10.19.ベレッド領攻略のために
演説を終えたアオはヴォロゾードに連れられて客室にて茶菓子を食べていた。
これから始まるのはベレッド領を攻略するための会議だ。
そこには刃天をはじめ、チャリー、メックとレック。
更にヴィンセン領のデルクとリタンも同席していた。
この八名でヴィンセン領を攻略するための算段を立てる。
だがそのための基盤は整いつつあった。
リタンが杖をさすりながら口を開く。
「先ほど、面白い情報が入ってきました。何やらベレッド領に水が流れてこなくなったとか」
「エルテナ君」
「僕です。信頼できる人にダネイルから流れて来る川の上流を塞き止めてもらいました。ベレッド領は今ある水しか確保できないはずです」
「……ヴィンセン領の川はベレッド領に繋がっている。先ほど川に水を流し込んでいたが、流れていってしまうのではないか?」
「ご心配なく。僕は大量の水を制御する術を持っています。なので水門の所で止めていますよ」
「ほぉ……」
デルクが窓を開けて遠くを確認してみる。
すると、ヴィンセン領全体に広がっている水路には水が張っているが、ベレッド領に繋がっている川は領地を出たところですっぱりと枯れ上がっていた。
どうやら本当に水の制御を行うことができるらしい。
更に話を聞いて驚愕するのだが、水質すらも操れるとの事だった。
これは古い水が一切なくなるということでもあった。
「君の力は凄まじいな……」
「ありがとうございます」
「さて……ベレッド領に水が行き渡らなくなったということなら、向こうは対応に追われている事だろう」
これには全員が頷いた。
水を絶たれ、商売先を占領され、搾取先であったヴィンセン領も自力で生活ができるまでに回復したのだ。
これでベレッド領に頼る必要はなくなった。
あとは水魔法使いが多くいるのでそう簡単には落ちないだろうが、収入先を絶たれたのであれば崩壊するのも時間の問題である。
今最も動いているのは教会の筈だ。
ジルードという神官が主体となっているはずだが、彼の動きを把握する必要がある。
そこでヴォロゾードは一つ手を打った。
指を鳴らすと、小さな鳥が出現する。
それに驚いたアオとチャリーだったが、どうやらこの鳥は召喚されたということが分かった。
「ヴォロさんって……」
「我が家系は召喚魔術師でな。こいつは伝書鳩のような役割を担ってくれる。デルク。紙とペンをくれ」
「はっ」
頼んだものを受け取ったヴォロゾードは、すらすらと手紙を書いて封筒に仕舞った。
鳥の背中に装備されている小さな箱に封筒を折りたたんで入れておく。
パチンッとロックをする音を合図に、鳥はすぐさま飛び立って窓から出ていった。
「ベレッド領領主、ベンディノに手紙を書いた。『ジルードを始末する算段が整ったからそちらの情報を寄越せ。その代わりテレンペス王国に寝返ろ』とな」
「えーと、ヴォロさん。ヴィンセン領は自領だけで生活できる基盤が多くあると分かりました。これからすぐに潤って行くと思います。ですがベレッド領はどう立て直しましょうか。水は何とかなりますが……」
「本来はベンディノが説明すべき事案だが、あそこは農村が多く作物と畜産物を多く収穫できる。これで当面の収益にはなるはずだ。テレッド街との交易も、ベレッド領がテレンペスに寝返れば解決するだろう?」
「なるほど、分かりました! テレッド街には僕の友達がいるので絶対大丈夫です」
ディバノであれば、すぐに交易を再開できるように調整してくれるだろう。
レスト領、メノ村、テレッド街、ベレッド領、ヴィンセン領が繋がって交易を続ければ、そのどれもが確実に潤っていくはずだ。
あとは……ベレッド領の返事を待たなければならない。
「それまでは少し時間がありますね」
「いや、そんなことはないぞ」
「え?」
ヴォロゾードが窓を見る。
ピピピピと可愛らしい声が聞こえたかと思うと、先ほど飛んでいったはずの鳥が帰ってきた。
「……早すぎません?」
「ワプという鳥を知らんか。個体数の少ない光魔法を使う鳥でな。瞬間移動をしながら進んでいく」
「チャリーみたい」
「え!? いやま、まぁ確かに『実体移動』は使いますけども……! 鳥と一緒にしないでください!」
このやりとりでいくらかの笑いが起きる。
ネタにされたことでチャリーは腕を組んでそっぽを向いてしまった。
そこまで怒っているわけではないだろうが、演出の一つか何かだろう。
ワプがちょこちょこと机の上に着地した。
ヴォロゾードが箱の中身を確認すると、そこには小さな水晶が入っている。
これを見て彼はすぐにベンディノの意図を理解したらしい。
水晶を手の平に乗せて魔力を流す。
すると、すぐに声が聞こえてきた。
『ヴォロ! 無事か!?』
「……ん? 私は無事だが?」
『だぁ~良かったぁ! ワプ使って届けんじゃねぇ罠かと思ったわ!』
「急を要する案件なのでな」
『そうかいそうかい! で、何がどうなってんだ? この手紙の内容……俺はダネイルを裏切りゃいいのか? だとしても大丈夫なのかよ! お前んところは……』
「ああ、そういえば書いていなかったな。蒼玉眼を持った子がテレンペス王国から来てくれてな。我が領土は安泰となった」
『フォア!?』
会話のやり取りを聞いていたアオたち三人は、互いに顔を見合わせる。
ヴォロゾードとは違いベレッド領の領主、ベンディノは随分コミカルな人間だということが分かったのだ。
声からしても若そうだった。
『おいおいおいおい説明してくれ!』
「はぁ、面倒な……。ヴィンセン領の水問題は解決した。テレンペス王国の工作によりダネイルからベレッドに流れて来る水は破壊されている。テレッド街もテレンペス王国が掌握た」
『お? ……おお~……。うち孤立してんじゃねぇか!! 水もねぇ金の流れも消え去っただとぉ!?』
「だからさっさとベレッド領の膿を絞り出して寝返るんだ」
『それしか選択肢がねぇ!!』
途端にドタバタといった音が水晶から聞こえてくる。
向こうで何かしら準備をしている様だ。
だがその最中でもベンディノは声をかけてくる。
『好きにやっちゃっていいのか!? 俺ぁあのジルードにあったまきてんだわ! なぁぁあにが聖水だ! 原水を差し置いて零れてきた水が聖水だとぅ? ふざけやがってのあくそ野郎が!』
「して、考えはあるか?」
『あーるに決まってんだろうがぁ! この時の為に一体どれだけの根回しをしたと思ってやがる! 教会主体の領土に反発する人間なんて山ほど居るわ! 得してんのは貴族共でぇ! 一般の人間は水売りに頼るしかねぇってんで毎日ブチギレてるっての! 貴族共も収入先がなくなりゃこっちに寝返るに決まってる! 今こそ潰すぞクソジルードぉ!』
「ヴォロさん。ベンディノさんはこんな感じなんですか?」
「うむ」
『……え? え? ちょっと待って? ヴォロ? お客さんいるの?』
「いるが?」
『ん先に言えやぁ!!!!』
ダァンッと机か何かを叩いた音が聞こえた。
すると悲鳴と共に何かが倒れるような音が幾度も聞こえてくる。
彼は倉庫かどこかに居たのだろうか……?
ヴォロゾードはやれやれ、と言った様子で頭を振った後最後に声だけかけた。
「ベレッドに人員を向かわせる。それまでに準備を整えておけ」
「……ぉ、ぉー……」
返事が聞こえたところで水晶を机に置いた。
一応ベンディノも向こうで準備を整えてくれるようだ。
教会に不満を持っているという人物が多いという話だったので、味方になってくれる人物も多くなるだろう。
教会の頭さえ潰すことができれば、毎月支払っていた金銭もこれから不要となる。
ヴィンセン領から流れてくる水を使うことができる様になれば、今まで水にかけていた金を違うことに使うことができるのだ。
今教会から恩恵を貰っている者たちからしても、これは大きなメリットになる。
一気に二つの領土が奪われたとなれば、さすがのダネイル王国も黙ってはいないはずなので知らせが入るまでに戦う準備を整える必要があるが……。
今はベレッド領の掌握が優先だ。
するとヴォロゾードがアオに問う。
「そういえば、ベレッド領は誰が治めるのだ?」
「ベンディノさんに任せようと思っています。今の会話を聞いてそう決めました」
「理由は?」
「戦いには負けたでしょうけど、それでも領主という立ち位置にずっと納まっているという事。根回しできる人脈がいるということは味方が多いという事。あとは名誉挽回の為、ですかね」
「あんな性格だが?」
「若い人たちにはとっつきやすい方だと思いましたので、それも加えて僕は彼を推します」
「これからを担うのは若ものだからな。分かった」
話を聞いて満足した後、彼はリタンに声をかけた。
「リタン。君がベレッドに向かいなさい」
「僕ですか。分かりました」
続いてアオが振り返る。
「刃天。チャリー」
「お任せください!」
「水売りの主犯格。斬っても良さそうだな」
刃天はすぐに部屋を後にする。
チャリーとリタンもその後を追って外に出ようとしたが、リタンは一度振り返った。
「必ずや教会を失墜させて見せます」
「頼む」
バッと一礼をした後、彼は力強く振り返って走っていった。
あとは結果を待つだけとなった二人は、小さく息をつく。
ようやく気を抜いて話せるというもの。
アオは目の前に置かれている少し冷めてしまった紅茶を飲み干す。
ヴォロゾードは椅子に体重を預けた。
「……もう少し、領内の話をしておくか?」
「戦力と資材調達場所、食糧事情や生産物なんかを聞きたいです!」
「……少し休んでからにしようか」
「分かりました」
さすがに子供の体力には勝てないな、と悟ったヴォロゾードは一旦休憩を取ることにしたのだった。
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