9.17.遅かった一手
馬を取りに行って早速テレッド街を発った二人は、できるだけ早く合流できるように馬を走らせた。
チャリーはやる気持ちを押さえつつ、馬のペースを崩させないように調整する。
道を把握していない刃天はその後ろを常に追いかけた。
進むにつれて町の喧騒は遠のき、その代わり自然の音が鮮明になってくる。
気配で多くを感じ取れる刃天は視界よりも先に情報を読み取った。
だが行けども行けどもテナらしき気配はないし、伏兵が隠れているというような気配もない。
まだこの辺りには誰も居ない様だ。
やはり検問所付近にまで近づいているのだろうか。
そう思ってチャリーに問うてみたが、別の回答が返ってきた。
「テナさんから最後に連絡があったのは、テレッド街に到着した深夜でした。馬車で移動したということでしたので、ここまでの速度で移動は出来ていないはずです」
「テレッドと関所の間の道中で何かあったということだな」
「だと思います。それが何処かが不明なのが問題なのですが……」
確かに、と刃天は胸の内で呟く。
馬車であれば一日かけたとしても検問に辿り着くことはできない。
テレッド街での調査で手掛かりを手に入れるのにも時間を有したはずだ。
それを加味しても、そう遠くまではいけないはず。
刃天は人を探すのではなく、馬を探すことにした。
あの時はチャリーとテナが乗ってきた馬に馬車を引かせていたはずだ。
となれば、必ずどこかに馬車と馬が二頭いるはずである。
それさえ見つけることができれば……。
「居たぞ」
「本当ですか!?」
「ただ人はいない。馬と馬車だけだ」
「手掛かりが残っているかもしれません! 見に行きましょう! 案内を!」
「ついてこい」
手綱を操りって馬に指示を出す。
見事に言うことを聞いてくれた馬は森の中へと突っ込んでいった。
障害物を飛び越えてそのまま駆けていく。
チャリーはついて来れるだろうか、と思ったがどうやら心配はいらなかったようだ。
彼女も馬を信頼して巧みな手綱さばきで刃天の背後に食らいつく。
これであればすぐに現場まで到着するだろう。
しかし馬を休ませる必要はありそうだ。
(……森の中に逃げたのか? いや違うな。何かを見つけて馬車を隠したのか)
現場に到着した瞬間、刃天はそう感じた。
馬は少しの間ここに縛り付けられていたので、少し弱っている様だ。
だが人が来てくれたことに安堵したようで、鼻を鳴らしながらこちらをじっと見ている。
腹が減っているのだろう。
「チャリー、休息だ。馬に飯と水を用意しろ」
「わかりました」
「俺は馬車を調べる」
指示を出して役割を分担する。
チャリーは魔法袋から馬用の食事や水を沢山取り出して馬に与えてくれた。
放置されていた馬は少し傷付いている。
そして周辺には何かの血痕がいくらか残っている様だ。
恐らく魔物か肉食動物に襲われかけて戦ったのだろう。
馬が無事でよかった、と安堵しながら食事を与え、手当も軽く施しておく。
馬車を覗きに入った刃天は、隅々まで確認をする。
だがこの中で争った形跡もなければ、馬車が何者かに攻撃された様子もない。
やはりテナは何かを発見して馬と馬車をこの森の中に隠したのだろう。
「あいつは何を見つけた」
──鋭い気配。
「ッ!」
御者の座る場所から刃天が飛び出した瞬間、馬車が真横に吹っ飛んだ。
吹き飛んだのは幌と一部の車輪だけだったので繋がれていた馬に怪我はない。
だが若干引っ張られたようで体勢を崩した。
「なっ!? なんですか!?」
「知らねぇよ! もう一発来るぞ!」
「うっそでしょ!?」
刃天がチャリーの腕を掴んで放り投げる。
その直後に地面を蹴って回避すると、先ほどまでいた場所を鋭い風圧が通過した。
ようやく体勢を立て直した二人は武器を構える。
攻撃が飛んできた方角は分かっているが、敵の姿が見当たらない。
刃天が気配を探っていると二人分の気配を発見した。
うち一人は早い速度でこちらに接近しており、生い茂る草むらの中から飛び出してきた。
「ぬぅ……!」
「レノムさん!?」
「おお!? チャリー! 良い所に来たな!」
「何してるんですか!?」
「見て分からんか! 攻撃を緩和するためにわざと氷の足場を作って移動してきたのだよ!」
外套を激しくはためかせながら登場したレノムの足場は確かに凍っていた。
氷の塊を作り出して自身の足をそこに固定し、勝手に滑らせているようだ。
彼女はすぐにバキッと音を立てながら氷から足を引き抜き、小さな杖を構えて集中する。
「敵は風魔法の使い手だ! 一撃でも喰らえば骨が折れるぞ!」
「これ、今仕留めないとまずいじゃないですか……! ていうかテナさんは!?」
「……後で説明する……!」
若干言い淀んだ。
チャリーは気付かんかなかったようだが、刃天はその意味をしかと理解する。
栂松御神を肩に担ぎ、レノムの横に立った。
「やったのはあいつか?」
「……誰だい? ……いや、今はどうでもいいね。まぁ、そうだよ」
「であれば遠慮する必要はねぇなぁ」
外套を放り投げ、一頭の馬の手綱を握る。
馬に跨って相手が出てくるのを待つ前に森の中へと消えていった。
「え!? ちょっと刃天さん!?」
「察しの良い男だね……。チャリー! 私たちは持久戦を行うよ!」
「へぇ!? ああーもう分かりましたよぉ!」
やけくそ気味に武器を握り直したチャリーは、ゆっくりと歩いてきているはずの敵に向かって武器を構える。
ガサガサという音が近づき、ようやくその姿が露わになった。
半裸の男。
体躯も良く、筋肉量からしても魔法を使う様な人間には見えない。
どちらかといえばゴリゴリの近接タイプという印象を受けた。
だが腕に纏っている風魔法が、彼が魔法使いであるということを確信に至らしめる。
敵が一人増えたことに若干の戸惑いはあったようだが、すぐに鼻で笑い飛ばした。
「一人も二人も変わらんぞ?」
「さぁ、そりゃどうかねぇ」
「そうですよ」
「ッ!?」
一瞬で移動したチャリーが背後で刃を振るう。
それはあっけないほど見事に直撃し、背中を大きく切り裂くことができた。
「ギャアアアア!!」
「えっ!? 弱ッッ!」
「いや、あんたが強いんだよ……」
呆気なさすぎる。
さすがに何かの罠かもしれない、と思ってすぐさま距離をとった。
だが男は背中からだらだらと血を流すだけで、回復する兆しもなければ攻撃を続行する気配も感じられない。
再び一瞬でレノムの元に戻った後、レノムに問う。
「え、あの……弱くないですか? あれは、演技ですか?」
「相性の問題だよ。私の魔法じゃ攻めきれなかったんだ。ほら、魔法使いは近接に弱いのは鉄則だろう?」
「あの見た目で……?」
「まぁそれより、あの男が一仕事してくれたみたいだね」
「あの男? 刃天さんのことですか?」
レノムは頷く。
すると、男がようやく喋り出した。
「な、何故……! 風の魔法が……!」
「お前面白いことできるんだな。学びになったぜ」
背後から馬をゆったりと歩かせてきた刃天。
馬と彼の服は血にまみれており、それが激しい戦闘があったことを物語っている。
刃天は男の横を通り過ぎると同時に、栂松御神でその頭をかち割った。
馬上から振り下ろされる斬撃は簡単に男の命を刈り取ってしまう。
戦闘が一段落澄んだところで刃天は馬から降りる。
「ご苦労だったね、男前さん」
「ああ? 気配でこそこそしてる奴らを見つけただけだ。なんてことはねぇ」
「ああー……なんとなく理解できました。あの男、風魔法を付与してもらってたんですね。だから屈強な肉体を必要としていた、と」
「まぁそんなところだね。珍しい魔法だよ全く……」
やれやれ、と首を横に振りながら嘆息したレノム。
あの男、レノムが攻撃しても強い風魔法でそのこと如くを跳ね返してきたのだ。
体に風を纏っており、危険が迫ると必ず反応した。
カラクリとしては付与魔法を使う魔術師がおり、その者に数名の魔法使いが魔力を供給し続ける。
そして屈強な男が魔法を行使して戦うといったものだった。
刃天は遠くにいる魔術師たちを片っ端から切り殺してきたので、魔力の供給が止まってしまい、男はチャリーの攻撃を防ぐことができなかったのだ。
やはり刃天の気配感知は強い。
そう改めて実感したチャリーだった。
「そ、そうだレノムさん! テナさんは……」
「あいつなら死んだようだな」
「なっ……。なんで刃天さんがそれを?」
「ほれ」
刃天が投げ渡したのは、短剣と投げナイフが仕舞われているベルトだった。
それは黒いシミが付着している。
「……テナさんの……」
「死体もあった。獣の餌になっていたがな」
「すまん、チャリー……。私がここを見つけた時には既に……」
「そう、でしたか。分かりました……」
こういう時感情を大きく出さないのは流石忍びである、と刃天は思った。
多少情は動いているだろうが、抑え込めているのであれば一人前だ。
だが、テナの死をこのまま見過ごすわけにはいかない。
なにか彼女が残した物があるはずだ。
「女。この先には何があった。テナは何かを見つけてここに馬車を隠したはずだ。その何かを知っているか?」
「私の名前はレノムだよ」
「刃天だ」
「あるにはあったよ。ダネイルの伏兵が隠れられる場所がね」
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