそれに気づき、目を細める。
ティーナと呼ばれた少女は会話を続けようとしたが、アオが片手でそれを制した。
「ごめんねティーナ。呼ばれてるからいかないと」
「あ……ごめんなさい、引き留めて」
「大丈夫。元気な姿が見れてよかった。それじゃ、またね」
「う、うん……」
少し素っ気なく会話を切り、兵士を急かす。
しばし悩んでいた兵士だったが、地伝が顎で『行け』と急かせばようやく動きだした。
歩いている道中で、地伝はアオの拳に力が入っているということに気づく。
だがそれも道理だろう、と小さく笑った。
(おなごまで使うか。ダネイルも必死と見てとれる。……されど、アオは問題なさそうだな)
今のはアオと仲がよかった人間を会わせ、情を揺さぶった策だろう。
アオがダネイルに敵対の意思を抱いていることは明白であり、少しでも有利に、かつ穏便に事を進めるための一手だ。
こちらからすれば先手を打たれた訳ではあるが……今のは愚策だっただろう。
アオがこれに気づいていない訳がないからだ。
(なおのこと、この子には火に油を注ぐと同義。他の子であれば話は変わっただろうが)
策はこれだけか?
そう思った地伝ではあったが、他にも色々策は巡らせていたらしい。
刃天に確認をとると数名の武装をしていない人間がいるとにこと。
だが先程の一連を見ていた者が逆効果であるとして人を下げさせていく。
「おもしれぇ動きしてやがんな。なんだ、ダネイルとはこの程度の小細工しかできぬのか」
「敵地だぞ。不要な言葉は慎め」
「ハッ。お前も敵地って言ってんじゃねぇか」
「事実だ」
「んじゃ俺が口にした言葉も事実だ」
すると、兵士が足を止めた。
振り返って三人に扉を指差したあと、横に移動する。
「……勝手に入れってことか?」
「まぁそういうこと。地伝さん。開けてくれますか?」
「……何割だ」
「え? ……ああー……。二割で」
「いいだろう」
「……は? おいアオお前正気か!?」
刃天はさっとアオを抱えあげてその場から離れる。
兵士はその行動に首をかしげていたが、地伝がそっと大きな扉に手を置き、力を入れた瞬間に怖気が走った。
バゴンッ!!
という轟音を轟かせ、門が振りきられて壁に直撃する。
壁には罅が、扉は木片や装飾が飛び散った。
あまりの衝撃に側にいた兵士は軽く吹き飛び腰を抜かしている。
地伝は部屋の中にいる人間に視線を向けた。
困惑している者や、恐れている者、眉をひそめて睨みを利かせている者と様々な人間が見てとれる。
その中で一際目立つ場所に座している国王と思わしき人間と、その側にいるレガリィーらしき人物。
地伝は彼らをしかと視界の中に捉えた。
地伝がこの巨大な扉を開け放つのは、一種の忠告だ。
こちらにはこれだけの手腕を持つ者が護衛にいるぞ、と言っている。
無論あれは全力ではなく少し力を加えてやっただけのこと。
本来の実力は相手には分からない。
ピリピリとした空気と気配が、恐れと困惑の色に変わっておくことを刃天だけははっきりと感じた。
先手は向こうが売ってきたのだ。
それを返して何が悪い。
「ったく、手加減したんだよなぁ……?」
「加減を間違えた」
「おい」
「一割だった」
「……おい……」
「わぁー……」
これにはアオも若干引いている。
刃天は心底あきれていた。
だが一つ咳払いをして気を取り直し、三人は床をしっかりと踏みしめて玉座に進んだ。
ダネイル王国との、謁見である。
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