第十一章 目にできぬ結末
11.1.ヴィンセン領
トンビの甲高い声が上空に木霊する。
生命の息吹が芽吹くなか、枯れていた大地に大きな変化が現れていた。
鳥によって運ばれていた植物の芽がポツポツと顔を出し始めたのだ。
水が大量に流れて大地を潤しており、普段は芽が息吹かなかった場所でもその姿を見ることができるようになった。
この結果ヴィンセン領でも農作物を育てようという話が持ち上がり、多くの領民が桑を担いで大地を耕している。
ヴィンセン領は大変活気づいていた。
元々行っていた狩猟と、獲物の毛皮や骨を加工した物などは長年作り続けてきた職人が手掛けているので品質が良い。
水を大量に使うことができるようになって、清潔感も維持できるようになってきた。
まだまだ走り始めたばかりではあるが、それでも順調な走り出しであることは間違いなかった。
バインダーを持ち回りながら自分でヴィンセン領の状況を記しているアオの後ろを、刃天は暇そうについていっていた。
いろんな人に声をかけて回って、なにか困り事がないかを聞き続けていく。
地道な作業ではあるしもっと効率の良い方法もあるはずだが、アオはまず皆に顔を覚えてもらいたいという理由で、こうして歩き回っていた。
刃天はその付き添いである。
「兵士さんはどれくらいですか?」
「正規兵ってのはここにはいないよ。誰もが生活で苦しかったから何かしら職は持ってた。でも狩人が多いかな」
「近くには豊かな森が?」
「近くじゃないな……。一週間移動した先にある森に行くんだ」
「わぁ……。大変でしたね……」
「森っつっても水が豊富にあるわけじゃなかったしなぁ」
話をしてくれた男は、綺麗な水を見ながらしみじみと答えた。
そんな彼を見ながらアオは顎にてをやって思案する。
(すごく強い兵士になるかも……)
狩人は名の通り狩りをする人である。
兵士になれば狩る獲物が動物から人間に変わるだけなので、彼らの持つ智識と経験が花開くかもしれない。
だが急に兵士になってほしいというのには無理がある。
まだヴィンセン領も建て直しの最中なので、余裕をもって使える金銭が一切ないのだ。
これはヴォロゾードから苦々しく教えてもらった。
今まで水のために金を使っていたのだから仕方がない。
そのお陰もあって領民から大変慕われていたのだから、ある意味必要な金だ。
まずは金を稼ぐところから始めなければならないなぁ……と思いながら、アオは紙にそのことを記していった。
「ふぅー」
「今はヴィンセンの維持だけで手一杯か」
「まぁそうだねー。あれから少し経つし、そろそろダネイルも行動するはずだけどー……。チャリーからの連絡はないし、大丈夫かな?」
「昨晩ベレッドの使者も来た。取引を再開できるとのことだとよ」
「早いね!」
「あのベンディノ。なりはああだが、実力は確かなようだな」
これにアオはしっかりと頷いた。
組織を大きく入れ換えたというのに、それが既に機能している。
そうでなければ他の領地との取引もここまで早く再開はできなかっただろう。
今度ばかりは適正化格をもって取引を再開させる。
ヴォロゾードとベンディノがそこは話を付けてくれたらしく、ベレッド領の人間にも周知させて不正の一切を告発し修正させて罰則を与えた。
罰則の内容は聞いてはいないが、自首すればある程度緩和されるらしく、多くの者たちが自首したらしい。
緩和されなければどれ程重い罰則を用意していたのだろうか……。
なんにせよ、これでようやく公平な取引ができる。
ベレッド領も新しい事業などを探して損失分を取り替えそうとしているようだ。
もちろんヴィンセン領も負けてはいないが。
「次はどうする」
「一応聞きたいことは聞けたかなぁー。一旦帰ろっか」
「……それはもう少し後がいいかもな」
アオが首をかしげると、刃天が後ろを振り向いた。
そちらに視線を向けてみれば地伝がのそのそと歩いてきている。
彼は一昨日このヴィンセン領に訪れて住み着いている。
誰もが怖がって近寄らない。
異質な雰囲気を彼らは鋭く感じ取っているらしい。
地伝は眉をきつくひそめながら口を開く。
「無血とはいかなかったようだな」
「ヴィンセンは無血だ。ベレッドは内戦よ。それに被害も少ない。文句あっかぁ?」
「別に私は貴様らを咎めに来たのではない」
「じゃあ何しに来たってんだ」
「報告だ。チャリーが戻り、水の子を探している。どうやらダネイルに動きがあったらしいぞ」
二人はそれに反応する。
顔を見合わせて小さく頷くと、アオが地伝に聞く。
「チャリーはどこですか?」
「ヴォロゾードの館だ。なにやら怒りを含ませていたようだが」
「……分かりました。すぐに戻ります」
踵を返したアオは、すぐにヴォロゾードの館へと戻った。
刃天はそのあとに続いたが、地伝はそのままどこかへと歩いていってしまう。
地獄の刀をひと撫ですると、彼は小さく息を吐いた。
「……潮時か」
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