9.18.時間稼ぎ


「そんなところが?」

「テナさんはそれを見つけて一大事だと思ったとあたしゃ踏んでるよ」

「場所は分かってるんですよね?」

「だから襲われてたんだよ」


 レノムは服の汚れを簡単に払った後、二人についてこいを手招きをした。

 場所が分かっているのであればそこを調査しないわけにはいかない。

 先ほど刃天がその場にいた多くの人間を仕留めたところではあったが、戦闘の音を聞いて誰かが近づいてきている可能性もあった。


 ここを再び使わせるようなことがあってはならない。

 恐らく駐屯地として活用する予定の場所だったのだろう。

 これを見つけられたのは大きい。


 二人はレノムの後に続き、件の隠れ場所へと赴いた。

 刃天は今し方通ってきたところではあったが、ここが駐屯地となる可能性がある場所だとは思っていなかったので、今一度周辺を警戒する。


 そこには新鮮な死体が数体転がっており、幾らかの檻が設置されてあった。

 檻の中には魔物が寝息を立てて眠っていたり、人間が近づいてきたことを察知して唸り声を上げていたりと様々だ。

 ダネイルの人間は魔物すら使う予定だったらしい。

 相手の戦略が一つ分かったというのも、大きな成果である。

 戦闘に必要なものを予め用意することができるからだ。


「こんな近くに……」

「テレッド街の目と鼻の先さ。森がうまいことここを隠してる」

「ずいぶん長い間準備してたんですね」


 レノムは頷く。

 家屋はないが物資を保存するために洞窟を少し整備している。

 刃天が覗き込んでみれば、既に多くの武器や食料が詰め込まれていた。


 しかし、それにしては兵士が少ない。

 隠された場所にあるからだろうか。

 兵士の数を少なくし、出入りを減らして露見するのを防いでいたのかもしれない。 


「刃天さんが片付けた敵だけ……ですかね?」

「恐らくな。チャリー、レノム。あそこにある檻だけは見るなよ」

「分かってるさ。もう見たくない」

「……分かりました」


 滅多に気遣いをしない彼がそう言うのだから、相当ショッキングな光景があるに違いない。

 それこそテナの……。

 そこまで考えて、チャリーは頭を振るった。


 先程の洞窟に意識を向けてみる。

 外にもいくらかの物資が置かれているが、目立つのは魔物の入った檻だ。

 これらを使い物にならなくさせなければならない。


「こういうのは……レノムさん得意ですよね」

「固いものは砕けんよ?」

「それでもお願いします」

「まぁ、そのつもりで来てたからね」


 小さな杖を手に取り、それを軽く振るった。

 暫くするとひんやりとした空気が周囲を包み込み始め、パキパキと音を立てながら洞窟や物資、檻に入った魔物が凍てついていく。


 洞窟の中も氷の結晶が敷き詰められていき、入ることができなくなってしまった。

 飛び出している氷は鋭利で、少しでも触れば怪我をしそうなほどだ。

 周囲が全て氷に覆われたのを確認したレノムは、一つ息を吐いて杖を振るった。


「まぁこんなもんかね。魔物はこれで死ぬはずさ」

「ほぉー……。こいつは見事な」

「ありがとうございます。レノムさん」


 彼女は手をひらひらさせてチャリーに返事を返した。

 刃天はこの景色を見て一度は感嘆したものの、この世界には炎を操る人間がいる。

 凍らせたとしても時間稼ぎにしかならないのではないだろうか。


 問うてもれば『その通り』という返事が返ってきた。

 これに小首を傾げるとレノムが説明してくれる。


「自然を利用した拠点を破壊するなんて人間には無理さ。できる事といえばこれくらい」

「良いのかそれで」

「今はチャリーが持ち帰った証拠を突き付けに、若いのが頑張っているんだろう? であれば時間を稼ぐだけで十分じゃないか。援軍が到着するまで、ここに敵を縛り付けられる」

「ふむ。まぁそうだな」


 武器や食料は全て洞窟の最奥に片付けられてあった。

 これを頼りにしてやってきた兵士たちは、相当肩を落とす結果になるだろう。

 氷をなんとかして溶かさなければ、戦いに必要な物資を使うことができないのだから。


 だがその代わり、敵がここを発見したという事実を教えてしまう事にもなる。

 刃天は気配を感じ取ってみるが、今のところ近づいてきている人間はいない。


 とはいえ検問所とこの拠点は距離が近い。

 馬車で二日程度の場所なのだ。

 知らせに走れば、すぐにでも敵の重鎮に知られてしまうことだろう。


「この場合どうする」

「あたしたちだけで足止めするしかないんじゃないかい?」

「簡単に言ってくれるな」

「チャリー、何日持ちこたえればいいんだい?」

「レスト領の距離によりますね……。ディバノ君が到着するまでの日数、兵士が進軍する日数……」


 ディバノは馬車ではなく馬だけでレストへと向かった。

 到着する時間は想定より早いはずだが、一日で領主を説得し、兵士を用意してもらう必要がある。

 ここは彼の手腕に期待するしかない。


 それが成功したとしても、テレッド街に兵士が到着する時間まで持ちこたえなければならない。

 敵がどう動くかにもよるのだが……。

 ここを見つけてしまったのは失敗だったかもしれない。


「露見すればさらに多くの兵がテレッドに紛れ込むぞ」

「いいんじゃないかい? 歯応えがあるってもんさ」

「チャリー。ディバノがここに来るのはどれ程時を稼げばよい」

「んー……。一週間か、十日……」

「ディバノが出て二日か」


 まだ時間がかかる。

 敵がこの拠点の現状に気付かなければよいのだが。


「なんにせよ、長居は無用だな」

「ですね。ダネイルの兵士もこれを見たってすぐには反応できません」

「あの手紙には更に多くの兵士を住まわせる場所を提供してくれってあっただろう? なにもしなけりゃすぐに街に入るからね。ここで足止めさせてもらおうか」

「フン。無駄ではない、か」


 そこでチャリーが何かに気付いたらしい。

 ポンッと手を叩いて刃天を見る。


「……なんだ」

「私、いいこと思い付きました」

「嫌な予感がする」

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