10.10.Side-チャリー-ベレッド領の内情


 ベレッド領は思ったよりも大きな国だった。

 外壁はしっかりとしており、兵士も兵器もしっかりと構えられている。

 とはいえ国というにはまだ発展途上であり、そこまで広大な土地を有しているわけではない。


 だが外壁が建つほどの領地だ。

 領民は多いし、建造物は高く、村も近くにいくらかあるらしい。

 今も村から持ち運ばれたと思われる馬車には大量の作物が積まれていた。

 これを今からベレッド領内で売りさばくのだろう。


 無事にベレッド領に辿り着いたチャリーは、旅の途中だという話を兵士にして中に入れてもらうことに成功する。

 食料や水を補給したい、と口にするとあからさまに困った顔をした。


「え、どうしました?」

「食料は何とかなるだろうけど、水は難しいと思うよ。お姉さんお金持ってる?」

「えぁ~……。そこまで」

「水に大枚はたける度胸がないなら、別の所に向かった方が利口だよ」


 この対応にチャリーは心底驚いた。

 兵士はチャリーに対して親切心で教えているのだろうが、その内容がベレッド領を『水のない土地である』という発言だったからだ。

 普通であればどんな情勢であれ旅人や商人を歓迎するものだが……。


 ここで話を聞けるかもしれない。

 そう思ったチャリーはすぐに疑問を口にする。


「水が少ないんですか? それにしては……農作物が多く運ばれているような……」

「おお、鋭いねお姉さん。まぁあんまり大きな声で言えるような話じゃないんだけどさ」


 兵士は周囲を見渡し、人が近くにないことを確認してから耳打ちしてくれた。


「ダネイル王国からベレッド領に通ってる水は二本。その二つを教会が独占してるんだ」

「教会が……? 領主ではなく?」

「少ない水を“聖水”である、としてね。ダネイル王国から流れてくる少ない水は聖なる水であるって囃し立てたんだ。そこで教会は水の所有権を訴えた。もちろん領主も反対したし戦ったんだけど、負けちゃってね」

「その話……。とっても面白いのでもっと詳しく知りたいのですが」

「僕が知ってるのはここまで。更に詳しく話を聞きたいんだったら“水に困ってる人”に話を聞いてみると良いよ」

「水に困ってる人……?」


 兵士はそう言い残すと、軽く手を上げて仕事に戻って行ってしまった。

 今一度領内を見てみるが……ぱっと見水に困っているようには思えない。

 子供たちは一生懸命遊んでいるし、商売もつつがなく行われている様だ。

 街を歩く女性には艶があるし、楽し気に笑う男共は生命力にあふれていた。


 そこでチャリーはハッとする。


(あ、これ貧困層と裕福層の違い……? ……いや、違うかな……。何はともあれ、水の分配に違いがありそう。この辺を調べながら、兵士さんが言った“水に困ってる人”を探しましょう)


 見た目だけでは分からない何かが、このベレッド領には存在している。

 どうやら、これを調べ上げなければならないようだ。


(ちょっと楽しくなってきましたね)


 チャリーは本格的に調査を開始すべくベレッド領に入っていった。

 まずは馬を預けて宿を探す。

 ここまではいつも通りなのですんなりとやってのけた。


 さて、宿に荷物を置いてからが本番だ。

 外に出て周囲を見渡しながら普通の街とは違う異変を探ってみるのだが、やはりそこまで大きな変化は見つからなかった。

 何かしらアクションを起こさなければならないらしい。

 水は教会が独占しているという話ではあったが……。


(水に困ってる……かぁ。とりあえず食事ができる場所に向かってみますかね)


 既に分かり切っている調査場所より、チャリーは領民が普段使うような場所を調査することにした。

 そこの方が情報を集めやすいだろうと考えたのだ。


 早速街を歩くのだが、その間も周辺の様子を確認し続ける。

 しかし大きな変化はやはり見当たらない。

 強いて言うならば……。


(水路がないんですね。水は配給制……?)


 井戸も見当たらないのでチャリーは首をかしげた。

 教会が水を管理しているのであれば……領民たちは彼らにいちいち許可を取らなければならないはずだ。

 だが領民は多くがここで生活している。

 これも信仰心あってのことなのだろうか……?


 そんなことを考えながら歩いていると、ようやく酒場を発見した。

 どこにでもあるような一般的な店ではある。

 チャリーはそのまま入ろうとしたが、数名の客が出て来る所に出くわした。


「飲み物高すぎでしょ……」

「エールを飲むの躊躇したの初めてだったわ。もうさっさとこの領地出ようぜ」

「移動するのに水が必要でしょ……。ここで稼いで旅ができる程度の水は確保しとかないと」

「くっそ~。水魔法使い何処かに居ねぇかな」

「居ないだろうね。僕たちに付いて来るより水を売る方が儲かるだろうし」

「ったく嫌な所に来ちまったもんだぜ……」


 そう愚痴をこぼしながら二人は嘆息する。

 ベレッド領に来たはよかったものの、随分後悔している様だ。


 チャリーはそんな二人に話しかけてみることにした。


「こんにちは~。ちょっとお話良いですか?」

「……え?」

「さっきの水の話? 教えて欲しいんですけど……」

「お姉さんはここにきて日が短いの?」

「今日来たところですよ」


 そういうと、彼らは苦笑いをした。


「悪いことは言わないから、さっさと出た方がいいぞ……」

「僕たちみたいに破産寸前になる前にね」

「そんなに……? まぁ水が高騰してるのは知ってますけど……。それにしてはこのベレッド領は人が多いですよね。なんでですか?」

「ああ~……」


 彼らは心当たりがあるらしく、二人で顔を見合わせた。

 すると一人が一度鼻で笑ってから説明してくれる。


「教会だな」

「はぁ」

「あいつら、自分の利益になる人間には水を大量に配るんだ。領地を維持しなきゃいけないから必然的にそうなる。畑、果樹、飲食店。どうしても水を必要とする職業は教会に毎月金銭を納めているんだよ。それで十分な水を貰うが、毎月の金銭はそんなに安いもんじゃない。だから商品の値段が跳ね上がる」

「詳しいですね……」

「まぁな」


 詳しすぎる、とチャリーは思った。

 同業者に近い匂いがする。

 すると話を聞いていたもう一人が、説明してくれた男を肘で小突く。

 彼は『別にいいじゃねぇか』という風に手でゼスチャーをした後、更に説明を続ける。


「だけどちょっとおかしいところがあるだろ?」

「まぁ……。こんな所好き好んで居たいとは思わないですよね」

「そうなんだよ。でもここの教会は“水は聖なるものである”って銘打ってんだわ。そんな水で育てた作物。神聖なものって思わないか?」

「……他の領地に売ってるんですか?」

「御明察~。主な商売はテレッド街みたいだけどな。あそこは水もダネイル王国に頼ってるって話だったし。まっ、それで領地は維持されてきたって感じだ」


 なんとなく分かってきたチャリーは、顎に手を当てた。

 ベレッド領はやはり教会をメインとして維持されている領土の様だ。

 金の流れを全て牛耳っているといっても過言ではない。

 それだけの力を教会は得ているということになる。


 話を聞いていて思ったのだが、随分無茶苦茶なことをやって教会は力を得たのだな、という風に感じられた。

 そもそも水はダネイル王国から流れてきているのであって、その水源を守っているのがダネイルの人間であることは間違いない。

 だというのにそれを自分の物にするというのは可笑しな話だ。


 だからこそ領主は戦ったのだろうが……。

 そういえばこの話を彼らに聞いていない事を思い出した。

 チャリーはすぐに聞いてみる。


「……もしかしてお二方は教会とベレッド領領主が戦ったことを知っていますか?」

「ここらじゃ有名な話だ。だが領民は語ることを禁じられている」

「え?」

「どっちにも都合が悪い話なんだよな。話が広まったら教会側は領主に反対されるような意見を出したって話になるし、領主は教会を敵に回したって事になる。偏る意見が出てくるような話だから領民は誰もこの話をしないな。因みに勝負は教会が勝った。領主側からは多くの裏切者が出たらしいぞ」


 利益に目をくらませた人間がどれだけいたのだろうか。

 それで勝敗が決したのかもしれない。


「ちょっと……! いくら何でも話し過ぎだよ……!」

「そうかぁ?」

「……貴方たちがここの領民ではなく、何かしらの目的のために活動しているということは分かりました。合ってます?」

「……ほらぁ……詮索されるぅ」

「姉ちゃんも似たようなもんだろ」


 チャリーは男の目を見るだけで答えはしなかった。

 もう一人の男が二人を見比べて困惑している様子だったが、強い警戒心を抱いたようで腰に差している剣を握り込む。


「大丈夫だ。この姉ちゃんは。な!」

「まぁ、そうですね。水に困ってる人ってのは貴方たちのことですね?」

「誰にでも当てはまることだから頷くことはできないな。俺はデルク。こっちはリタン」

「チャリーです。目的は教えてくれませんか?」

「言えないけど、ヴィンセン領に行く予定とだけ言っておこう。姉ちゃんならこの意味がすぐに分かるだろう。ほれ行くぞリタン」

「も、もぉ~……!」


 リタンはガシガシと頭を搔きながらデルクを追いかけていった。

 何の気なしに話しかけた相手だったが、いい情報を得られたとチャリーは満足する。


 だが、やはり彼らは同業者だろう。

 どういう目的で調査を行っているかは分からないが……。

 チャリーにあれだけの情報を教えてくれたのには理由があるはずだ。


『大丈夫だ。この姉ちゃんは。な!』

 この台詞も気になる。

 こちらから情報は何も出していないはずだが、彼はなぜかチャリーを認めていた。


(……いやぁ、ここで新しい問題を気にしたくはないですね……。まぁ彼らのことは一旦おいておきますか)


 ヴィンセン領も調べなければならないかもしれない。

 そう思いながらチャリーはようやく教会に向かいはじめた。

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