10.8.井戸


 刃天とアオは冒険者ギルドから移動してすぐに井戸へと移動した。

 覗き込んでみるがそこは暗くて見えない。

 そこで小石をぽいっと投げてみると、数秒してからぴちょーんという音が返って来る。


 普通であればこんな事をしても何も分からないが、アオはこれだけでどれだけの水量があるか把握できるらしい。

 音を聞いたアオは難しい顔をする。


「うわあ……。もうほとんど残ってないや……」

「そうなのか?」

「数日以内にはなくなっちゃうね。完全になくなる前に僕が来てよかったかも」


 それは間違いない。

 このままだったら水を求めて何かしら問題が発生してしまう可能性があった。

 既に水不足が始まっているようだったので、アオはすぐに井戸の中に水を補充する。


 テレッド街の井戸は溜め井戸だ。

 以前まではダネイル王国から来た商人が水を大量に売り、井戸に放り込んでいたらしい。

 アオは井戸がある場所を感知し、他の住民に悟られないように一つ一つ満たしていく。

 刃天もいるので誰にも見つかることなくほとんどの井戸に水を補充できた。


 しかし……二つほど厄介な場所がある。

 そこには数名のゴロツキが井戸を守る様に取り囲んで談笑していた。

 井戸に近づかなくても水を満たせはするのだが……あの井戸にたむろっている者たちが誰なのか気になるところだ。

 刃天とアオは物陰に隠れて彼らの様子を探る。


「誰だ?」

「……ああー……。もう商売を始めてるみたい」

「なんだと?」


 アオがそういうと、ゴロツキに動きがあった。

 一人の女性が近づくと何かをせびる様にして手を差し出す。

 すると女性は幾らかの金銭を払い、そのゴロツキに水を汲んでもらっていた。


「……アオの考えだが……。信憑性が増したな」

「水売りが実権を握ってるって話?」

「水に余裕がなくなり始めたこのテレッドで既に商売が始まったのだ。水が足らぬことが常であるヴィンセンとベレッドがこうなっていないはずがない」

「やっぱそうだよね」


 周囲を見渡してみるて分かったのだが、二人が見ている井戸は家の庭……つまり敷地内にある。

 どうやらここの井戸は持ち主がいるらしい。

 どこの貴族だか知らないが、ゴロツキを雇って井戸を守り商売をさせているといったところだろう。

 これがまかり通ってしまうとこの先厄介になりそうだ。


 しかしこのテレッド街の井戸が溜め井戸であるならば、住民はどうして水を確保していたのだろうか?

 刃天がそう口にすると、アオが答えてくれた。


「これが取引の一つだったんだろうね」

「……というと?」

「テレッド街元領主のリテッド男爵は、早い段階でダネイル王国に寝返っていたのかも。テレッド街を軍事拠点にする代わりに、水の提供を永続的に行ってほしい、みたいなお願いをしていたんじゃないかな」

「なるほどな。確かにそれであれば、問題にはならんか」


 テレッド街の住民が生活できるだけの水を用意できる余裕がダネイル王国にはある。

 ダネイル王国の領地で生活していたアオだからこそ、それが実現可能であると確信していた。


 何はともあれ仕事をしよう。

 アオは井戸に手を向け、井戸の中に水を満たしていく。


「……あんな奴らの為に補充する必要はあるのか?」

「あのゴロツキが悪さをして他の井戸水を引き抜かないとも限らないでしょ?」

「ハッ。先手を打ったということか」

「これで水を保管できる場所はないからね」


 クスクスと笑ったアオは仕事を終えるとすぐさまその場を離れていく。

 刃天も同じように離れようとした時、ゴロツキの驚愕する声を聞いて笑みを浮かべる。

 気配を辿ってみれば、多くの住民が井戸に集まっているということが分かった。

 誰もがそれに喜んでいるらしい。


 アオ曰く、今の気候であればこれだけで数週間は持つとのこと。

 また補充をしなければならない時が来るかもしれないが、その時には水路も開通しているだろう。


 ディバノの苦労もこれで少しは減るはずだ。

 ガノフとクティも気になるところだが、まぁ今それはいい。


「で、一応仕事はこれで終わりか?」

「そうだね。まぁチャリーが帰ってくるまでは僕がこの街の水質と水量を維持しておくよ」

「あまり目立つ過ぎないようにな」

「はぁ~、村はローブがなくてよかったから気楽だったんだけどなぁ~……」


 そう言いつつ、アオはローブのフードを目深に被る。

 この格好はやはり窮屈だし、なにより隠れているような気がするので苦手意識を持っていた。

 だが蒼玉眼だとバレてしまうのは一番やってはならないので、ここでの活動は慎重を期す。

 何かあっても刃天がいるので何とでもなる。


「だよね!」

「ハッ。あんま期待すんなよ。やることが無いなら戻るぞ」

「うん」


 一仕事を終えた二人は、昔と同じように共に歩いていった。

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