9.19.Side-ディバノ-はじめから……
数ヶ月ぶりに見た故郷は、やはりそんなに変わっていなかった。
この辺りは少し暖かく、今から畑を耕している最中だ。
数名がこちらに気付いたようだったが馬だけで走ってきているので誰も貴族だとは気付かない。
レスト領付近の農村を通り抜け、城壁に近づいていけば幾らかの兵士と領地に入る手続きをしている商人や旅人、冒険者などが多く並んでいた。
一行も今からその列に並ばなければならない。
馬で二人乗りをしているトールとディバノ。
その後ろにクティが続いた。
馬車を持ってきてはいないので野営が少しきつかったが、移動時間は大幅に短縮された。
この移動でしか時短を行うことができないため、若干寝不足になりつつも馬を走らせてきたのだ。
道中で何事もなかったので、足止めされることは一切なかった。
順番待ちをしているとき、トールが小さく息をつく。
その顔にはすでに疲労の色が見えていた。
クティは体力があるので問題はなさそうだが、トールは執事で体力面は心許ない。
だがそれでもディバノの代わりに馬の手綱を持ち続けてくれた。
今日は勝負の一日だ。
失敗するわけには絶対にいかない。
暫く列に並んでいると、ようやく手番が回ってきた。
トールがペンダントを兵士に見せると、ひどく驚いたようすで目を見張った。
緊張しながら簡単な手続きを終わらせていくが、その手は小刻みに震えている。
「ゆっくりでいいですよ」
「すす、すいません……!」
どうやら彼は新米らしい。
なにも知らないから、と先輩衛兵たちは彼に仕事を投げているようだった。
奥の方でこちらの様子を横目で伺いながら、わざと忙しそうに仕事をしているのがわかる。
(これもお父様に言っておくか……)
レスト領がこんなだから、テレッド街がダネイル王国の手に落ちかけようとしているのだ。
兵士の質はなにも実力だけが全てではない。
頭の中で実父に吐く台詞を考えていると、手続きが終わったようで領地に入ることができた。
幾らかの手数料と入国料をトールが支払う。
ディバノはカノベール家の子供だが、追放というような処置を取られているのだから、こうして金を支払っておいた方が言い返しやすい。
一行は門をくぐり、早速屋敷へと向かう。
町の中なので人の往来が激しく、ここでは馬を走らせることができない。
その事をもどかしく思いながらゆったりとした歩調で進んでいく。
「ディバノ様。大丈夫ですか?」
「僕は平気。アオに任されたんだから、ここは頑張らないと」
「そうですね……。クティは問題ないですか?」
「私も問題ない。テナが気がかりなことくらいだ」
「手は打ってくれてるから信じよう」
ディバノの言葉にコクりと頷く。
最悪の想定を考慮しつつも、そうであって欲しいと切に願った。
それから会話は完全に途切れる。
誰もが口を開かないまま屋敷の前までたどり着いた。
広大な庭が出迎えてくれたが、なんだか少し寂しくなった気がする。
その原因はなんだろう、と小首を傾げていると庭師がこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「トールさん! ディバノ様! ど、どうしてこちらに……!?」
「ナモエドさん!」
「ナモ爺!」
「ええ、ええ、ナモでございますよディバノ様! お久しゅうございますなぁ!」
馬から降りようとすると、すぐにナモエドが手伝ってくれた。
ナモエドはカノベール家に仕えている専属の庭師でありながら、客人などの対応もしてくれるお爺さんだ。
先代の頃からの付き合いで、兵士より先に彼は反応し出迎えてくれる。
ディバノを地面にゆっくりと下ろすと、膝を折って視線を合わせた。
「久しぶり!」
「本当に……! いやはや、元気な顔を見て安心しましたぞぉ……。あれからどうされておったのです?」
「いい人たちと巡りあったんだ。お陰ですごく楽しいよ」
「それは何より……。おや、すこしばかり背が伸びましたかな?」
「そうかな?」
「そうですとも」
久しぶりに会った孫と接するかのように笑うナモエドはとても話しやすい。
ディバノもそうだが、他の兄弟も彼に懐いている。
すると、ナモエドは少しだけ笑みを消した。
雰囲気はにこやかだが、少し真面目な話をするようだ。
「して……此度はどのような用件で……? なにかあったのですよな?」
「うん。だから今すぐにでもお父様とお話がしたい」
「……あの一件以来、この家は少し変わりました。今のお父様であればお話をすぐに聞いてくれるかと」
「え?」
「どういうことです?」
トールが横から口を挟む。
ディバノも回答が聞きたくてナモエドを見つめた。
彼は優しげに笑う。
「お父様は全部分かっていたのですよ」
「……ええ?」
暫く言葉の真意を理解できなかったが、三人ははっと気づいて顔を見合わせる。
トールが口に手を当てながら、ナモエドに問う。
「……つまり……ディバノ様への仕打ちはわざとであったと?」
「ほら、ディバノ様はその歳で知恵が回りますじゃろ? 可愛い子には旅をさせよ、というではありませんか」
「にしたって……」
「クティさんの言いたいことも分かりますぞ。しかしながら、領主は皆の代表として前に立ち続けなければなりません。それは心身を削る想いであり、これを耐え抜く心がなければいくら優秀とはいえ落ちていくもの。多少お辛かったでしょうが……もうその憂いはなさそうですなぁ」
満足気にしながら、ナモエドは顎を撫でる。
「これで我が領も安泰ですな」
「な、なんだか騙された気分だよ……」
「はははは、まぁそうでしょうなぁ。ささ、そろそろ行きましょうか」
手を払いながらナモエドは先に歩いていく。
ゆったりとした足取りなのでいつでも追い付けるので、ディバノはトールとクティに視線を向けた。
「勝負には勝ったみたい」
「肩の力が抜けましたよ……」
「ですが、未だにダネイルの驚異は側にあります。急ぎ説明をして兵を動かしてもらわなければ」
「そうだね」
力強く頷くと、ディバノはナモエドの後を追いかける。
二人もそれに続いたのだった。
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