10.5.後継者


 それから数日後。

 珍しくラグムが集まってくれ、というので仕事の前に全員が呼び出された。

 わらわらと集まっていくと、そこにはラグムをはじめとする重鎮が多く並んでいる。


 中央にはアオとコルト、チャリーや刃天もいるし、トールや地伝もいた。

 何が始まるのかと村民はソワソワしていたが、なんとなく察しはじめていた。

 全員が集まったことを確認したラグムが大きな声を張り上げる。


「よーし! 皆ぁー聞いてくれぇー!」


 全員の視線がラグムに集まった。

 静かになったことを確認すると、アオとコルトが薄い板を持ち上げる。


 そこには『メノ村』という文字が書かれていた。

 これを見た村民たちはやはり村の名前のことか、と納得しながら頷く。

 するとラグムがまた声を張った。


「全員に話を聞いて村の名前を決めることになったけど! アオさんに一任するっていう満場一致の意見がでたのでー! 決めてもらったぞー!」

「呼びやすくていいんじゃない?」

「分かりやすいな」

「ここもテレンペス王国の領内にある村って認められたってことか?」

「まぁそういうことになるんじゃない?」

「おおー……! なんか感慨深いなぁ……!」


 良好な反応に、ラグムはもちろんアオもほっとしていた。

 責任重大な仕事を村人全員から任されてしまったのだから仕方がない。

 何とか頑張ってチャリーやトールの知恵を借りながら考えたのだが、最後に決まったのは湖の名前であった。


 ラグムが最後にこの名前で問題ないかどうかを村民に問えば、全員が拍手でそれに応えてくれる。

 こうして正式にこの村の名前は『メノ村』になった。


 しかし刃天としては腑に落ちない事がある。

 名前を決めたのはいいが……誰もその意味を知ろうとしなかったのだ。

 何故だろうと思ってアオに耳打ちするが、彼も若干困った様子で苦笑いを返した。


「意味は特にないよ。皆呼びやすい名前を使うんだ。王国とかになると変わるけどね」

「単純だな……」

「この名前も結構単純。あの廃村の名前が『テノ村』でしょ? それから一文字変えて呼びやすい名前にしただけだし……」

「分かればいいのか?」

「まぁそうだね……。そんなに重要なものじゃないよ」


 これも文化の違いかもな、と刃天は胸の内で呟く。

 一応反対意見もないようなのでこの案を通すことになった。

 この板は看板として使用するらしく、村の前にある門に取り付けることとなった様だ。


 さて、これはこれとしてもう一つ伝えなければならない事がある。

 看板をチャリーに渡したアオは全員に声をかけた。


「聞いてください!」


 アオがそう言うと、ラグムの時とは打って変わって一瞬で静かになった。

 するとアオはすぐに話し出す。


「まず皆さんに伝えなければならない事があります。この村の水源を維持する後継者が見つかりました。今後はディバノの弟、コルトがこの村の水源を維持、管理し、丸太などの水抜きも担当します」

「よ、よろしくお願いします!」


 そのことは多くの村民たちが理解している事だった。

 何故かというと、この数日間でコルトはこの村全員に挨拶をして、既に顔馴染みになっていたからである。

 丸太の水を抜く訓練も一緒に見ていたし、水を操る術を教えてもらっているところも眺めたりといろいろな場所で関りがあった。

 コルトに水魔法を教える理由も聞いていたりしたので、それは周知されていたのだ。

 だからそこまで驚くことはなかった。


 数日でこの村の水源を維持できるようになったというのは、本当に大きな成果だ。

 水の元素が多いこの村ということもあるが、これはコルトの才能と片目に宿った蒼玉眼の力が大きいだろう。

 もう安心してコルトのこの村を任せられる。


 村の水源を維持できる人間が二人もいることに、村民は喜んだ。

 だが次にアオの口から飛び出た言葉には皆が驚く。


「それに伴い、この村の統治を正式にラグムに譲ります。そして、僕はこのメノ村を旅立ちます」

「「え?」」

『『……ええええええええ!?』』


 前に立っていたリッドとローエンが声を零す。

 そこから一拍を置いて、全員が叫び散らした。


 この作戦は村民の誰にも話していなかったことだ。

 こういった反応が返って来るとは分かっていたので、すぐにその理由を説明する。


「僕の最終目標は、前に教えたよね。でも、君たちを連れていくのは辞めた」

「ど、どうしてですか!?」

「本当はもっと時間をかけてこの村を街にして、国にして……って考えてたんだけどね。ディバノの立場が変わって作戦を大きく動き出せることが分かったの」

「だったら俺たちも連れて行ってくださいよ! そんなんじゃ……じゃなきゃ恩返しできねぇよ!」

「それは駄目。僕の持ってる権限全部を持って却下する」

「「なんで!?」」


 リッドとローエンが喰らいつく。

 この問いは村民全員の問いでもあった。

 これにアオは丁寧に答えていく。


「皆はここの住民で守る力はあるけど、攻める力はない。僕についてきたら残った人が困っちゃうでしょ?」

「そ、それはそうですけど……! じゃ、じゃあ数人だったら──」

「駄目。それは、僕が許さない」


 初めて強い語気で言い放ったアオの言葉は、村民全員に突き刺さった。

 彼らは皆アオのことが大好きだったし、アオも皆のことが大好きだった。

 だからこそここだけは嫌われることを覚悟で語気を強め、鋭く言い放ったのだ。


 全員が口を閉ざしてしまった。

 アオは硬くした表情を解く。


「この村にも役割があるの。だから皆を動かすわけにはいかないんだ。その成果はすぐに見えないものだけど、今後必ず役に立つし必要になる。だから僕の為に、その時までここで開拓をして欲しいんだ」


 全員が静かにその言葉を聞いていた。

 しばらく無言が続いたが、ローエンが大きなため息をついたところで沈黙が破られる。


「仕方ないですねぇ……」

「ローエン!?」

「アオさんの意思は固いよ。俺たちじゃ動かせそうにない。でも俺たちがここに居る限りアオさんの役に立つって言うんだったらさ。見送るしかないでしょ」

「まぁ、そうだよねぇ」

「アオさんが決めたなら仕方ない」

「皆……マジかぁ……!」


 ローエンの賛成意見が出ると、他の者たちもぽろぽろと意見を出し始めた。

 そのすべてが賛成意見だったため、最後まで抵抗しようと考えていたリッドは不承ながら頷くことになる。

 少し気の毒だったが、これがアオの決めた道だ。

 それに彼らが開拓を続けてくれれば、この村は強固になるし、なによりアオの帰る場所となる。


 何はともあれ住民を説得することができた。

 アオはチャリーと刃天に目配せをすると、二人は小さく頷く。


「皆、ありがとう。この村にはトールさんも残ってくれる。刃天とチャリー、地伝さんは暫くこの村を離れるよ。テレッド街がディバノの管轄になったから、物資なんかは多く送ってきてくれると思う」

「それはいいけど……。アオさんは結局どこに向かうんだ?」


 村民の一人がそういうと、全員が『確かに』と頷いてアオを見た。

 仲間として行き先を知っておきたい。

 これくらいは言わなきゃいけないな、と思ったアオはすぐに答えてくれる。


「ヴィンセン領とベレッド領を制圧しに行くよ」

『『『『……はッ!?』』』』

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