11.2.ダネイルから


 ヴォロゾードの館に急ぎ戻ったアオと刃天は、チャリーをすぐさま呼び寄せた。

 未だに怒りの表情を露にしているのは大変珍しく、説明するときもなんとか怒りを爆発させないように努めていた。


「ダネイル王国の密使に会いました。言わば旧友です」

「無事でよかった」

「あんな奴に私は負けませんとも。……で、その密使はヴィンセン領に向かう最中だったようです。この手紙を届けるために」


 チャリーが懐から取り出したのは、既に封が切られている手紙の封筒だった。

 ここに来る前に中身を改めたようだ。

 本来はよくないことではあるが、相手はこれを『エルテナ様宛』だと言っていた。

 既にこちらの情報が向こうに渡っており、ダネイル王国が接触しようとしているのであれば、その内容を確認して迅速に行動に移した方がいいと思って封を切ったらしい。


 アオのこの事に関しては特になにも言わなかった。

 それより問題は、手紙の内容である。


 手紙を抜いて、丁寧に広げる。

 そこには確かに王家の印が記されており、この手紙が正式なものであると証明していた。

 そして気になる内容だが……。


「…………ダネイル王国への招待状……?」

「あり得ません。そもそもアオ様はダネイル王国から命を狙われており、テレンペス王国に亡命しました。今さら彼らの指示に従う必要など皆無です」


 チャリーは額に青筋を走らせながら貧乏ゆすりをして苛立ちを露にする。

 だが彼女の言うことは間違っていない。

 アオはすでにダネイルの人間ではないのだ。


 王家からの招待状を無視すれば大問題ではあるが、それは王家の持つ領土にいる場合。

 テレンペスの人間として立つならば、これは無視しても問題はないだろう。

 ヴィンセン領もテレンペス王国に寝返った。

 彼らも同様に、この手紙を無視しても何ら問題はない。


「……いや……行くべきだな」

「は……? 刃天さん、本気で言ってるんですか?」

「では一つ問うが、何故アオがここにいるとダネイルに知られている」

「…………確かに」


 チャリーは刃天の問いに答えられなかった。

 ヴィンセン領を掌握してからはまだ日が浅く、ダネイルにこの情報が届いているというのは早すぎるのだ。

 そして手紙まで寄越している。


 まるでアオの行動を常に把握しており、先手を打ってきたかのような。

 どこかに密偵がいるのではないか。

 そう考えると誰も信じられなくなる。


「刃天さんは……どう思いますか」

「罠は罠で間違いない。ただ無視した場合、内部の敵を見過ごすことになる」

「行けば敵地のど真ん中。行かなければ監視の目に怯えなければならない……」

「だがなぁ……監視役はおらん」


 これは刃天の言葉であるから誰もが信じることができた。

 いくら気配を探ってもこちらを監視しているような人間はいなかったのだ。


 ではどこに。

 すると、アオがため息を吐きながら答えた。


「見張りはいない。でも、僕の動きを予想して推察した人ならいる」

「あっ……!」

「チャリーは知ってるよね。レガリィーだよ」


 情報はダネイルに届けられている。

 テレッド街を掌握したとき、男爵とギルドマスターを取り逃しているのだ。

 それに、刃天が暴れたことによってアオがテレッド街にいるかもしれない、という情報も浮上するだろう。


 なにせダネイル王国では有名人なのだ。

 ダネイルのギルドマスターを殺害し、ゼングラ領に宣戦布告をするような者たちを覚えないはずがない。


「……あー……つまり? この文は敵の推測から判断した一手だということか?」

「まぁ、そうなるね。たぶん全部計算してる。あの人はそういう人だよ」

「てこたぁ、無視しても構わねぇってことか」


 驚異は近くにはいない。

 それであればこの誘いをわざわざ受け入れる必要はないということだ。

 刃天が結論を出したことによりチャリーも力強くそれに肯定する。

 メリットが一切ないのだし、行く理由も持っていない。

 ここは無視をするのが最も良い選択であり、このまま基盤を固めて襲撃に備えた方が利口である。


 話は終わった、と二人は思った。

 だがそうではなかった。


「いや、行こう」

「……へっ!? 本気ですか!?」

「おいおい待て待て……」


 これのは刃天も難色を示した。

 行く理由がないのに赴くとはどういうことなのか。


「やりたいことがあるんだ」

「……やりたいこと?」

「上手くいけば……ダネイル王国の領地を揺るがせるかもしれない。無血で領土を確保できるかも」

「なんだと……?」


 アオの発言に二人は目を丸くした。

 そんなことができるのか、という疑問と、それだけのことをするはずなので危険を伴うだろう、という確信があった。


 刃天とチャリーが顔を見合わせる。

 少しばかり目付きをきつくしたまま、刃天は向き直った。


「話を聞かせてもらおうか」

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