10.7.兵の要らない奇策


「……それで何が変わるというのだ」

「手当たり次第じゃダメですよ? ちゃんと狙いを定めた場所を崩すんです」

「場所は」

「小川です」


 地伝はそれを聞いてピンときた。

 刃天たちの動向は地獄に居た時も把握しているので、ある程度の会話の内容も理解している。

 そのため……今から攻めようとしているヴィンセン領とベレッド領に水資源が不足しているということも思い出せたのだ。


 ダネイル王国からの水が届きにくい遠方の領地二つは、距離が非常に近い。

 そして水資源の不足を賄うために水魔法使いを多く配置しているはずだ。

 この水資源を完全に断ってしまおうというのが、アオの作戦ということ。


 だがそれにはいくつかの問題が発生している。

 まずは戦力だ。

 現在手駒として使える兵士はこのテレッド街にいる兵士だけだろう。

 しかし動かせる兵力は少ない。

 更に二つの領地を落とすというのだから、動くには膨大な戦力が必要のはずである。

 いくら無血開城とはいえ、兵力の厚がなければ失敗に終わる可能性が高い。


 次に水魔法使いの在中だ。

 二つの領地は水が多く行き届いていない地域だということは知っているが、それでも今日まで維持して顕在している。

 元々少ない水で生活しており、その補助として水魔法使いがいるので、水源を遮断しても意味がないのではないだろうか。


 地伝は兵力の不足と相手の水資源対策について問うた。

 するとアオは首を横に振る。


「地伝さん。僕はここにいる三人だけでも攻略できると考えています」

「……ほぉ?」

「ですけど、確信がまだないんです。それをチャリーに調べさせます」

「その確信とはなんだ」

「水売りの横暴です」


 アオの言葉に二人は首をかしげた。

 しかし地伝はすぐに気づく。


「……! そうか、そういうことか」

「くっそ今回は分からん。なんだ、アオ。教えてくれ」

「へへ。えっとね、さっきディバノが言ったこと覚えてる?」

「……どこだ」

「水の話。水を買わなきゃいけないって言ってたでしょ?」

「ああ! なるほどな!」


 ここでようやくピンと来た。

 刃天はすぐに答え合わせをする。


「水が少ねぇ場所では水を買うのに金がかかる。それを独占している奴らがいるならば……」

「そこが確証に至ってない箇所なんだけどね。でもベレッド領から水売りはやってきた。水を売る生業をしている人間が居ることは確かだよ」

「可能性は高いか」

「つまり……」


 地伝がのそりと動いて壁に背を預ける。


「貴様はこの二つの領地が、水売りによる支配が続いていると考えているのだな?」

「うん。領主はいるだろうけど実権を握ってるのが水売りの可能性は高い。だから教会が出てきたんだよ」

「……ああ! あの時のか!」


 あれは水売りがやって来て皆で撃退した時のことだっただろうか。

 確かジルードとかいう協会の人間だったはずだ。


 水売りといえど信仰心は厚いのだろう。

 アオの考えでは教会が水源と水魔法使いを独占して実権を握っているのではないだろうかという予測をたてた。

 これは予測なのでどうかは分からないが、そうでなくても水が少ない領地を手駒にできる可能性は十分にある。


 こうなったとき、味方になるのは貧困層の領民たちだ。

 水資源を独占できなくなると危惧する者たちは、反抗してくるだろう。

 ここばかりは戦闘を避けられない可能性が高い。


「どうですか。地伝さん」

「……兵がぶつかり合うよりはまともな策だ。だがもう少し減らせぬか」

「頭を潰せば、もしかすれば」

「では信じよう。場所を教えよ」


 アオは刃天を見て笑った。

 上手く地伝を動かせたことを自慢しているらしい。

 この堅物をよく動かせたものだ、と刃天も感心せざるを得なかった。


 それからアオはすぐに場所を指定した。

 地伝は頷くと早速向かってしまう。

 それと入れ違いになるようにチャリーが帰ってきた。


「あれ? 地伝さんは?」

「仕事に向かった。チャリー、仕事だ」

「え、あっはい」

「ベレッド領の水売りを調べてこい」

「ふぇ!?」

「現状と頭を把握してくれると助かる! お願い!」

「任されました!」

(犬っころめ……)


 相変わらずアオにはどんなことだとしても尻尾を振り続ける。

 呆れた忠誠心だ、と胸のうちで呟きながらチャリーが窓から飛び出していくのを見送った。


 アオは腕捲りをすると、早速仕事へと向かう。


「護衛はいるか?」

「バレずに水を補充させたいから、警戒よろしく」

「よし」


 アオの仕事はテレッド街の水の補充だ。

 メノ村と水路が繋がるまではこれを繰り返して生活に必要な分の水を井戸に作っておく。

 これで水を買うという必要性はなくなるだろう。


 二人は自分の仕事を再確認した後、街に繰り出した。

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