10.4.特訓


「お、俺が決めるのは責任重大すぎますって!」

「他に誰がいるんだ」

「いや! あ、アオさんとか! それこそ刃天さんとか!」

「お前がこの村の長だろう。お前が決めずしてどうするのだ」

「ええぇー!!」


 逃げようとするラグムの首根っこを掴んだまま、刃天はこの村の名前を決めさせていた。

 便宜上では開拓村として在るが、やはりしまりが悪い。

 刃天も名前を決めることはできるだろうが、この世の名前に相応しい村の名など考えられる筈もなかった。

 ということでラグムにすべてをぶん投げたわけなのだが……。

 この様である。


 名前くらいさっさと決めてくれ、と刃天は思っているのだがことはそう簡単な話ではないらしい。

 ラグム曰く、まずは村民全員の同意が必要との事。

 そんな面倒くさい手順など踏んでいられるか、と一応早く決めてもらえるように打診したのだが断られてしまった。


 話に決着が付かないので、刃天はラグムを投げ飛ばして大きなため息をつく。


「だったらさっさと同意を得てこい!」

「絶対俺よりアオさんが決めるってことにした方が早く進みますよ!?」

「それも込みで聞いてこい!」

「わ、分かりましたよぉ~!」


 帰って来て早々人使いが荒い、と愚痴をこぼしながらラグムは村民たちのいる場所へと向かって言った。

 とりあえずこれで名前の話は進むことだろう。


 さて、昼寝をしようとしたのだがこの一件で目が冴えてしまった。

 急に暇になったので、刃天はアオたちの所へと向かうことにする。

 確か特訓をするという話だったので、アオが作り出した湖にでもいるはずだ。


 そちらの方へと近づいていけば、やはり数名の気配を感じ取れた。

 刃天は『コルトは真面目にやっているか……?』と偵察も含めて気配を殺しながら近づく。


 遠目からちらりと覗いてみれば、今は水を作り出す魔法を特訓しているようだった。

 コルトの持っている瞳がどれ程のものかは分からないが、見たところ水は作り出すことができているし、宙をふよふよと移動させることもできている。

 この土地が水元素に溢れているということもあって、操りやすいのかもしれない。


「んん? レノムもいるのか」


 魔法の特訓にはレノムも参加しているようだった。

 そういえばアオも彼女から色々学んだと言っていたような気がするので、教師としての実力はあるのだろう。

 ただここから見るとどうしても寝ているようにしか見えない。

 木に背を預けて頭がガクンッと落ちているのだ。


 あれは完全に寝ているだろう。

 何しに来たんだ、と思いつつアオの指導に目を向ける。

 ここからでは声が聞こえないのでどの様に特訓をさせているか分からないが、急に周囲が重くなった。


「……湿気か」


 この村は元々湿度が高かった。

 水元素が多いからなる現象で、アオはこの湿度も管理していたはずだ。

 それをコルトにさせようとしているのだろう。


 すると、フッと空気が軽くなる。

 コルトがアオの方を向いて首を傾げており、これにトールとチャリーは手を叩いて喜んでいた。


「才はあるようだな」


 それから空気が重くなることはなかった。

 辛そうな気配もないし、無理矢理維持しているといった様子もまったくない。

 何なら無意識化で行っているのではないか、と思えるほど平然とした様子でその場に立っていた。


 この調子ならこの村をコルトの任せ、アオが出陣できる時も近いのかもしれない。


「何をしている」

「俺に奇襲は効かねぇぞ。てかお前こそ何してんだ」

「鉄を探してたんだが村民から水路の話を聞いてな。ここまで赴いたわけだ」


 振り向くことなく会話を続けている相手は地伝だ。

 ようやく彼の姿を視界の中に収めてみると、すきを肩に担いでいた。

 しかしそれは特注で、全てが鉄の塊でできたものだ。

 鬼の力で開拓をするには道具も作らなければならないらしい。


 だが地伝が積極的に水路を敷く作業を行うというのは意外だった。

 あまり作業には干渉しないと思っていたのだが……。


「どういった風の吹き回しだ?」

「仕事はする、と言ったからな。足がかりくらいは作ってやるつもりだ」

「……やりすぎんなよ……」

「善処する。それよりだ」


 地伝の視線が変わった。

 腰に差している刀に腕を置き、刃天を睨みつける。


「テレッドでの死者。多かったそうだな」

「誰から聞いたんだ?」

「イナバ様だ。敵を殺さず開城させるのではなかったか?」

「あの盤面じゃ無理だった。お前もイナバから話は聞いているだろうが」

「……まぁな。イナバ様はあの程度で境界が歪むことはないと仰った。だが、貴様は無血の契りを破ったことに変わりはない。衣笠もそうだろう」

「そりゃそうなんだがよぉ……」


 面倒くさい地獄の獄卒だ。

 別に契りを交わしたわけでは断じてないが、幸喰らいの話と被せられるとややこしいので、一応ここでは反論しないでおいた。

 そもそも既に中に入っているダネイル兵を無血で投降させられる筈がない。

 だが地伝としては言ったことを守らなかった、ということで詰めているように感じられる。


 正直面倒くさい。

 刃天は大きなため息をつく。


「イナバは怒ってねぇんだろ?」

「む……」

「じゃあそれが答えだ。ていうかその危惧があったんなら来いって話だろうが。お前なら何とでもなっただろ」

「……」

「お前は判断を誤った。それだけのこと」


 地伝は小さくため息を吐いただけで、この件に関してそれ以上口を開くことはなかった。

 沙汰を下し続けた人間。

 己を棚に上げなければ沙汰を下すなどといったことはできないだろう。

 それが地伝が選択した結果に出たという事。


 ここで言い返さなかった地伝だが、そこが彼の凄いところでもある。

 考えをこの会話の中で変えたのだ。

 長い間生きてきたといっても、人間との交流と彼らの考えに触れることはほとんどといっていい程なかった。


 とはいえ刃天もここで言い負かした、とは思っていない。

 思ったことをただ口にしただけなのだ。

 この会話の中で考えを改めろなどとは思っていないし、なんから別に鬼の事など興味もない。


 刃天は会話を終えると振り返って再びアオたちの様子を眺めはじめた。

 地伝は鋤を肩に担いだまま、その場に座る。


「次も殺すのか」


 これに刃天は首を横に振った。


「うんにゃ。次は殺さねぇ。殺さず、二つの領地を掌握する」

「そんな事ができるのか」

「これにはなぁ。お前の力が必要なんだ」

「私の?」


 思いがけない一言に首を傾げる。

 戦いに関することには参戦しないとしっかり言い放ったはずだったが、それでも刃天は地伝の力が必要だと言い張った。


「どういうつもりだ?」

「人が死なない戦にする為に、お前の力がいるって話だ。さぁどうする地伝。協力して無血で領土を奪うか、話を蹴って血みどろの戦にするか」

「……話を聞こう」

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