10.17.領土譲渡


 挨拶を終えた後、ヴォロゾードは席に座るように促した。

 アオはそれに応えて席に着くと、彼もゆっくりと腰を下ろす。


 もう立ち上がるのですら体力を使うのだろう。

 ヴォロゾードは立って座るといった動作をしただけで若干息を切らしていた。

 大きく息を吸ってすぐに吐き出す。

 二人の会話が始まるまで三回の呼吸を待つことになったが、アオは配慮してヴォロゾードが口を開くのを待った。


 息を整えたあと、目を開いてようやく口を開く。


「エルテナ君。君の口から聞かせてもらいたい。このヴィンセン領を救うことはできるか?」

「可能です」


 間髪入れずに放った言葉に、ヴォロゾードは満足したように頷いた。

 この言葉が聞きたかったのだ。

 自信に満ちた台詞でなければ、人を動かす事など到底できない。

 彼はそれをわかっているし、その実力もあるのだろうとこれだけで察するに余りあった。


 デルクとリタンから話を聞いて数日。

 救世主が現れると聞いて、最初は疑った。

 今まで救いの手が延ばされなかったこの領地に、誰がそんな美味い話を持ってくるのだ、と二人を軽く叱ったものだ。

 だがデルクはその信憑性を説明し、この席を設けるまでに至った。


 そして、今こうして目の前に救世主が現れた。

 長年ベレッド領の要求に耐え、自領を安定化させるために様々な策を取っていたが、それももう潮時だという頃合いで来てくれた。

 もっと早く来てくれていれば、などとは思うまい。

 今までの血の滲む努力がようやく救いの手を伸ばしてくれたのだ、とヴォロゾードは思った。


「長かった……。本当に長かった……!」

「僕はまだ子供で、ダネイル王国の領地のことはあまりよく把握していませんでした。ヴィンセン領という領土があることは知っていましたが、こんな姿だとは思ってもみなかったんです」

「君を責めるつもりなど毛頭ない。私の力不足なのだ。何かしようにも、今は人に指示を出すだけの老体に過ぎん。自分で何かをするには、私はもう老いすぎた」


 しわがれてしまった自分の手を見てつくづく実感する。

 このやせ細った体で何ができようか。

 もし行動を起こせるのであれば、今すぐにでもベレッド領に侵略を開始しているところだ。


 すると、アオが話し出す。


「ヴォロさん。貴方の仕事はまだ終わっていません」

「そうだな……。考えていることは同じか?」

「僕は、それでも構いません」


 見事に輝く蒼玉眼が、その答えを語っていた。

 ヴォロゾードは一つ頷くとデルクを呼ぶ。


「デルクよ」

「はっ」

「私には子供がおらん」

「……ええ。ベレッド領の戦いにて……」

「このまま呆けていては私も時期に旅立つ。打てる手は打ってきたが、領民を満足させる結果を出せたわけではない。現状維持が精いっぱいだった」

「……はい」

「この先私の後を継ぐ者は出てこないだろう。お前たちも領主と言う座に納まる器ではないことはよく分かっている」

「……」

「だからな。このエルテナ君に、この領土を任せようと思う」

『えっ──』


 多くの者がヴォロゾードの台詞に反応した。

 唯一反応しなかったのは、アオと刃天だけだ。


「「ええええええ!?」」

「えっ、うっそ……。え、アオ様これっていいんですか?」

「ん? うん」

「軽っ!」

「ちょちょちょちょヴォロゾード様ぁ!?」


 さすがにこれには異を唱えるデルク。

 続いてリタンも声を張り上げた。


「ヴォロゾード様の言うことも間違ってはないですよ!? 認めたくはないですが確かにこの領地の先は短い! でも、でも初対面の相手にいきなり領土譲渡なんて!!」

「せめて養子とか! なんかこう……いろいろあるでしょう!?」

「デルク。君はエルテナ君がテレンペス王国の人間であると言ったね」

「え、ええ言いましたね!」

「では養子などの手続きを踏むより、領土掌握とした方が都合が良い。私は退くだけでよいし、テレンペス王国からの見る目もそちらの方がよくなるだろう。それにすぐに政権を交代できるため、エルテナ君の好きなように動かせる」

「「……そっ……それはぁ……!」」


 ヴォロゾードの言葉はすべてが正しかった。

 アオはあくまでテレンペス王国に寝返った人間として活動しており、レスト領とテレッド街を味方につけてここに来ている。

 もしヴォロゾードの養子となれば、それはダネイル王国の人間に再び寝返るといった結果になりかねない。

 であれば、そんなものは無視していいだろう。


 領土を奪うといった形になるとはいえ、ヴォロゾードを殺害するつもりもない。

 必要のない犠牲は地伝との約束で生じさせてはならないのだ。


 ヴィンセン領がこの先やっていく為には、やはり基盤となる水が必要不可欠。

 ヴォロゾードはそれを見届けるだけで満足だといった姿勢を示した。

 次は、アオの番だ。


 デルクとリタンがアオを見る。

 コクリと頷いた後、立ち上がった。


「やりたい事があります。お膳立てをしていただいてもいいですか?」

「これが最後の仕事になるだろう。気合を入れさせてもらうよ。メック、レック。鐘を鳴らしておくれ」

「「わ、分かりました!」」


 その指示にメックとレックはすぐさま走って外に出ていってしまった。

 重い腰を上げたヴォロゾードは杖を突きながらアオに手招きをする。


「舞台を用意しよう」

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