9.21.Side-ディバノ-説明と説得
ペンをペン立てに入れたウルスノは顔の前で手を組んだ。
真剣な話をするときにしてしまう彼の癖である。
トールやナモエドはその仕草の意味を知っているのでここで変なことは一切言わないが、ディバノたち兄弟はそのことを知らない。
だが雰囲気から察することはできる。
だがそれと同時にディバノはウルスノの目が他のメンバーに移っているということに気付いた。
彼なりにこの面子がどういう意味を持っているのか考えているらしい。
特にディバノとコルト、そしてナモエドを見ているようだ。
ナモエドは庭師でありながらカノベール家の重鎮である。
そんな彼が朗らかな雰囲気を携えたままここにディバノを案内するというのは何かあってのことだ。
そこでウルスノは気付く。
「……! ナモエド貴様! 教えたな!?」
「おお!? もうお分かりになられましたか!」
「何をしているんだ折角……。ああぁ~……もういいわ……」
「はははは! たまには領主様が動揺する姿を見るというのもいいものですなぁ。それにディバノ様は貴方様のご期待に応えたようですぞ」
「はぁ~……。父親の威厳というのもあるんだ。勘弁してくれ」
「それは失敬」
先ほどとは打って変わったウルスノ。
真面目な雰囲気はどこへやら、きつくしていた目つきを解いて友人との談笑を楽しむ一人の男の顔になった。
緊張していたトールとクティもその姿を見てようやく気を抜く。
小さく息を吐いて安堵している様だ。
二人もウルスノの権威を知っている為、ここに入るだけでも相当の覚悟が必要だったのだろう。
ディバノは心の中で二人に礼を言っておく。
「お久しぶりです。お父様」
「もうナモエドから話は聞いたのだな?」
「はい。僕自身まだ課題をクリアしたとは思っていませんが、それを抜きにしてもお伝えしなければならない事があると確信して戻ってきました」
「んん? それはなんだ」
「クティ。手紙を渡して」
「はっ」
クティはすぐに懐から例の手紙を取り出す。
最も戦闘能力に長けている彼女に手紙の保管を任せていたのだ。
彼女は若干冷や汗をかきながらウルスノの傍まで近寄り、両手でその手紙を手渡した。
片手で軽く受け取ったウルスノは、まず刻印を見て目を瞠る。
「こいつは……」
「すみません。時間がないので談笑はここまでにさせてください」
「いいだろう。これはどこから手に入れた」
「テレッド街のリテッド男爵の邸宅です」
「「!?」」
ウルスノとナモエドがあからさまに驚く。
何の話をしているのかよく分かっていないコルトは周囲の雰囲気を読み取って沈黙を貫いている。
賢い子だ、とディバノは微笑んだ。
スッと表情を引き締め、説明を続ける。
「僕はこれまでテレッド街の近くにある村に滞在する予定でしたが、その村は崩壊しており何もありませんでした。その際一人の女性に出会ってもう一つの村へと赴き、そこで活動をしていました」
「な、何もなくなっていただと? あのテノ村がか?」
「跡形もなく」
「何故報告が来なかった」
「その手紙がそれを意味していますよ」
ウルスノは手紙を見る。
崩壊した理由と経緯はディバノも聞いていないので知らないが、テレッド街を治めているリテッド男爵が敵側に寝返っているとすれば、この報告をする義理も無くなる。
もしそうなれば街に兵が派遣されてしまうだろう。
ディバノがこれに気付いたのは手紙を受け取って移動している最中だった。
リテッド男爵がダネイルと手を組んでいるのであれば、援助支援を更に受けようと村の崩壊を報告することはない。
気付かれてしまうかもしれなかったが、その時は冬が近づいていたのだ。
多くの者たちは冬を越す準備で領地の移動を考えてはいなかっただろう。
ウルスノはすぐにこの事に気付き、ようやく手紙の中身を検める。
中に記されている内容に絶句しつつ、ディバノの説明を聞いた。
「僕には多くの協力者がいまして、彼らがこれに気付き教えてくれました。その際、その村は情報を得ようとダネイル王国からの水売りから水を受け取っています。彼らのこの機転がなければここまで早くこの事態に気付くことはできなかったでしょう」
「……なるほど」
これは嘘であるが、事の重大さが嘘を簡単に隠し通した。
本当は生活が困窮していてダネイル王国から突然やって来た水売りに頼り、情報を漏洩していたのだが……。
こうしておけばこちらの手柄となる。
追及もされなかったので、ひとまず村の問題はこれで解決したといっていいだろう。
そして、ディバノは本題に入る。
「お父様。テレッド街に兵を送ってください。僕の協力者が先行して情報を集めて回っていますが、多くのダネイル兵が既に潜伏しています。検問もダネイルの手中にあると考えてもいいでしょう」
「兵は幾ら必要だ?」
「軍事的な経験はないので正直分かりません。実際にテレッド街をこの目で確認してきたわけでもないので……どれほど必要か、という問いには曖昧な答えしか……」
「うむ。良い」
この回答にウルスノは大変満足した。
分からなくて当たり前なのだ。
それをはっきり言えるディバノをしっかり評価した。
さて、これからこちらの仕事だ。
「ナモエド。三千の兵士を用意しろ。テレッド街の規模を考えればこの兵数で周辺の警護に回せるはずだ。相手は潜伏しているとはいえ、数はまだ少ないだろう」
「あっ! すいません、一つだけ!」
「なんだ?」
「テレッド街はレスト領の支援とダネイルからの支援で街自体が大きくなっています。どちらからも攻撃されることがないので防御壁を築かず開拓に集中していた、と話を聞きました」
「規模が変わっているのか。良し分かった。五千の兵を用意しよう。テレンペス王国にもこの知らせを飛ばし、増援を遅らせよう」
「ありがとうございます!」
「では、そのようにさせていただきますぞ」
ナモエドは一礼をすると、すぐさま準備に取り掛かる為部屋から出ていった。
明らかに一回の庭師がするような動きではないが……。
トールはそんな事を思いながら彼の背中を見送った。
ウルスノは小さく息を吐く。
身内に裏切者がいたという事実と、それに気付けなかった自分の浅はかさを悔いた。
手に持っている手紙がなければ、テレッド街を拠点にされて領土が危ぶまれる事態になっていただろう。
「この短期間でよくもまぁ……」
「僕だけのお陰じゃないですよ。それに、話はまだ終わりじゃないです」
「まだあるのか」
「お願いが二つほど」
これにウルスノは手を組んだ。
ディバノは怯むことなく要求を口にする。
「まず一つ目は、コルトを僕に預けてください」
「!? コルトをか!?」
「僕?」
ようやく名前を呼ばれて首を傾げる。
頭を撫でながらディバノは説明する。
「僕の協力者に蒼玉眼を持つ男の子がいます」
「なん……!?」
「今は村で水源の維持をしてくれていますが、村だけの維持をするのは勿体ないので代わりにコルトをそこに置きたいんです」
「……はは、一体どれだけの協力者を得たんだ……。まぁいい。そういうことなら構わないが、まだ幼く水魔法もまともに操れんぞ?」
「その村は水元素が豊富でして」
「……なるほどな……」
多少力が拙くとも、周囲の環境がそれを補助してくれるのでコルトでも問題ないという判断だ。
確かにそれであれば実力不足で幼いコルトでも何とかなる可能性がある。
だが、さすがに蒼玉眼の子供がいると知って黙っているわけにはいかない。
本来そういう人物は王家に仕えるだけの資質がある者ばかりだ。
小さな村で一生を終えさせるようなことはさせられない。
国を維持するため、繁栄するために大切に育てなければならないのだ。
そんな子供を最前線とも言える場所に放置できるわけがなかった。
「では、その村はコルトという代わりができる。蒼玉眼の子供は不要になるのなら、彼をここに呼んではくれないか? テレンペス王国に招待せねばならん」
「それは今の段階ではできません」
「納得できる理由を聞かせてもらおうか」
「ダネイル王国を倒すためです」
ウルスノがピタリと動きを止めた。
真面目にその言葉を口にしているのか見極め始めたのだ。
戯言であればこの発言を放っておくわけにはいかない。
これを口実に何か違うことを企んでいるのではないかとも勘ぐってしまったのだが……。
ディバノの目にそんな邪な考えはなかった。
ディバノがここまでこれたのは刃天やアオ、その他村の協力者がいてのことだ。
彼らがいなければ何処かで野垂れ死んでいたかもしれない。
だが村人たちは自分たちを迎え入れてくれた。
彼らの行いを何とかする、ということで村民には恩を返せたと考えている。
だがアオたちにはまだ返すことができていない。
彼の境遇を知っているからこそ、協力してやりたいという想いが今は強かった。
一筋縄ではいかないということはもちろん分かっている。
しかし勝つためのビジョンはアオと共に考えていた。
「……ディバノ。できるんだな?」
「最低でもダネイル王国の南部にある二つの領地は奪えます」
「……フッ……はははは、はははは! はっはっはっはっはっは!」
笑い出したウルスノは席を立つ。
足音をわざと鳴らしながら歩いてきて、ディバノの頭をわしゃしゃと乱暴に撫でた。
「流石私の息子だ! 好きなようにしてみろ! 責任は私が持とう!」
「ありがとうございます。お父様」
「だが兵力は私の私兵だ。ディバノの考えがあってもこちらを納得させなければならんが、どうする?」
「こちらには獣人がいます」
「ん!? じゅ、獣人だと……!?」
「あ。もう一つのお願いなんですけど、テレッド街を僕に管理させてください」
「……もう少し……話し合おうか?」
「はい!」
とんでもない成長ぶりを見せたディバノ。
父であるウルスノも本当に自分の子供と話をしているのか、と若干疑問を抱きつつも話し合いの席をしっかりと設けた。
その様子を見ていたトールとクティは、肩を竦める。
((さすがディバノ様……))
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