9.20.Side-ディバノ-一つの案


 見慣れた景色、歩き慣れた廊下、懐かしい空気。

 久しぶりに家に帰ってきたという実感はあったが、どうしたことか心地よいとは思えなかった。

 今は皆で作り上げたあの村の方が居心地がいい。

 思い入れがあるからだろうか?


 そんなことを考えながらナモエドの案内にしたがって廊下を歩いていく。

 父であるウルスノは元気だろうか。

 そこでふと、ここ家が少し変わった、というナモエドの言葉を思い出す。


「あれって、どういうことなの?」

「ウルスノ様の真意に気付かない者も幾ばくかおられましてなぁ。可能な限り説得はして誤解は解いたのですが、それでも納得できない者はこの家を離れたりしましたな。二人程度でしたが」

「そうなんだ……」

「まぁこれはさした問題ではありません。何より厄介なのが……コルト様なのです」

「コルトが?」


 ナモエドの台詞に、三人は顔を見合わせる。

 コルトとは、カノベール家の末っ子で四男に当たる子供のことだ。

 三男であるディバノの弟になる。


 家族の中では最も大人しくしているはずのコルトだったはずだが、ナモエドがこうして難色を示すくらいだ。

 ディバノがこの家から出ていってから何かあったらしい。

 弟が何か問題を起こしているとなれば、兄として黙っているわけにはいかない。


「コルトがどうしたの?」

「実は……」


 ナモエドが説明をしようとした時、曲がり角から何者かが走って来る音が聞こえてきた。

 随分軽い足音だ。

 その後に続いて女性の声も聞こえてくる。


「コルト様ぁー! お、お待ちを……!」

「ヤダー! やんない! 絶対嫌だぁー!」


 半べそをかきながら全力でメイドから逃走しているのは、件のコルトだった。

 追いかけてきているであろうメイドに振り返りながら叫び散らした後、前に向きなおる。

 そこでこちらの存在にようやく気が付いたらしく、勢いの乗っていた速度を緩やかに落とした。


 幼い容姿はやはり変わっていない。

 ベージュの髪の毛は少し長めに整えられているので、幼さも相まって男の子か女の子か分かりにくい。

 着ている服は普段着ではなく、訓練に使用するものだ。

 ディバノよりも幼いコルトが剣を握るのは早い気がするのだが……。


 コルトは暫く放心したように目をぱちくりさせていた。

 遠目なのでよく分からなかったが、なんだか瞳の色が変わっているような気がする。

 すると、ぱっと明るい顔を作って走り出した。


「ディー兄ちゃーん!!!!」

「まっ! 待って待ってうわああ!」


 勢いよく走って来たコルトに対応することができず、ディバノは飛びつかれて転倒する。

 慌てて起こそうとするトールだったが、急に何かに弾かれた。

 そこまで強い衝撃ではなかったが、手を払いのけるのに十分な衝撃だ。


「おおっ……!? ……水……?」

「奥方様のお祖父様の血を強く受け継がれた様でしてな……。お祖父様と同じ瞳に変わりまして」

「……その訓練ですか」

「まぁこの有り様で」


 コルトはディバノにしがみつき、全く離れようとしなかった。

 末っ子の兄弟ということもあって二人は仲がいいし、コルトが強く懐いていたのだ。

 急にいなくなって寂しい想いをさせてしまったと思うと、ディバノも強くは言えなかった。


 とりあえず優しく撫でながら再開を喜ぶ。

 コルトが顔を上げると、確かに目の色が変わっていた。

 以前はベージュの髪の毛によく似合った金色だったはずだが、今は片目が青色になっている。

 金が少し混ざっているようで、金粉が散らされているようで綺麗だった。


「ただいまコルト」

「お帰りー! どこ行ってたの!? 何処まで行ってきたの!?」

「そんなに遠くじゃないよ」

「でも遠く行ってたのすごい! いいなぁいいなぁ! 次は僕も連れて行ってよ!」

「うん、そうだね。……うん?」


 ディバノはそこでアオの言葉を思い出す。

 水魔法の使い手……。

 国を支えられるほどの力は必要ないが、そういった力を持った人物を欲していたはずだ。


 その適任者が今ここに居るのではないだろうか。

 ディバノはすぐにナモエドに話しかける。


「ナモ爺! コルトの力ってどんなものか分かる?」

「んん? んんー……。まだ詳しくは分かっておりませんが、少なくとも村程度であれば水質の維持を施すことが出来るとは思いますな」

「採用! いいよねトール! クティ!」

「私は賛成です」

「ディバノ様のご意志のままに」


 話についていけないナモエドとコルトは首を傾げる。

 だがコルトの力を何かに使おうと考えているということは分かった。

 とはいえこれには父であるウルスノの許可が必要だ。

 ナモエドがそう伝えると、ディバノはしっかり頷く。


「説得する」

「ほぉ。それは楽しみですな。しかしながらコルト様は鍛錬を怠けているのでどれ程の実力があるのか正確に分かっておりません。それでも良いのですな?」

「大丈夫。最低でも村の水質維持ができるなら問題ないよ」

「ふむ、なにやら面白そうですな。このナモエド、ディバノ様が何をするのか楽しみになってきましたぞ」


 珍しくそわそわとし始めたナモエドは、すぐにでもウルスノの所へ案内をしたそうにしていた。

 ディバノとしても早く話をつけにいきたい。


 コルトを宥めて一緒に向かうことにし、ようやく一行は足を進めることができた。

 メイドは困っていたようだがナモエドが話を付けてくれたようだ。

 鍛練をサボれたことが嬉しいのか、それともディバノとの再会が嬉しいのか……。

 コルトは満足そうにしながらディバノと手を繋いで歩いていく。


 案内にしたがって行けば、ようやく一つの一室へとたどり着いた。

 ディバノは緊張することなく扉をノックする。

 するとすぐに声が返ってきた。


「入りなさい」

「失礼します」


 一拍置いて扉を開ける。

 部屋の中は大きな書斎で、客人が来ても仕事から目を離さない父の姿がそこにはあった。


 厳格な面構えを携えた細身の男。

 鋭く伸びた髭が威厳を更に強調しており、その目付きも鋭い。

 ゆっくりを顔を上げたウルスノは……目つきを更にきつくしてディバノを睨んだ。


「何故戻った」

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