10.18.宣言


 カーンカーン!

 カーンカーンカーンカーン!


 ヴィンセン領に鐘の音が鳴り響いた。

 メックとレックの二人が手分けをして鐘を鳴らし、集会があるということを領民の全員に告げる。

 忙しい者たちも何とか時間を作って作業の手を止めたりしたが、鮮度の必要なものを取り扱う者たちはどうしてもその場を離れられない。

 とはいえ無理に参加するようなものでもないので、あとで人伝で話を共有してもらうということも認めている。


 これはヴィンセンがまだまだ小さな村だった時から取り入れていたしきたりだ。

 なにか大きな合図があれば、全員がそれを理解して動いてくれる。


 そうこうしていると、あっという間にヴォロゾード邸の周囲に多くの領民が集まった。

 二階からこっそり様子を眺めていた一行は、こんな短期間によくここまで集まるな……と感心する。


「凄い……」

「この領地の自慢の一つだ。鐘の音の鳴らし方で、何が起こるかを決めている」

「へぇ……!」


 アオもこれには感心した。

 周知するのには時間がかかるかもしれないが、音で知らせるという事ができれば領民たちに迅速に連絡を飛ばすことができる。

 これは今後も使っていきたい、と心底思った。


 背中をそっと押される。

 それに気付いて顔を上げてみれば、ヴォロゾードが領民の前に行けと促していた。

 意図を理解して頷いた後、アオは少し気合を入れる。

 一度だけ深呼吸をして……一歩踏み出した。


「……お。……お? 誰だあの子」

「え? あら本当」

「んー?」


 アオが領民の前に姿を現すと、疑問を口にする声が多く上がった。

 少し遠い位置に居るので、アオの瞳について気付いた領民は居ない様だ。

 ざわつきが大きくなってしまったので、一度手を上げてこちらに意識を向かせると、少し時間がかかってしまったが静かになり始める。

 それから、アオは大きく息を吸った。


「皆さん! 僕は、テレンペス王国から来た者です! 今日は! 皆さんを救いに来ました!」


 全領民の頭上にクエスチョンマークが浮かび上がる。

 何を言っているのかよく理解できなかったからだ。

 だが察しの良い人間は、アオが敵国であるテレンペス王国から来たのだと即座に理解し、目を見開く。


 彼らが声を上げる前に、アオは一手を打つ。

 大量の水を作り上げて、枯れそうになっている井戸や川に流し込んだのだ。

 百聞は一見に如かず。

 己の力を見せることで、先ほどの言葉の意味を領民全員に理解させた。


『『おおおおお!?』』


 途端に大歓声が沸き上がった。

 常に水を欲していた彼らはすぐに理解する。


 蒼玉眼を持った人物が、このヴィンセン領に来てくれたということに。

 彼らは水を求めて一気に動き出してしまう。

 井戸水を汲んでみればチラチラと太陽光を反射する澄んだ水が桶一杯に入っており、川に赴いてみればもう少しで溢れるのではないか、という程なみなみに水が張っていた。


 新しく新鮮な水に全員が歓喜し、早速飲んでみたり、水を使ってみたりと領民は様々な行動をとった。

 領民が喜んでいる姿を見たヴォロゾードは、しみじみとしながら目をつぶる。


「……長い間、辛抱させたなぁ……」

「ヴォロゾード様……」


 思わず涙を浮かべそうになってしまったが、彼はすぐに顔を上げてアオの姿を最後まで見届ける。

 デルクとリタンも、同じ様にアオの背中を見た。


 出だしは上々だった。

 ただ、今の段階だとこれは一瞬の喜びに過ぎない。

 これから領民に話をし、味方になってもらわなければならないのだ。

 その言葉は既に考えている。

 アオは少しばかり落ち着いた領民を見てから、もう一度声をかけた。


「皆さん聞いてください!」


 大きく通る声に、領民は振り返る。

 まだ騒いでいた者たちもいたが、そういった人たちは他の者たちが諫めて静かにさせた。

 ある程度声が通るようになったことを確認した後、再び声を張り上げる。


「ダネイル王国は貴方たちに救いの手を差し伸べませんでした! 他の領地も! ダネイル王国が所有する多くの領地は! 貴方たちを見捨てていたのです! ですが! テレンペス王国は見捨てません! だから皆さん、僕たちに付いてください! そうでなければ、助けられないんです! どうかお願いします!」


 アオの演説により、これが一瞬の喜びであるということに気付いた者は多かったようだ。

 話を聞いて、確かにこのヴィンセン領は多くの領地から見捨てられてきたのだ、と領民は感じた。

 何か変化がなければこのまま朽ちてしまうかもしれないような場所だ。

 だが、ここが彼らの帰る場所であり、故郷だった。


 一人の領民が賛成の意を表そうとする。

 だが、突然大きな声が跳ね返ってきた。


「待ったぁ!! ヴォロゾード様は!? ヴォロゾード様はどうしたんだ!! 俺たちはあの人のお陰でここで生活することができたんだ!」

「そうよ……! あの方は私たちみたいな人に親身になってくれた……。助けてもらえるとか、救いの手だって言われたって、あの人がいなきゃ私は反対よ!」


 この反発は次第に大きくなっていく。

 全員が全員ではなかったが、ヴォロゾードは本当に領民から愛されているのだとここで理解できた。


 アオは後ろを振り向いた。

 彼はやれやれ、と言った様子で杖を突きながら歩いて来る。

 ヴォロゾードの姿を見て安心した領民たちは再び歓声を上げたが、ヴォロゾードが手を上げるとピタッ……と静かになった。


「我儘な奴らだな。思っていた形にはならなかったが、宣言しよう。皆の者!」


 老体から発せられたとは思えない大きな声は、腹の底を叩きつけるかのようだった。

 領民も若干体を仰け反らせる。

 近くに居たアオなど驚いて下がってしまう程だ。


「ヴォロゾード・ズゥ・キランドルケはここに宣言する! ヴィンセン領は! 今よりダネイルを見切りテレンペス王国に付く! そして、政をテレンペス王国の人間に任せる! 案ずるな民たちよ。私は、しぶといからな」


 彼がそう言い切ると、ヴィンセン領は再び大歓声に包まれた。

 アオが水を作り上げた時の三倍は大きな歓声だろうか。


 この領土は単に行くところがなくて留まっていた領民の集まりではなく、領主一人の人望によってここまでの人数を維持してきたのだと知った。

 チャリーはもちろん、刃天も感嘆の息を零す。


 杖を突いて戻って来たヴォロゾードがすれ違う時、刃天は腕を組みながらぽそりとこぼす。


「大したもんだな、爺さん」

「領地あって民があり、民があって領地あり。民の事を想うのは領主として当然のことだ」

「言うことが違うな。学びになった」


 今もなお轟く歓声に打たれながら、アオもこちらに戻って来た。

 これで目標の一つは完遂し、本当に無血でヴィンセン領を手中に収めることに成功した。

 さすがに地伝も認めてくれるはずである。


 しかし、もう一つだけ問題があった。


「ヴォロさん」

「なにかな?」

「ベレッド領もなんとかしたいと思っています。ベレッド領領主と連絡は取れますか?」


 ヴォロゾードはデルクと視線を合わせる。

 彼が頷いたことを確認したところでアオに向きなおった。


「忌々しいあの男に今こそ断罪を下してやろう」

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